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策略、或いは相部屋

「……とりあえず、整理しよう」

 「はい、皇子さま」

 こくり、と頷く色素と生気の薄い妹。

 

 「え?アイリスちゃん……居たの?」

 「アナ、誰の部屋だと思ってたんだそれ」

 そんな妹の存在に漸く気が付いたのか、目をぱちくりさせる少女に、おれは苦笑して尋ねる。

 「皇子さま」

 「おれにこんな立派な寮で暮らすような資格はない」

 「今、渡した」

 「少なくとも自力では」

 そういや自分の部屋……になるらしい部屋を見てないけどアイリスが用意した以上、同じような部屋なんだろうなーと思い訂正する。

 

 「ということでだアナ。

 こいつが」

 大丈夫だろうと思って歩いて近付き、肩を抱いてベッドの上に上体を起こさせる。全く力の必要ない病的な軽さに少しだけ顔をしかめ、肉が無いので柔らかさの足りないその体を支える。

 骨が当たる程の細さ、もっと何か食えと言いたいが、ろくに肉も食べられない貧弱さではそれは厳しいだろう。

 「家の妹のアイリスだ」

 「アイリス。第三……皇女」

 「え、えっと、貴族さまより偉くて、えーっと……

 皇子さま、平伏とか、した方が良いのかな」

 「要るか、アイリス?」

 「気持ち悪い」

 妹は無表情でそう応える。


 嫌みとかそんなではない。感情はある。基本落ち着いているアルヴィナも割と無表情だが、それとも違う。単純に、感情表現が出来ないだけなんだ。外を全然知らないから。

 彼女にとって世界とは部屋と本とおれの話と、そしておれが連れ出した時のゴーレムの視界が全部。そして、彼女の知る本は絵本ばかりだ。だってそうだろう?挿し絵が無ければ何も分からないんだから。


 外をほぼ知らぬ妹にとって、物語はほぼ全てが想像もつかないファンタジーのものに等しいのだ。どんなものだって、絵で示してくれないと脳裏に思い描けない。それでは活字の物語はあまり面白くもないだろう。

 おれならば文章から割と脳裏に描かれた世界が広がるが、アイリスにとってそれは理解もつかない何かが書いてあるだけの活字の列に過ぎない。

 そしてこの世界では、絵本以外に挿し絵が入っているのは基本的には学術書ばかりだ。印刷も製本も魔法で出来るので書籍は発達しているのだが、絵はコストが高い。

 日本という多少脳裏に残る世界の文字とは異なり表音文字なのでこの世界……正しくは公用語の文字を転写するのは割と楽なのだが、絵はそうはいかない。

 特に術者の力量が足りないと絵は線が大きくズレてしまうからな。書籍の文字は多少実力不足で歪んで汚くてもそういうもので済ませられるが、印刷時に個人差で線がブレて狂った挿し絵入りとか売れないだろう。邪魔まである。

 なので、絵本の挿し絵だって基本はかなり簡易に書かれている。ちょっと絵の上手い子供が書いたようなもの。それをお手本にしたらまあ平面猫だって生まれる。そんな狭い世界で生きてきた妹は、どこまでも感情が鈍い。だから、外を見せてやりたかったって思ったんだしな。

 

 「ってことで、普通にしてくれ、アナ」

 そんな妹の頭を撫でながら、おれはそう返す。触れられる事は嫌がらないので、宥めるように。

 「うん。それで……どう、かな」

 くるっと一回転。ふわりと割と短めのスカートが揺れる。

 「似合ってるよ、アナ」

 実際に似合っている。何で淡い銀の髪と白い肌に白黒のメイド服ってこんなに似合うんだろうな。コントラストって奴か。

 

 「と、そうじゃなくてだ。

 アナ、みんなは大丈夫なのか?」

 孤児院を一人抜けてきた訳で。ここは貴族達の区画なので毎日孤児院から通うにはちょっと遠すぎる。きっと、此処で暮らすしかないのだろうが……

 「あ、そこは何とかしてくれるんだって」

 「かんぺき」

 あ、うん。アイリスの言葉に不安はあるが、言っても仕方ないか。

 

 「……で、此処が部屋か……」

 それから数分後、おれは壁を蹴って吹き抜けのエレベーターシャフトを使い、上の階へと来ていた。

 って、一々これで登るの面倒な高さしてんな此処。魔力0のおれ個人じゃエレベーター動かせないからそこは仕方ないっちゃ仕方ないが、考えものだなこれ。


 「あれ?皇子さまは使わないの?」

 なんて、魔力式のエレベーターに普通に乗ってきたアナに言われる始末である。

 

 「いや、おれって忌み子だろ?エレベーター動かないんだ」

 「……ごめんなさい、変なこと聞いて」

 「単なる事実だよ、アナ」

 言いながら、思う。

 「というか、動かせるんだな、アナ」


 「え?普通動かないんですか?」

 眼をしばたかせて小首を傾げる少女。

 「一定値の魔力を込めないと動かないようになってるらしい。足りないとそもそも動かせない」


 大抵の場合入学を許される域値よりは低いのだったか。まあ、あまり使う人間は居ないとはいえ……いやこのエレベーターは1階から2階なんかでも使われる以上活用されているな。

 今日も大概の新入生が使ったはずだ。それはもう、域値より高い基準でしか動かないと大問題だ。

 まあ、これから入学する子供向けの域値である以上、どんな凄そうに聞こえてもレベル差のある大人は大抵なんとかなる数値なんだけどな。


 どんな天才でもレベルは低いからな、レベルに対する相対的な数値としては飛び抜けていても絶対値はそんなでもない。あれだ、レベル10台で測定された筋力値40越えた(おれ)は異次元だが、上級職にまでなる存在ならば筋力40は当たり前といった感じ。

 ま、これはおれの例な訳だが。ま、あくまでも同世代、同レベル帯で飛び抜けて優秀な程ではなくとも動かせる程度な訳だ。

 

 「あれ?皇子さまはなら何で上に?」

 きょとんとする少女。

 「いや、壁蹴って登ってきた」

 「か、壁……」

 「慣れれば結構楽だぞ。一階だけだから連続で蹴る必要もないし」

 「す、凄い……です、ね」

 ……ちょっと引かれたか、そんな風にも思いながら。

 

 「じゃ、色々と大変だろうし、メイドなんて初めてだろうけど頑張れよ、アナ」

 言って、妹から貰った鍵を使って部屋の扉を……

 

 ん?ちょっと待てよ?

 「皇子さま?開けないんですか?」

 鍵を差し込んだまま固まったおれを見て、急かす銀髪の少女。

 いや待て。待つんだ。良く考えろ第七皇子ゼノ。気がつけこの違和感に。

 

 「……アナ?部屋は?」

 「アイリスちゃんから聞いたら、ここだって」

 「おれは、アイリスから1つ上と聞いたから間違いなく此処のはず……」

 眼前を見る。

 扉は1つだ。沢山並んでいるとか、そういった事はない。そもそも一階一部屋だ

 

 つまり。つまりだ。妹の言葉が正しいならば、二人ともこの階が部屋な訳で。そして、扉が1つということは、部屋は1つしかないという事だ。

 要は……相部屋。

 「アイリスぅぅぅぅぅぅっ!」

 おれの叫びは塔の中を反響し……

 

 「……おおごえ」

 更なる来訪者を呼び起こした。

 何時ものぶかぶか帽子、リリーナ=アルヴィナである。

 「アル……ヴィナ?」

 「リリーナちゃん?学校に行くって聞いてたけど……」

 「寮」

 「……此処はおれの部屋の階らしい」


 嫌な予感がしつつ、とりあえずそう言っておく。

 「そこで合ってる。おかね無い、部屋半分」

 だが、まあ、あれだ。結構重そうなトランクごと降りてきた時点で何となく予想はついていたんだ。

 こんな塔の寮で知り合いを見掛けたとしても普通トランク自分の部屋に置いてから戻ってくるわな。だというのにエレベーターはまっすぐこの階に止まった時点で分かってはいた。

 分かりたくなかっただけで。

 

 「……そうか。確かに高いらしいよなこの寮」

 幾らだったかは忘れたし、代金はそもそもアイリス持ちっぽいからおれが気にしても本来意味はないが。

 「でも、だからって……半分ってアリなのか?」

 「皇帝、じきじき。あいつと同部屋で良いならと許可」


 「親父ぃぃぃぃっ!?それは不味くないか親父!?」


 何処の世界に幼い女の子と息子を同部屋で良いなら寮貸すぞという皇帝が居るのだろう。年頃の男女でないだけまだマシだが、絵面が前提として危険すぎる。

 いや、おれだって知ってるんだ、キスで子供は出来ないし、魔法で妖精さんが運んでくる訳でもないってことくらい。キスの先の事をしないといけないんだと。

 女の子は凄く苦しむらしいし、母はそれで死んだのだと知っているさ。だから間違いなんて起きるはず無い、当たり前だ。

 でも、それでも不味いだろう世間的に。

 

 「何やってんだ親父ぃぃっ!」

 そんなおれの声は。

 「わ、わたしは気にしないから……皇子さまなら、安心だし」

 「心強い」

 そんなおれよりも本来は文句言って良いはずの二人によってかき消されたのであった。

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