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説法、或いは従弟

時は少し経ち、おれ達は本土(いや言い方が変か?普通にトリトニスの街だ)に戻ってきていた。釣った魚はアナがきゅっと凍らせているのとノア姫が機嫌良く捌いてくれた昼用に分かれて保存されている。

 やっぱり魔法って便利だなと自分にはこの世界でも縁の無い事を思いながら、始まる聖女様の演説に備え……

 

 と、不意に外から不審な何かが無いかを探るために中に入る気は無かったおれの目が、項垂れる少年の姿を捉えた。

 前回アナに聖水を貰っていた彼……ではないな。もっと身なりが良い。

 此処は元シュヴァリエ領だが、だからといってシュヴァリエ公爵家の面々以外の貴族とは無縁という程でもない。多少良い素材で出来たえんじ色のロングコートのような気取った服はほぼ……貴族の子息だろう。畏れるような波動を感じない辺り滅茶苦茶な高級品では無さげで、かつ周囲の人々を見渡したところで達人らしき気配もない。


 ということは、下級貴族か。いや、おれみたいに本人が護衛より明らかに強いみたいな一部貴族だから護衛が紛れていない可能性はあるが、そんな凄い貴族の顔と名前はおれだってある程度一致する。というか、元々のおれやルー姐みたいに世界観的には居ると語られてるモブでなければ当然乙女ゲーに出てこれるだろうし、記憶を辿っても出てこない時点でそれは無い。

 

 「どうしたんだ?」

 正体に当たりをつけて、おれは少年に話しかけてみる。

 桜色の糸をあしらった少し珍しい色合いをした服が目を引くが、ピンクの髪はしていない。赤みがかって明るくはあるが……茶髪の域だな。ということはただの聖女リリーナのおっかけか。

 顔から読み取ると年の頃はオーウェンやノア姫と同じくらい。ってオーウェンは15でノア姫に至っては100歳くらいだから適切じゃないな。おれの1~2下で13~14程。幼さが少し残る顔にはどことなくオーウェンっぽさが……いや彼とは違い何かに顔をしかめたクソガキ感がある顔だな。言うなれば、おれに母を助けろよと言ってきた小生意気さが消えずつり目で中性的な印象が薄れたオーウェン。

 「何で入れないんだ、貴族なのに」

 あ、やっぱりか。

 

 ちなみにだが、ノア姫がさらっとオーウェンにあげていたように、幾ら聖女様~と超満員になる説法の場でも、相応の地位があれば場所は用意して貰える。

 「貴族様か」

 「リリ姉の為に来たのに、どうしてこうなってる!」

 ドン!と苛立たしげに少年に蹴られる神殿の白壁。磨かれている靴だからか泥痕が残るような事はないが、そもそもダメだろそれ。

 

 「八つ当たりは止めろよ、少年」

 「ってか誰だよお前!」

 ごもっとも……と言いたいが、今回は言わないな。

 「分からないのか。リリ姉と聖女様を呼ぶのにか?」

 「は?」

 ふざけんなと少年がおれを見て……不機嫌そうだった緑の目を見開いた。

 「げ、クソ忌み子!」

 ……って反応それかよ!?

 

 「……第七皇子、ゼノだ」

 「ヴィル。ヴィルフリート・アグノエル」

 リリ姉というからリリーナ嬢とは縁があると思っていたが、姉弟か?

 いや、可笑しくないか?


 「アグノエル子爵家か。だが、おれ自身一応リリーナ様と婚約する際に挨拶に行った事があるが、君とは……」

 と、疑問をさらりと投げてみる。

 「オレは従弟なの!ルートヴィヒが死んで、リリ姉が聖女様でその結婚相手が子爵家を継ぐ訳じゃなくなりそうだからって、貴族止めてのんびり農業してた当主の弟の息子のオレが呼び戻されただけ!聖女様になる前とはリリ姉は従姉だから縁があっただけで平民だから挨拶も何もない!分かるかドロボー!」

 噛み付くように吠えてくる少年。

 

 あ、さてはこいつリリーナ嬢と結婚とか狙ってたな?聖女になって遠くなって……うん、それでも抑えきれずに此処まで来た、か。

 

 うーん、と思い悩む。

 おれ自身、リリーナ嬢の幸福には必要ない。おれは彼女を幸せに出来ない。だから、ちょっとずつ勇気を出していて互いに気になり出していそうなオーウェンとリリーナ嬢をさりげなく(いや、うまく出来てるかは別として)仲を取り持とうとか思っていたんだが……

 此処に来て、もっと前からリリーナ嬢一筋とかそんな感じそうな奴がやって来た。オーウェンを応援したい気はあるが、リリーナ嬢の幸福のためには本当にそれで良いのか?という悩みが生じてしまった訳だ。

 

 『面白くない冗談ですね兄さん?』

 オーウェンとおうえん?いやギャグじゃないんだが?

 あと結婚は結局のところ始水等の七大天次第か

 『いえ、天光の聖女関連は女神が手を出すと怒るのでノータッチですよ兄さん』

 あ、そうなのか。

 

 って今は良いやと幼馴染神様の声を切り、おれは少年を改めて眺める。

 「おれ、何か盗んだか?」

 「リリ姉とは大きくなったら結婚するって約束を……このドロボー!」

 「いや本当か」

 「気持ちがおっきくなっても同じなら改めて考えるねって」

 「それ体よく断られてるだけだろ」

 「うぐっ!」

 ……何だこのエッケハルト感。

 

 「ってか、貴族で従弟が会いに来たんだから入れてくれよ!」

 ドンドンと叩かれる扉。

 「邪魔だから止めてやれ」

 言いつつ、少しだけ考える。

 

 そもそもおれ、周囲の警戒に当たる気だったから席取ってないんだよな。取ってればあげられたが……

 と、悩むおれに不意に光が当たる。

 ぱしゃり、というシャッター音に近い何かと共に、飛び下がったおれのついさっき居た場所を魔力の光が駆け抜けていった。

 

 って何だ、風景を撮る写真みたいな魔法か。確か影属性とか天属性にある。

 水晶玉をカメラみたいに構えていたのは、ヴィルフリートと名乗った少年と似た年格好の少年であった。

 「リック、結局入れなかった」

 その言葉に、リックと呼ばれた少年は苛立たしげに神殿の扉を見上げる。

 

 ってことは、友人同士か。

 「折角リリ姉に会いに来たのに」

 「お前がリリーナ様とは従弟だから入れるはずって言うから付いてきたんだぞヴィル!」

 頬をつねられ、いててと叫ぶ少年ヴィルフリート。まあ、仲良さげといったじゃれあいの域で、本格的な恨みとかはないな多分。

 

 「ってか、婚約者なら入れないのかよ!」

 「忌み子が強権使ったら禍根が残る」

 「はーつっかえ!」

 ……うん、そうだな。

 

 軽口的に罵倒してくる少年に、人望無いなとおれは肩を竦めて、終わりを待った。

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