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罪、或いは真実

その日の夜、肝試しの企画なんて行われている頃。


 『そう、その二人……君が連れていって面倒見るんだね?』

 宿の一室にて水に映った兄の顔に、おれは小さく頷いた。

 

 『それは構わないけれどねゼノ、一体どうして、ヴィルフリートとリックだっけ、彼らを引き入れるんだい?

 教えてくれるよね?』

 理知的な兄皇子の瞳がおれを射る。が、おれの答えは決まっている。彼に隠す気など無いのだ。

 

 『……成程ね。考えようによっては可笑しなノア先生の態度をはじめ、幾つか気になる点がある。それに何も仕掛けて来ない気がせず、何処か異様な空気を感じる……か。

 確かに、AGXという驚異と対峙したのは主に君だ。その君が言うならば、ある種監視の為に置いておくという判断を責める気は無いよ』

 少しして、おれの説明を受けた青年は頷く。

 「リリーナ嬢が『あ、ヴィルじゃん』って反応をしてくれたので、ヴィルフリートの方が確かに従弟関係にある裏付けは取れましたが、その友人が円卓ではない保障までは無い。

 だからこそ、彼等がもしも円卓とそれに脅されている者等であった際、他の円卓勢の目的の為に、あまり傷つける訳にいかず無茶な行動を起こしにくいよう、敢えて聖女様等の近くでおれが監視する」

 『君に任せるよ、ゼノ。


 ……だけれどもね。あまり隙だらけの状況を晒さないでくれるかな?君を買いたいのに、失脚させてしまいそうになるよ』

 と、悪戯っぽく兄にして教員は語り……

 『皇子さま、お休みなさいです』

 ぷつり、と術者のアナの笑顔と共に水を媒介にした通信は途切れた。

 

 と、おれは自室でふぅと息を吐いて……

 「ん、オーウェン?」

 一人用の個室だというのに居る筈の無い姿を見つけてしまった。

 いや、鍵をかけていたは……

 「ご、ごめん皇子……」

 きゅっと胸元に畳まれた布と厚手の寝間着を抱え、汗を額に滲ませて髪を一部貼り付かせた少年がわたわたとする。その手の鍵が揺れた。

 

 「あ、わ、悪いオーウェン。個人で風呂使うかって渡しておいて、その鍵と風呂が一応皇子だからって用意してあるこの部屋専用のものだって事実を失念していた!」

 そうだ。この個室(皆が泊まってる部屋よりランクが上の部屋)専用で此処に入り口がある風呂だからそこまで大きくはないが他人は来れない。ならば寧ろオーウェンが居て当然で、

 

 「悪い、すぐ出てくから」

 おれが居る方が困るわけだ。

 思い切り頭を下げて、そそくさと荷物を纏め……

 「い、いや大丈夫だから」

 「風呂と部屋は繋がってる、おれは何処でも寝られるからオーウェンが」

 「ううん、違うよ」

 きゅっとおれの服の袖が強く掴まれる。

 

 「ねぇ、皇子……」

 おれを見詰める紫の瞳。真剣な表情は何か覚悟を決めたようで。

 「警戒してるんだ、獅童君」

 びくり、と掴まれた腕が跳ねる。

 

 「あ、ごめんつい……」

 申し訳なさそうに少し頭を下げて、少年は微笑する。

 「……二人きりの時は、獅童君って呼んで良いかな?」

 これが言いたいことなのか?あまりその名前に良い記憶はないんだが……

 

 いや、始水は別だが、と多分思考聞いてそうな幼馴染神様に断っておいて、思考を巡らせる。

 「良いけど、どうしたんだ?」

 理由次第では問題ないと結論付けて、おれはそう告げる。

 

 「獅童君。昔……前世の僕、早坂桜理を助けようとしてくれた人も居たって言ったよね?

 仲良くなれずに死んじゃったから、名前を良く覚えられてなかったんだけど……」

 えへへ、と少年はおれの手を握った。

 「名前を聞いて思い出せたんだ。獅童三千矢、獅童君だったんだって」

 

 ああ、そうか。

 静かにおれは目を閉じる。

 

 そうか、君が……おれの罪。逃げるなと、言うのだろう。全て忘れて、万四路の死も、その先も、もう過去だと割り切るなど許さないと。此処に居るんだと……

 ありがとう、桜理。お陰で逃げられなくなった。あのおれのやってきた全てが、単なる自己満足で君を含む誰も……結局救えていないという事実を突き付けてくれる君が居れば、逃げるなんておれがおれを許せないから。

 

 同時に、心も決まったと小さく息を整える。最近、異性の耳に触れない筈のノア姫がオーウェンの耳はつねるし、リリーナ嬢がおれへの感情は恋じゃなさげと気が付きだしているし、どう動くか悩んでいたが……悩む意味なんて無かった。

 せめて、今世でくらい挽回する。今度こそ、あの時何もできなかった罪の代わりに、早坂桜理(オーウェン)の幸福を優先する。それだけだ、他は要らない。

 

 大丈夫。今の彼とならきっと、幸せは掴めるさ。母親を大事に思う気持ちを見ても、家族との関係は良く分かるから。

 

 「……分かった、君が望むなら好きに呼んでくれ」

 「ありがとね、獅童君。でも、何か思い詰めてるよ?大丈夫?」

 「大丈夫だよ、桜理」

 言いつつ、しまったと思う。下手にその名前をおれが出すのは……

 

 「そう呼んでくれるなら、嬉しいな」

 あれ?何だか好評だ。


 「僕が獅童君を呼び止めたのは……部屋から出てほしくないからなんだ。

 ほら、修学旅行って良い思い出無いから、一人だと寝られなくて、一緒の部屋に居て欲しかった。早坂桜理としてのトラウマを、上書きしたかったんだ」

 手を離さず、彼は告げる。

 その瞳は潤み、何となく可愛い。いや、男らしさあんまり無いな。

 

 さっきまでリリーナ嬢と組んで企画の肝試しに行ってた時は、「僕が居るから」って男らしいこと言って頑張ってたのにな、と不思議に思う。

 まあ、脅かす(アルヴィナ)のモチベーション係で直接は参加してないおれが何か言えた立場でもないが。

 

 「そう、か」

 ふわりと香る汗も、どこか桜のようなリラックス出来る香りに近い気がして……

 って変態かおれはと思い切り自分の足を踏みつけて思考を中断。

 

 「お風呂、入ってきたら良いぞオーウェン。

 少しだけ汗臭い」

 「う、うん!」

 と、そそくさと手を離した少年がおれの指差す方向に駆けていって……

 

 「獅童君、ひとつだけ、気持ちの整理をしておいて欲しい事を言うよ」

 逃げるように扉を潜りながら、少年がぽろりと溢す。

 

 「あの子達を円卓と疑ってるって……聞こえちゃったけど、一つだけ獅童君の警戒は違うよ。

 確かにね、僕もAGXの反応を最近此処で感じたけど……聖女様を実質人質にして戦わなきゃ行けない相手じゃない」

 「桜理?相手は……最強の」

 「ううん。最弱のAGX、AGX-ANC11H2D《ALBION》だよ、今回の相手は」

 「待ってくれ、どういう……」

 「お風呂上がったら、ちゃんと話すから、待ってて獅童君」

 小さな姿が扉の向こうに消える。

 

 寸前、

 「……もう、嘘つかないことにしたんだ。僕の本当の機体の方が、警戒されているAGX-15(アルトアイネス)だから」

 そんな声だけが、部屋に残された。

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