表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

438/687

獅童和喜と尽雷の狼龍(side:ヴィルフリート・アグノエル)

「……な、に?」

 螺旋が渦巻く。忌まわしい相手を吹き飛ばす筈だった蒼き結晶を核とした雷槍は確かに大きなエネルギーの爆発を引き起こした。

 

 これで勝った。その筈なのに、どうしても不安が拭えない。

 進化した鋼龍を身に纏った僕の前で、蒼き螺旋が収束し、立ち上った煙が切り払われた。

 

 中から現れるのは隻眼の怪物。淡く桜色の雷光を散らす姿から花の名を抱く青く澄んだ神器、月花迅雷。半ばから折れていた筈のそれは、ほんの少しだけ大きく、峰が龍の背のように波打った姿に変わって……切っ先まで完全な姿に戻っていた。

 

 水のように澄んだ刀身の中を迸る雷光。軽く振られて虚空に花吹雪のごとき軌跡を残す。

 

 「……な、どういう……」

 ブリューナクを打ち込んだはずだ。折れた刀で受け止めたところで消し飛ぶはずだ。

 「何故お前は生きている!どうしてもう一度僕の前に立ちはだかる!折角死んでくれたろう!終わってくれたろう!」

 どうしてだ!リリ姉……いやリリーナすら奪っていく!と喉を枯らして叫ぶ。

 

 僕……獅童和喜はゴミだった。堕落した者達でつるみ、クズみたいな女と出来婚して、タバコと酒のやりすぎで流産。なら結婚なんてしなきゃ良かったと思いつつも今更別れても金が無くずるずると過ごしていた。

 だのに、兄は憧れていた女の子に認められて付き合って……それがずっと怨めしかった。

 

 だから、勝手に認められて成功していった、悪意無く時折子供達と実家に戻ってきてその運ゲー格差を見せ付けてくるあの兄が事故死した時、脳裏に過ったのは歓喜だけだった。忌まわしい相手は死に、財産は自分に入るのだと。

 子供達の中で慕ってくれるのは末の妹だけ。あれは可愛らしく、あの兄の子という立場ある者が好いてくれる……自分にもあるべき運が来たという想いから生きていて欲しかったし、いっそ成長したらそのままクズと別れた後結婚して正規に共に遺産をと思ったが、死んでしまっていた。

 

 だのに!一番おぞましい甥だけが生きていた。あの兄のように、立場ある者に認められて、勝手に成功していく裏切り者。それも、何処か兄のような性格で、兄より更に勝手にチャンスを貰っていて。

 自分ならとっととモノにして成功を確約するのに、それをしない大馬鹿。

 

 思い出す程に苛立ちが募る。だからせめて僕のものになるべき遺産を手離せと追い込んだ。それで勝手に死んでくれて、正当な喜びに浸っていたというのに。

 

 『兄さんがずっと貴方方を庇っていたから今まで直接手は下しませんでしたが』

 とてつもなく冷たい目をした一人の少女に、そのあるべき幸運の総ては粉砕された。様々に奪われたまま、獅童和喜の人生はどん底で終わった。

 

 「だから、生まれ変わったんだ。こうして本来あるべき特別を得たんだ!

 それはお前も!(はじめ)も!与えられるべきじゃないものなんだよ!

 何で此処まで来てまた立ちはだかる!僕から特別を、価値を奪う!お前は死んでなきゃいけないんだろうが!何でそうなる!何をした!死んでてくれよ三千矢ぁっ!」

 

 それも、無くなった筈のものを携えて。

 本当にふざけるな!なんなんだそれは!

 その想いと共に捲し立てる僕の前で、忌まわしい敵の左手が燃え上がる。人魂のような炎が灯り、折れた左腕をすっと空へと伸ばした。

 

 「空を見ろ、ヴィルフリート」

 静かな隻眼が心を射抜く。血が透けた瞳の色が赤から青に変わり、その頭に一対の狼耳が生える

 「はっ!?星がどうかしたか」

 「……言葉を借りるぞ、下門(シモン)

 天の光は総て星!紡ぎ上げ見守る、道を照らす天津導星!」

 「は?」

 ナニイッテンダコイツ?

 「円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)!アヴァロン・ユートピア!お前達は簡単に死を望む!意味を求めない!

 でもな!意味が無いなんて事はない!」

 見据える目は、獅童和喜としての人生を生き地獄の底に叩き落として終わらせに来た少女と同じ、怒りの無い色。

 ただの憐れみ。

 

 「僕を、見ろぉぉぉっ!」

 僕を、獅童和喜を!ヴィルフリート・アグノエルを!特別に選ばれるべき何かを兄に!お前に!ユーゴに!そこの黒髪に!奪われ続けた僕自身を!

 リリ姉に選ばれるべき……

 

 「ああ、見ているさ」

 「ならばどうしてそうなる!何故沢山の女の子に囲まれて僕を見下す!お前は罪人じゃないか!何で僕の、被害者のために死なない!」

 その言葉に、隻眼の皇子は静かに、寂しげに笑った。

 

 「そうだよな」

 「そうだ、死ねよ!」

 時間を稼いでいる間にアルビオンで大きな何かを仕掛ける準備はほぼ整った。これで何とかしてリリ姉を回収して……

 

 「確かにおれには沢山の罪がある」

 まあ、僕の特別を、幸福を奪っていく以外はどうでも良い勝手に思ってくれてる罪なんだけど、好きに背負っててくれ。

 

 「でも!おれを誰だと思っている」

 「死刑囚!」

 「……違う。始水が、桜理が、この手を掴んでくれた獅童三千矢で!アドラーが、アウィルが託してくれた」

 蒼き雷刃に雷光が灯り、その左肩の翼のようなマントが無い風を孕んではためく。

 「そしてっ!アナが、ティアが、信じてくれたゼノで!」

 

 その姿が、炎と結晶に包まれていく。耳を模した狼龍の兜に、全身を覆うアーマースーツ。リックを護り本当の敵だと僕を弾劾しようと現れた時の姿に、狼の要素を加えたような……

 「下門(シモン)が、龍姫が、帝祖が、シロノワールが願った英雄!」

 青年の背後へと黄金の落雷が迸る。

 

 「『スカーレットゼノン・アルビオン!』

 おれは、皆が信じるおれとして、罪も何もかも背負って!明日を切り開く!」

 「ふっざけるなぁぁぁっ!」

 ここまで聞いておいて!何か立ち直ってんじゃねぇよ!追い詰められて死んでろ忌み子がぁぁぁっ!

 

 怒りと共に手に入れた剣翼にエネルギーを集中し、精霊結晶で槍のように前方を覆う。

 「ぶっ殺す!」

 「……行くぞ、()月花迅雷(げっかじんらい)

 静かに、相手は波打つ背の消えた元の直りきった刀を鞘に収め、深々と中段に腰を落とす。

 

 剣翼を噴かせ!

 「消えろきえろキエロ消えてくれぇっ!」

 対峙する自称英雄の背に、拡がる鳥の左翼と……今のアルビオンに酷似した龍剣の右翼を幻視する。

 左翼に渦巻く嵐、右翼に迸る氷炎。その二つが中央の何時しか柄先に龍の……アルビオンの兜を模した龍の意匠が追加された蒼刃に、混ざりあい黄金の雷となって集約していく。

 

 っ!これまさかヤバい!?

 

 その予感に、迷わず向きを変更。湖へと尻尾を巻いて逃走を謀る!

 

 「龍覇!尽雷!」

 はぁっ!?

 が、その背に迫る熱気に思わず振り返ると……湖面の上をカッ飛んでくる怪物の姿。

 お前足場無い場所に突っ込んでくんなよ!?逃げさせろ!今だけリリ姉諦めるからさ!

 

 ヤバ、逃げられな……

 「ステラを苦しめることなるんだからな。貸し一億」

 虚空からブラックホールと共に降臨する銀の巨神アガートラーム。

 「ま、バリアと」

 そして貼られる結晶と重力の二重壁。二つの盾が逃げる僕を庇い……

 

 「断っ!」

 それすら突き抜けて、振るわれる刃が剣翼を掠めた。

 

 「うげらぼぐぅぁぁぁっ!?」

 片翼を半ばから喪って、湖へと激突、思わず意味不明の悲鳴が漏れ……

 何とかユーゴの重力球によって、僕の体は安全圏へと転移した。


 「こ、殺されるかと思った……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ