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少年、或いはフラッシュバック

「リック、それ、そんなに楽しいのか?」

 「あったりめーよ忌み子!リックの映写魔法は結構評価されてんだぞ!」

 わいわい騒ぐヴィルフリートと、そんな喧騒にフッ……とクールぶった鼻息を溢す13歳前後の少年二人組。

 少し怪しいが少なくとも円卓のアルビオン使いでは無い事だけは間違いない彼等と共に、おれは朝食を終えて歩みを進める。

 

 「そうなのか」

 「ってか、リリ姉の世界一の可愛さを喧伝してる婚約見合いの画像だって、二年前からリックが撮ってるんだっての!」

 その言葉に、おれはへー、と少しの感心と共に少年を見下ろした。

 

 その間にも、街並みも写真(魔法だから正確には別物だが、何となくイメージはまんま写真家のそれだしもう写真で良いだろう。態度的に一眼レフ等を構えた本格派よりは気軽にパシャパシャするスマホカメラマンだな)に残そうとするかのように、リック少年は各所に両手に持ったクリスタルを向けてはフラッシュ?を焚いている。

 いや、わざわざ光を放つ意味あるのだろうか、今は正午よりは速いが真っ昼間、周囲は生憎の曇り空なんて事もなく、二つの太陽が燦々と照り付ける快晴だというのに。

 いや、その割には湖のお陰か涼しいんだけどな。

 

 ぱしゃりとおれにも向けられて……

 「んー、そこのと二人並んでくれない?女の子達がキャーキャー言いそうに」

 なんて、カメラマンっぽい指示まで飛んでくる。

 「ま、良いかね?」

 「それで相手の気が済むなら。おれが片割れじゃ、そこまで騒がれなくないか?」

 プレイヤーからの評価は兎も角、おれの生きるこの世界でのおれの評価は頗る悪いからな。

 

 と、思いつつもおれとロダ兄は少し困ったように笑いあいながら並び、軽く拳を突き合わせてみた。ふわふわとした左手の毛が当たり、少しくすぐったさを感じ、そこにフラッシュが浴びせられる。

 

 ……特に何も起きない。少なくとも、良性悪性共にロクでもない魔法絡みならばもっとおれの体に影響が出る筈だから、実はあの写真を撮る行為で円卓の謎能力を発動させている感じではないな。単に本当に写真撮ってるだけか。

 

 と、おれの耳が変な声を捉えた。

 ごめんなさいごめんなさいと、微かに聞こえる悲しげな涙声だが、この声音は……

 アナ?

 

 その事実に気が付いた瞬間には、もう既に足は動き出していて、一瞬で加速して少年二人を置き去りに、声の元へと辿り着く。

 其処には……

 

 「神様のせーすいなんだよね?

 どーして、お父さんは起きないの?なんで、出てこないの?」

 慰霊碑にぱしゃぱしゃと水をかける幼い男の子と、その肩を後ろから緩く抱き締めて涙を流す膝立ちの銀の聖女の姿。

 元気の良い無邪気な瞳の男の子は、指先が濡れるのも構わずに貰ったろう聖水を慰霊碑にかけ続ける。万病に効く薬とされるそれを掛ければ、またその碑が祀る誰かに会えると信じているかのように。

 

 「石の下は冷たいよ?くらいよ?やだよ?

 だから、なおるんだよね?」

 治る筈もない。そもそも、慰霊碑の下に死体なんて無い。彼等は全員跡形も無く消し飛んでしまったのだから。

 

 そうか、被害者遺族っ……

 ギリリと奥歯を噛み締める。

 おれは、また……幼い男の子に、またこんな思いを味あわせたのかっ!

 

 フラッシュバックする記憶。思い出さなきゃいけなくて、だのに封印していた獅童三千矢としての一瞬が、桜理の存在で緩んだ蓋から噴き出して脳裏に響き渡る。

 

 『どうしてお前だけ』

 『何でおかーさんじゃない!』

 『お前と同じで、娘は救助が来た瞬間は生きていたのに!』

 『お前が(はじめ)兄さんもその子供達も殺したんだろう、三千矢!』

 

 「あ、があっ!」

 見える筈もない左目を抑え、アナの邪魔をしないように脇に避けながら小さく呻く。

 足が縺れて壁に頭を強かに打ち付けるが、こんなもの痛くもない。彼等の痛みに比べれば……っ!

 

 止めろ、止めろ、忘れろ、忘れるな、覚えていても、苦しいだ……だからだ!逃げるな、ゼノ。忘れるな、獅童三千矢!

 違う!違う!と打ち付けた頭を振り、覚束なくなる脚を片足でわざと爪先を踏み締める事で鼓舞。

 

 違う!あれはおれじゃ……

 『……何って万四路ちゃんの誕生日ケーキだよ、三千矢。妹の誕生日すら忘れたの?

 何で、此処にあの子が居ないんだろう?毎年、一緒に祝っていたのに』

 伯父さん……違う、違う違う違う!いや、違わない、おれが、万四路を……この手で。

 『兄さんっ!』

 脳裏に響く幼馴染の声。はっと正気に戻りかけるそれを……

 

 おれが悪いんだよ、始水。と振り払う

 

 これはおれの罪だ、忘れちゃいけないものだ。桜理がおれに思い出させてくれた、記憶に蓋をして逃げるなと!

 

 と、不意におれの背中が、ぴとっと冷たい何かに抑えられた。冷ややかなそれは、静かにおれの背を優しく撫で続け……更にはふわりと柔らかな何かに顔が(うず)もれる。

 

 「だ、大丈夫ですか皇子さま?顔面、蒼白ですよ?」

 「怨霊でも、憑いてる?」

 気が付くと踞りかけたおれの頭は銀の聖女によって優しく胸元に抱き止められており、背はふらりと現れたアルヴィナの手で擦られていた。

 ……既にあの子は居ない。どれだけの時間が経っているのか、実はおれにはちょっと理解できていない。

 

 「アナ、アルヴィナ……」

 頭を振ってその溺れたくなる優しい海のような感触から逃げ出しながら、おれは目をしばたかせる。

 そうか、フラッシュバックにやられて、意識が飛んだか……?

 

 「あの子は?」

 「見てたんですね、皇子さま」

 「ああ、おれが幸せを護れなかった子供」

 きゅっと、少女の小さく淡い雪のような指先がおれの両頬をふわりと包んだ。

 

 「皇子さま、それはわたしも同じですし……兵士さん達が命をかけて、わたし達に託したあの子自身は護れたんです」

 『あの子と一緒に未来も希望も死んだの!私だけ生き残って何になるのよ!返しなさい、あの子を返してよ!』

 なおも止まないフラッシュバック。おれのある意味のルーツが、ずっと今のおれを形作っていたナニカの破片が、明確な幻聴をもっておれの前に現れる。

 

 「違う」

 「皇子さま?」

 「父親を喪って、一生の傷を負って、そんなもので護れている筈が無い。

 おれは、あの子を、その未来を護れてなんかいない!」

 「そう、ですよね……」

 ずずん、と項垂れる聖女アナスタシア。サイドテールも元気無く垂れ……

 がぶりとおれの左手がアルヴィナに噛まれたが、感覚がふわふわしてあまり痛くない。

 

 「皇子。あーにゃんを苛めたら、怒る。

 あれはボクのせい。悪いのはあーにゃんじゃなくてボク」

 「いや、一番悪いのは勝手に好き勝手やった奴等だろ」

 アルヴィナへのフォローを力無く告げるおれ。この辺りはまだ口が回る。まだ、いける。

 

 「それもそう。

 ごめん、あーにゃん。ボクずっと見てたけど、ボクが悪いって分かってるけど……あーにゃんを責めるあの子へ怒りしか覚えなかったから、何を言って出てけば良いのか分からなかった」

 「あ、そうなんですね?

 別に良いんですよアルヴィナ……じゃなくてアルヴィニャちゃん。わたしは結構平気ですから

 心配してくれたってだけで頑張れちゃいます」

 ぐっと、銀の聖女はその手を握った。

 

 「……なら、おれは」

 「ダメです」

 「逃がさない」

 立ち上がろうとする体が、柔らかな二つの存在に挟まれて止められる。

 「可笑しいですよ皇子さま?あのセレナーデって恐ろしい相手にも誰にも闘志しか見せなかった皇子さまなのに、今は怯えた顔をしています。

 絶対に変ですしそんな貴方を、大好きな人を放っておくなんて出来ません」

 「皇子、大人しくして。ボクが付いてるから」

 優しくかけられる言葉。

 「はい。わたしもずっと居ますから、そんなに変に怯えなくて……」

 

 ぱしゃりという極最近よく聞くシャッター音。

 それと同時に響くフラッシュバック。

 

 『……「生き残った殺人鬼」この週刊誌の記事に載っているのは君だね、獅童三千矢君?

 君はその精神病で憐れを誘い、娘を誑かそうとした。それを続けるならば』

 こめかみに冷たいナニカを感じる。有り得もしないし効きもしない筈の銃口を幻視する。

 『君の本当の望み通り、理不尽に人生を終える事でせめて精一杯やったと贖罪に満足して命を終えると良い』

 

 「やめ……ろ、やめて……ぁ、くれ」

 「皇子さま?」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 おれが悪かった、良い子になるから、もう……」

 ダン!と手を振り、抱き締めてくる始水とは全く違うのに感覚が似ている感触を振り払い、おれは何処へとも知れずに駆け出した。

 

 「もう、止めてくれ!」

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