翌朝、或いは師の話
「……揃ったな」
眼前に立つ鬼角の男……おれにとっての師であり、西方の怪物。半鬼が静かに小さな子供達を、6歳の幼子の群れを見下ろす。
「……し、師匠……」
「馬鹿弟子か」
どうしてこうなったのであろう。頭の上で唯一気にせず丸くなる妹の猫ゴーレムの重さを感じながらおれは思い返す。
朝起きて朝食。おれの分の制服はなく(当たり前だが、通うのはあくまでも妹のアイリスであり、おれは本来無関係だ)、着替えも実は持ってきていないので、妹が勝手に手配した白いものに袖を通し、入学者は集合と言われた階まで降り、部屋に集まった。
それだけだ。特に何も特別なことはなく。
「さて。そこの馬鹿弟子がある種の紹介をしてくれたようだ」
静かに角を揺らし、男が呟く。
それを静かに見ていられるのは、おれだけだ。他の皆は、ただ立ち尽くしている。
動けないのだ。眼前にいる化け物に、ただ気圧されている。
鬼。正確には、二角鬼種。西方において、その名を知らぬ者は居ないだろう。
一本角の鬼は数居れど、二角とはそれだけの意味を持つ。七大天が一角、牛帝の輩。天狼等とも並び称される、牛面二角の鬼。
数十年前、一夜にして千人のサムライを食らい、西の姫を浚ったとか色々と言われる恐怖の怪物だ。
補足とはなるが、此処で言う西の姫とは、日本という国の一般的なお姫様のイメージとは異なり、おれと同じような……は語弊があるだろう。兄シルヴェール第二皇子のような、イカれスペックの存在を指す。
実際にゲームでも西の国からの留学生ルート等で牛鬼と戦えるのだが、異様にタフくて強い。ラスボスよりもタフい程だ。
この世界のHP最大値は400、神だろうが魔神王テネーブルだろうが、テネーブルの飼うケイオスドラゴンだろうが400だ。ラスボス近くともなると、カンストの関係で難易度ノーマル辺りから最高難易度のHADESケイオス5までHPは400のまま変わらない。
その為、高難易度終盤のボス達は、400のHPと高防御や受けるダメージ半減等のスキルで耐久を盛っている。その中で、牛鬼だけは違う。あいつのHPはHADESでも200しかない。だが、それでも、大概の敵に対しては400+受けるダメージを60軽減持ちの魔神王テネーブルを越える耐久を持つ。
攻撃したとき、されたとき、ターンが進んだときに、受けているダメージの半分回復という超回復力が、牛鬼の特徴だ。例えば、HP100、防御20の牛鬼が居たとして、追撃が可能な力80(装備込み)のサムライの4ユニットで取り囲んで戦闘を行った時、1回目の戦闘後にHPは63、2回目の戦闘後にHPが58残っていて、3回目の1撃目で漸く倒せる計算となる(一度目の戦闘が、サムライ1回目の攻撃でHPが40となり、70に回復。牛鬼の反撃時にHPが85まで回復し、サムライの追撃でHPが25、そして回復で63となる)。
HP100の敵に、一回60ダメージの合計5回の攻撃、累計300ダメージ与えていて超過がたった2点。実質耐久298。これでどれだけふざけた回復力か分かるだろうわ
しかも、これはHPも低めで防御力が低すぎる想定での話だ。現実の牛鬼はもっと堅い。それでいて回復力はさっきの想定と同じだけある。その為、普通であれば効く筈の数の暴力が一切通用しないのだ。さっきの想定ではダメージは大きく通り、ある程度回復している形だったが、合間に効きもしない弓矢で攻撃などを挟んだとしたら、0ダメージを受けて、HPの減少量の半分を回復という地獄絵図が見える。
その為、牛鬼相手は基本一撃必殺、高火力奥義でもって、ある程度のHPを減らしたら残HP8割ほどを一気に梳りきって倒すというのが前提だったりする。その関係でキャラの十分な育成が不可能なRTAにおいては、留学生ルートはリセットによる試行回数前提での必殺運ゲーで良いから牛鬼を突破出来るステータスに成長しなかったらタイマーリセットして最初からという苦行がある為人気が無かった。
一発限りの用意できる最高火力でギリギリ倒せずミリ残ししたとして、次の瞬間にはボスのHPが50%、戦闘終わったときには75%越えてるとかやる気無くなっても仕方ないだろう。何で乙女ゲームやっててこんなものと戦わなきゃいけないのかと敵がとてつもなく弱くなる(何と牛鬼の回復スキルが無くなってターン終了時に30回復に差し替えられているくらいの弱体化幅だ)easyに多くの女性が走ったのも頷ける。
閑話休題。
そんな地獄のような化け物である牛鬼。その恐怖と脅威は東のこの国にまで轟いている。それを思わせる二角は、やはり子供にとっては魔神王の一族が目の前に居るレベルの威圧感なのであろう
誰一人動かない。皇子には容赦なく噛み付いてきたグラデーションブロンドの留学生すらも、息を飲んで固まっている。
「師匠。慣れているおれ以外には、もう少し柔らかな態度を」
「そのようだ」
言うや、その鍛えられた肉体の巨漢、両の手で足りる数しか居ない最上級職、人類最強の一角は……
背中に背負っていた変な面を被った。
鼻も口も目もあるが、その位置が明らかに可笑しい。福笑いで作られたかのように乱雑に配置され、絶妙な滑稽さを醸し出す仮面。
ぷっ!と、その滑稽さに耐えきれなかったのか、一人の少女が吹き出す。
一気に空気が緩くなる。
牛鬼の意匠を持つ怪物。恐れられる脅威。そういうものではないと空気が変わる。
ふと、その中でおれも思う。ひょっとしてだが、アルヴィナもそうだったのだろうか。あの耳は王狼の耳に似ていて。本当に牛鬼の血を引く半鬼半人の化け物である師と違い亜人であっても、恐怖された事があって、それであんな風に聞いてきたのだろうか。
「ということで、だ。
お前達も聞いたことがあるだろう、西の姫を拐った牛鬼の伝説を。
己はそいつの息子だ。姫である母と共に、父を殺して人世界に帰り、今ではこの初等部の実技教員をこの地の皇帝に任されたという形で此処に居る」
「「「「「「へ?」」」」」」
おれを含め、全員の声が被る。
マジで?本気と書いて真面目に?
師である彼は基本的に自分を語らない。全ては剣から学べの精神、此方から話はすれど、向こうは聞いて答えを返すだけというのがおれと師の関係だ。
だからこそ、おれ自身も目をしばたかせていた。
「大丈夫だとも、己は人だ。子供を取って食ったりはしないとも」
「そうですね師匠。師匠が人食いならば、おれはとっくに食われている」
「と、少し脅しすぎたか、どうにも、己は子供の御守りに向いていないようだ。
なあ、馬鹿弟子?」
「師匠、そこはおれに振られても困ります」
「……まあ、そうか」
言うだけ言って、その事実を告げた男は、指を鳴らす。
「さて、今日全員を集めたのは他でもない
お前達の今の姿を見せてもらおう」
その言葉と共に、降りていた幕が上がる。
其処にあったのは……巨大なアスレチックとでも言うべき施設であった。
「……さて、馬鹿弟子。
まずはお前がクリアして見せろ」
「……へ?」
何だか凄い施設だなー、明らかに塔のフロアサイズ越えてるしなと眺めていたおれは、その言葉にすっとんきょうな声をあげた。




