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釣り、或いは弓

「……釣れるかしら?」

 釣糸を垂らすおれと、横のオーウェンへと不意にそんな声がかけられた。

 

 声音だけで分かる、ノア姫だ。

 

 翌朝、おれ達はまあ今日は普通に途中で合流して、当初思い思いに過ごせたろ?と明日からのアレコレ行事に備える為、そこまで遊ばずに船で島から移動を始めていた。まぁ、服装がラフなのはそのままだが、既に水着ではない。これから砂浜で遊ぶならそりゃ水着も良いけど、街に戻るわけだしな。

 特に、リリーナ嬢とアナは聖女様として、帰ったら熱烈歓迎を受けるし、説法だ何だも多分予定されてる。本当に命を捨ててまでこの街を護った彼等への感謝を込めた慰霊碑よりも聖女というネームを利用してのアナ像の建設に力を入れる根性から分かりきっている話だ。

 少しだけ心に刺が産まれるが、おれが言えた義理かと振り払う。

 

 「何で釣りしてるの僕達……」

 ぽつりと告げるのはオーウェンだ。だらんと垂らした釣糸はあまり釣れそうには見えないし、やる気も少ない。

 「あら、今晩は修学旅行の一貫として『自分達て料理を作って食べてみる』授業よ」

 「いや、それとこれと関係なくないかな!?」

 ツッコミを入れたのはリリーナ嬢。まあ、普通に考えて可笑しな話かもしれない。

 

 「うん、そういう授業なのは分かるよ?でもさ、みんな普通に安い湖のお魚を買ってきて焼いたりするんじゃん!何で釣りからなのさ!」

 「落第点あげようかしら」

 呆れたようにうつ向いて首を振るエルフ。そのポニーテールが左右に揺れた。

 

 「ひどっ!」

 「エルフは自給自足。その体験ということだろう?」

 と、おれは助け船を出す。いや、兵役の最中にノア姫の思考は本気で慣れまくったからな。幾らでも理解できる気がする。

 

 「いや、私達までやるのそれ」

 「やるんだよ」

 「そもそも、当たり前だけれども、エルフだって農業出来るわよ?それも人間より余程ね。それでも自給自足を説くのは、忘れないためよ。

 自分達が神々の作った世界で、命を戴いて生きているという事実を、ね。エルフという女神様の似姿だからこそ、その事を忘れてはいけない。その心得としてあえて自給自足を説いているの。

 郷に従うことも出来るけれど、たまにはある程度アナタ達に合わせてあげているワタシの文化側にも合わせてみてくれる?という話。だから、別に良いわよ?ワタシの心境以外、特に何も問題ないわ」 

 くすり、とエルフの姫は微笑う。

 

 「……うーん、でも……でもさぁ」

 あ、説得されてるなこれ。

 「良いよ、リリーナ嬢。おれがやる」

 苦笑してオーウェンから借りた竿をしっかり握るおれ。

 

 が、おれ自身ドシロウトも良いところ。釣竿をどれだけ格好付けて握ったところで……

 「ところでノア姫、これどう使うんだ?」

 所詮はこの程度なのである。うん、おれに釣りとか無理だわ普通に。

 

 「あ、あはは……うんそうだよね」

 「皇子にも出来ないことが……」

 おい失礼なオーウェン。

 「違うぞオーウェン。おれに出来ないことの方が多い。魔法とか全く使えないから自力だと風呂すら入れられないぞおれ」

 「まあ、だからこそアーニャ様とか」

 「ワタシが必要になる、そうでしょう?」

 くすり、とエルフの姫はその長い耳を揺らして笑った。

 

 「……というかノア姫、ノア姫は普通に魚とか捕って来れていたよな?」

 施される気はないと前にトリトニスに滞在した時の事を思い出しておれは呟く。

 「釣りのコツとかあるのか?」

 「知らないわよ?」

 「え?」

 少しだけ意外なその言葉に、おれは片目しかない瞳をしばたかせた。

 「そもそもワタシ、その釣竿だとかいうもの、使ったこと無いもの。知るわけ無いでしょう?」

 「あれ、普通に釣りして魚持ってきて無かったか?」

 少なくとも、おれはノア姫がせっせと焼いて魚を食べているのを見た覚えがあるのだが……

 

 「……ええ、そうね」

 じっとおれ、オーウェン、リリーナ嬢と体つきを眺め回すと、ぽんとエルフ少女はおれの腕を叩いた。

 「アナタなら出来そうね。他は無理だけど」

 「やっぱり戦力外なんだ僕……」

 ずーんと黒髪の少年が項垂れた。

 

 「いえ、ワタシのやり方も特別だもの。ちょっと見ていなさい?」

 と、波間に揺れる船から湖面を眺め……

 「ちょっと借りるわよ」

 おれの足元に置かれた餌を一つまみつまみ上げると、小さくエルフは魔法を唱えた。光の軌跡と共に、魚が食いつきそうな団子が放物線を描いて軽く投げたにしては明らかに遠い湖面に着水すると、ほどけてばら蒔かれる。

 

 少しの間、固唾を呑んで見守るおれ。釣竿に何か掛かることは無い。

 撒かれた餌を狙い、幾つかの魚影が姿を見せる。ノア姫はそれを何をするでもなく暫く眺め…… 

 「其処よ」

 電光石火、光が閃く!

 

 一瞬で取り出された小型の弓矢から放たれた矢がシュッと軽い音と共に湖面を貫き小さな飛沫をあげさせたかと思うと、ぷかりと一尾の良く肥えた魚がその腹を覗かせて浮かんできた。その背にはしっかりと矢が突き刺さっている。

 

 「はい、おしまい。後はこれを回収するだけ。これがワタシの漁のやり方」

 紅玉のような瞳が、身長差から完全に上目遣いにおれを優しく見上げる。

 「アナタなら、普通に出来るわよね?」

 「ってボウフィッシング!?」

 「うわぁ……」

 何か、横の二人が驚愕の表情を晒しているが……ノア姫というか、エルフってこうじゃないか?天空山で出会ったウィズだってさらりと凄いことやってきたぞ?

 というか、おれが最近は主に月花迅雷ありきで遠近問わず刀を使う事もあって、弓の腕とか普通にノア姫の方が上だ。その上で彼女が期待するように……

 「あら、エルフは森の中でしっかり獲物を獲れるように大半が弓を手足のように使えるわよ?だからこれが伝統的な漁なの」

 「だな、これならおれでも出来る」

 滑らかに湖面を貫くとはいかずとも、力任せに打ち砕いて波紋を立てながら水面を突破した矢が二尾目の魚をぷかりと浮かばせた。

 

 「いや出来るんだ……」

 「っていうかゼノ君その弓何処から出したの……?」

 ツッコミどころそこかよ。


 「いや、さっきから聞いてたロダ兄のアバターが使うかワンちゃん?とおれの荷物の中の弓矢を振ってたからそれ」

 「何時も持ち歩いてるの!?」

 「当たり前だろリリーナ嬢。本来月花迅雷は、軽々しく使っちゃいけない。だから遠距離に対応するには弓矢が要る」 

 最近麻痺しがちだが、これはおれの罪の象徴なのだから。

 

 「銃は?」

 さらっと聞いてくるのは、おう俺様に任せろとちょっと離れて釣糸垂らしていたロダ兄だ。

 が、完全ボウズ。釣果は0のようだ。

 「いや、魔力込めてどうこうのおれには全く使えないタイプでないなら火力が一定の銃より弓矢の方が強い」

 実際ゲームでもそうなんだよな。銃はどんな人間でも、命中さえさせれば一定の火力が保証されるが、逆に一定の火力しかない。高ステータスになればなるほど火力不足が目立つ。例えば今のおれ、父や師匠に弓矢で射られればステータス的に怪我するが、あの二人にライフルみたいなゴツい銃で撃たれても何ともない。

 

 「……こっわ」

 この世界のリアルってこうなのだ。

 だからこそ、銃を使う騎士団が少ない。雑魚には良く効くが、強敵には固定値だからほぼ無意味。そして……雑魚なら一定火力は出せる銃よりも魔法耐性0なんだから魔法の方が強い。

 

 そんなことを考えながら……

 「あれ?アナ達は?」

 アナ達も同じく魚を獲ってる筈なんだがと思って見回すと……

 「お願いします、わたしたちにちよっと命を下さい」

 手を組んで祈りを捧げるアナと、目の前で飛び込んでくる魚。ぴちぴちとアナの前で跳ねるその姿は、正に聖人の祈りに応えて身を捧げた供物のよう。

 

 「……何でもありか」

 「龍姫様の加護すごいね……」

 っていうか始水?これならおれも……

 『あ、無理ですよ兄さん。私が指示してるなら釣れますが、あれ私の加護に反応して龍姫の影響の強い湖の魚が勝手にやってるだけですから』

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