オーウェン、或いは桜色
「シルヴェール先生、聖女様をお願いします」
「別に何時ものように兄さんでも良いよ、ゼノ」
やることを決め、兄に相談する。
「それで、教師として聞こうか。君はどうする気なのか?」
理知的な眼鏡の奥の瞳が、静かにおれを見詰めた。
「ちゃんと行きますよ。ただ、竜籠を使わない方が良いかと思ったから、別口で向かいます」
「ああ、そこの君の相棒の力を借りて行動すると言うことか。そんなに飛竜を怯えさせそうなのかい?」
怪訝そうな瞳が、横で丸まるアウィル(光を雷でねじ曲げているのか何なのか、ぱっと見ただの犬)をゆっくりと上下に観察する。
「いえ、うちの班のオーウェンの方です。少し気晴らしさせて、心を落ち着かせてやった方が良い。
けれど、竜籠は数班が一緒に乗るもの」
そう、結構搭乗人数多いんだよな竜籠。三頭の飛竜によるトリトニス行きだが、30人は軽く乗れる。
聖女云々でアナやリリーナ嬢の班は特別扱いで広くスペース取るが、それでも二班乗るのだ。
ぶっちゃけた話おれって評判悪いわけで、ほっといたらまた同乗する彼等になにか言われかねない。その時にオーウェンも巻き込まれるかもしれない。
あれだけ顔に出るんだ、せめて行きからそんな不快な思いをさせたくない。
「速度は」
「アウィルは竜に負けない」
『ルルゥ!』
任せろと吠えるアウィル。実際、飛竜が人の乗る籠を運ぶ速度ってそんな速くないしな。
その点運ぶものも何もないアウィルならリニア並の速度が出る。ちょっぴり耐性の無いオーウェンが乗ってても旧式の新幹線には負けないんじゃないか?
「だから追い付けるどころか、先回り余裕かと」
「あんまり羽目を外さないように。ただでさえ目立つ上に問題視されてる君がまた何かやらかしたと思われたら負けだよ」
「分かってます、シルヴェール兄さん」
くすり、とおれの言葉に年の離れた兄は微笑みを返した。
「君の言うプリンスオブチキンハートには、流石に政治的にも負けて欲しくないからね」
なんてやり取りを経て、おれはオーウェンと二人で、気晴らしには何が良いかと考えながら地上を進んでいた。
「ごめん、ゼノ皇子」
「いや、おれも地上の方が好きだし、アウィルに走らせてやりたかったからちょうどよかったんだよ」
地を疾駆するアウィルの背に乗り、オーウェンに抱き付かれながら周囲の自然を眺める。
こうして自然を眺めることが出来るのも、地上ならではだ。竜籠じゃ持ち込んだ本を読むとか、雲しか見えない外を眺めるとかするしか無い。
というか、やっぱりオーウェンって……
「ゼノ皇子?」
ちらりと後ろの少年を見て口をつぐむおれを怪訝そうにオーウェンが見上げた。
「いや、もう少し男らしくなりたいなら鍛えるべきだなって」
言いつつおれは頬を小さく掻く。
「まあ、おれ自身ステータス頼みの面があって、そこまでムキムキの筋肉質って訳じゃないんだが」
この世界、筋肉ダルマよりステータス高いだけで結構細身のおれの方が余程力強いからな。じゃあ筋肉ダルマに意味無いだろうって?
いや、肉体の在り方は魂の器の形に関連している。つまり、レベルアップ時のステータスの伸びやすさに補正がかかるって感じ。
ゲーム風に言えば、職業の固有成長率とは別に人には個別成長率があり合算でレベルアップ時のステータスの伸びが決まるんだが、細身の人間は技や魔法関連、逆にマッチョマンだと攻撃や防御の個別成長率が高い事が多いって話。
ゲームでも第一部、つまり学校での授業選択なんかで鍛え方を変え、多少はキャラ毎にステータスの伸びやすさに補正をかけることが出来た。まあ、大体60%の確率で【技】が上がるだったのが鍛えたことで70%の確率で上がるようになったとかなんで、リセット出来るゲームでは補正掛けるよりレベルアップアップ寸前に中断セーブして成長リセマラした方がよっぽど速いけど。
だから、その実物理面伸びやすいかでしかないからマッチョさと男らしさは無関係というか、英雄魔術師とか目指すなら細身で良いんだが……何となくマッチョが男らしいって思いがあるよな。この世界ゴリラみたいな筋力してても女性だと大概細いし。
「う、うん」
あれ、何か落ち込んでる。
「……オーウェン?」
「僕、そんなに男らしくない?」
「いや、かなり柔らかくしやなかっていうか……」
端的に言えば女の子っぽい。ただ、それを言われたくないのは分かるし、他にしなやかといえば……
「そうそう、所謂斥候系に見える」
「ごめん、僕に気を遣わせて」
「いや、おれから振ってしまった話だしな……」
と、胸元に目を落とす彼を余所に忘れていたことに気が付く。
「そもそも、筋肉付くのが男らしいとも良いこととも限らないしな。
自分の職業による。魔法系なら筋肉付いてるのも案外可笑しいし」
「実は、錬金術師系なんだ」
ぽつりと聞かれてオーウェンは語る。
錬金術師系統。ゴーレム使いのアイリスも一応この系統に属する。分類としては……
「前衛にも後衛にもなれる、間違えたら半端パターンか……」
「半端……」
「間違えなきゃ大丈夫。自分のなりたいもの、なるべきものを分かってれば、きっと大成できるさ。
あのアイリスや竪神だって実質錬金術師なんだぞ?」
冗談めかしておれは言う。
「後方型錬金術師の最たるものがアイリス、前線で錬金した武装で戦うなら竪神。
オーウェンだってさ、道を見失わなければなれる」
「いや、あれは特別な……」
紫の瞳がしょんぼりと下(アウィルの背)を向く。
「そう落ち込むな、彼等は確かに特別な存在だが。
オーウェン、君だって特別な存在になれない訳じゃないだろ?」
「ゼノ皇子、僕は生まれはモブで……」
ああ、そこが引っ掛かってたのか。
「そんな事言ったらさ、おれが対峙したユーゴだって、殺さなきゃいけなかったルートヴィヒ・アグノエルだって。
おれに未来を託してくれた母狼だって君の言うモブなんじゃないのか?」
ついでに言えばおれ自身リリーナ編では背景モブだし。
おれはアウィルの背を軽く撫でて速度を落として貰うと、半身を捻って振り返り……少年の心臓部にとん、と右手を軽く当てた。
小さく指先に当たるのは、硬めの感触。鼓動する心臓は、少し遠くて
「あっ……」
「胸を張れ、オーウェン。君は君の人生を生きる一人の主役だ。この世界に生きる誰だって、ちっぽけな存在だって、誰かにとっては無関係の背景なんかじゃない。
そうだろう?」
「……う、うん。そうだよね」
こくこくと、頬を微かに桃色に上気させて頷く少年。それは格好良いというよりは幼く中性的な可愛らしさを強く持っていたが……
「ありがと、皇子。ちょっと元気出た」
「ま、それにオーウェンには最強の力もあるしな。そういう点でもただのモブじゃないよ」
AGX-ANC11H2D、ALBION。話を聞く限り安全性を捨てて肉体が悲鳴をあげる前提で乗り回すっていう大ハズレ機体らしいが、その分強烈な強さを持つらしい異世界の兵器。
そもそも、それを持ってる真性異言はモブじゃないに決まってるわな!
「……使わ、ないけどね」
どこか申し訳なさげで、胸元をきゅっと直しながら告げる柔らかな黒髪の少年。その前髪に一房だけ混じった桜色が揺れる。
「良いよ。使わなくて。
それも勇気だ」
昔はオーウェンの為に言っていた言葉を、心の底から繰り返す。
それが何なのか理解すればするほど、オーウェンの勇気が良く分かる。
世界を滅茶苦茶にさせるべくゼロオメガから与えられた覇灰の力を、彼は自分の意志で墓まで持っていく覚悟を決めた。それがどれだけ凄いことなのか、力の内情を知れば知るほどに痛感する。
「うん。最強のAGX、本当は皇子達の為に使うべきなんだろうけど……
ごめん」
「謝らないでくれ。力に溺れないオーウェンの勇気を信じてるおれが馬鹿に見える」
「……端から見たら、皇子自身が回りを馬鹿に見させてる気もするけど……」
うぐ、と唸ることしか出来ない。
だが、それでもおれは……こんな、塵屑は……
「あれ、というかオーウェン、髪染めたか?」
話題を変えるべく、おれはふと見えた桜色した前髪一房について言葉を投げ掛けた。
「あ、これ……何時もは浮くから黒く染めてるんだ。落ち込んでて、色が取れちゃったのかな」




