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夜話、或いはコイバナ(男性編、前編)

「ごめんね皇子、僕一人だけ別口で使わせて貰って……」 

 薄布を手に、ぺこぺこと頭を下げる黒髪の少年。前世での修学旅行のトラウマがと言い出して他男性陣と風呂に入るのを嫌がったので、晩ご飯の後に一人で入って来て良いぞと回を分けたのだ。

 

 「気にするな。誰だって辛いものは辛い」

 言いつつおれはほいと鍵を少年に投げ渡した。

 「え、これ何?」

 「この島に泊まるのは今日だけで、明日からは学園全体で泊まってる宿だろ?

 だからその宿の個室風呂の鍵。気心知れてない相手はおれと一緒に入りたくないだろうし一応皇族だから借りてたんだけど、オーウェンが使ってくれて良いぞ」

 その言葉に、濡れた桜色の髪からぽたりと雫を落としつつ、少年は渡された鍵を見詰めた。

 

 「本当に御免、有り難う」

 きゅっと鍵を胸元に握り締め、小さく微笑む。

 ……うん、キリっとしてればまだ男の子なんだが、ふわりとした顔をすると結構可愛いから止めようなオーウェン?

 

 「まあ、良いかを

 今日は後寝るだけだ。おれはとりあえず頼勇と交代する時間まで」

 と、二つ並べて立てたテントのようなものを交互に見てから、おれは中に入ろうとするオーウェンと入れ換わりに外へと出る。

 

 ぱちぱちとはぜる焚き火の音。その横にくるりと丸まる白くて結構堅い小山。まあお利口なアウィルなんだが。

 「外で見張りと火の番してくる」

 「……」

 おれの羽織る寝間着(流石に夜は肌寒い。水着とはいかないからな)の袖が引かれた。

 「オーウェン?」

 

 振り返ると、やはり少年がおれの服の袖をきゅっと小さく握っていた。

 「皇子、ごめん」

 「いや、どうしたんだよオーウェン」

 「少しだけ……皆が寝静まるまで、居て」

 か細い声が、そう訴えてくる。

 

 「いやどうしたんだ?」

 「変な目を向けてくるから、ちょっと怖くて」

 大丈夫だと少年の低い背丈から簡単に届く頭をぽん、と撫でる。

 「確かにエッケハルトはデリカシー無いかもしれないけれどもさ。

 アナにしか興味ないから、変なことはしてこないよ」

 「失礼な!」

 と、テントの中からそんな声。

 

 「俺はあんまり他の女の子に手を出してたら嫌がられるからアナちゃんの為に我慢してるんだよ!興味くらいあるわ!」

 びくり、とおれの横でオーウェンが震えた。

 「……オーウェン。これ流石に好意持ってくれてる女の子に手を出してない理由であって、男女構わず襲いたいって犯罪カミングアウトじゃない筈だ」

 「う、うん……」

 だから、大丈夫とおれは火の番に戻ろうとして……不意におれの肩が強く叩かれた。

 

 見れば、犬の手と雉の翼の個体、ロダ兄の分身アバターが二人して火の前に立っている。

 「おう、楽しい火の番に俺様も混ぜてくれないかワンちゃん?」

 にかりと笑って、青年は言外にいやついててやれよと訴えてくる。

 「……分かった」

 意を決して、とりあえず暫くおれはアウィルと彼のアバターに外を任せることにして男用のテントの入り口の布を潜った。

 

 「ああ、エッケハルト。言っておくが女の子用のテントへの移動は禁止な。

 リリーナ嬢からもアナからも、それこそアレットからも何も聞いてないから、本当は今晩約束してるとか言われても知らんぞ」

 というか、夜這い云々やると聞いてたら専用テント立ててやるからそこでやってくれって話だな。


 「いやねぇよ!?幾ら俺でも、一夏のロマンスとかやりたくても、流石にアナちゃんから求められなきゃ手は出しにいかないっての!」

 「あ、案外紳士……」

 「紳士じゃなきゃ攻略対象になんてなれるか!」

 ……いや、ゲームによっては遊び人のチャラい感じの明るい人とか攻略できたりしないのか?おれは乙女ゲー全然詳しくないが。

 

 「そう、かな……

 いや、確かに遊ぶ人でも話として最終的には一途になるとは思うけど……」

 あ、オーウェンが何だか悩んでる。

 

 「ってかさ、こんな時だからこそ、そういう恋だ何だぶっちゃけようぜ」

 と、敷いた布団(貴族だからちゃんと下にはマットレスが引いてあり、テントの中は結構快適だ。決して砂浜に一枚のシート引いた程度の床ではない)の上に胡座を掻いたエッケハルトがおれ……ではなく横のオーウェンを見てぽん、と布団を叩く。

 「何かあるのか?」

 「お前相手はねぇよゼノ!

 ただ、分かるだろ?原作の攻略対象だの転生者だの増えてきたし、此処等でお互いのスタンス明確にしておきたいの!」

 ダンダンと布団が叩かれる。

 

 うん、一理あるなとおれは自前の布団に何時でも立てるよう膝を立てて座った。

 「オーウェン、そういうの話せるか?」

 「一応……。恋の話って、定番だし……」

 どこか気後れした空気で、少年は頷くと……ぺたんと脚を畳んでおれの横の布団に潜り込んだ

 そしてくるまったまま顔だけ出す。

 

 「……まあ、私としても少し気になる話ではある」

 と、目を閉じた頼勇。完全に後でおれと交代するからか今体を休める感じだ。

 

 そして、じっと待つエッケハルト。

 「まず、おれから言おうか」

 と、仕方ないのでおれはまず切り出して……

 「全員知ってるわアホ」

 エッケハルトに一蹴された。

 

 「そう、か」

 「いや待て。分からない事は案外多い、聞かせてくれないか?」

 と、フォロー入れてくる頼勇。目を閉じたままだが、その表情は優しげだ。

 

 「分かった。おれは……恋愛的に好きな人は居ないよ」

 「アイリス殿下は」

 「妹だよ。大事なおれの妹。それ自体は他にも居る筈なんだけど、おれが兄として振る舞えたたった一人の相手。だから兄として必ず支えてみせる。それだけだ」

 「あのエルフの人」

 と、オーウェン。

 

 「ノア姫は……恩人だよ。すごく助かってるけど、恋愛的には関係ない」

 「そうなの?」

 「向こうは何となく意識してそうだが?」

 と、笑いながら聞いてくるのは白桃の青年だった。

 「その辺はワンちゃん的にはどうな訳?」

 「絶対無い。有り得ない。

 ノア姫が何となくおれを気にかけてくれるのは分かる。でも、彼女はエルフでおれは忌み子な人間。親代わりになってくれようとした事もあったけれど」

 それを聞いて、マジかと青年二人が目と口を開いた。

 

 「おれは必ず先に死ぬ。まだノア姫を……姫と呼んでも問題ない歳頃に、絶対に。万が一この先の戦いを生き残ろうが、おれは幼いノア姫を残して先立つ。親代わりになって貰えば、何て親不孝。

 その時点で、深入りすればするほど、心を通わせば通わすほど……例えこの身に呪いが無かろうと、何時か必ず彼女を傷付ける。その心の傷を背負ってその先長く生きろなんて、おれは言いたくない」

 ノア姫が語ってくれた祖父の話は、何時も何処か寂しそうに寝物語として聖女やその周囲の皆について話す英雄ティグルで幕を閉じる。そう、800年ほど、彼はもう居ないかつて共に戦った者達の事を思いだし、そして寂寥感を覚えていたのだろう。

 

 だからもう、おれは……

 「ここまでだ。人それぞれ考え方はあると思うけれど、おれはこの先はノア姫が傷付くだけだと思っている」

 そう、結論付けた。

 

 「アナちゃんとは?同じかゼノ!」

 「ちょっと違うが、同じようなものだ。

 アナがおれを……幼い憧れから好いてくれているのは知ってる。だけど、踏み込んでもおれしか救われない。だから、おれはその好意に応えられない」

 「アルヴィナ」

 と、何時も通りのシロノワール。こいつ寝間着とか水着とか着ないんだよな。

 

 「大事な友達だし……」

 と、後はオーウェンだけだなと周囲を見回して確認。オーウェンになら言って良い。

 「魔神王の妹だけど、見ての通り穏健派として今はおれたちに手を貸してくれている。だから、おれは彼女となら、殲滅戦せずとも手を取り合って魔神との戦いを終わらせられると信じている」

 「恋心は?」

 「無い。アルヴィナとおれは友達だよ。

 アルヴィナからも、そこまで無いだろ?好きなものは殺して自分のものにしたくなるのがアルヴィナだろうけど、おれは殺そうとしてきた事がないし、何より外見が幼い。恋すると大人になるってアルヴィナ当人から聞いたぞ」

 その点はアナもそうか?でも、アナの事は友達として好きそうで……って、だから友達でしかない理屈に繋がるのか。

 

 と、シロノワールは呆れたように影に姿を消した。

 

 「ねぇ、皇子。

 僕は……女の子視点の乙女ゲーってプレイはしたけどちょっと辛かったし、それよりも恋する女の子してた小説版って、殆ど気分悪くなって読めなかったんだけど……」

 おずおずとおれの目を見てくるオーウェン。

 

 「オーウェン?大丈夫か?」

 「そんな僕でも、隻腕になった皇子が、精一杯アーニャ様の為に友から借りた機械の腕で」

 オーウェンの視線が頼勇を見る。正しくは座禅を組んだ彼の左手を。

 「LI-OHを呼び出して戦うシーンだけは読んだんだ。元々、そのシーンを読みたくて買ったから。

 それで、その話では……」

 「……ごほんごほん」

 突然エッケハルトが噎せた。

 

 「オーウェン。ちょっとだけ、真性異言だけで話させてくれよ。下手に全部語りすぎると余計なことを知りすぎて逆に世界が可笑しくなるって事で、話せる範囲を共有したいからさ」

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