パレード、或いは百合豚
「おぉ聖女さまー!」
と、人混みの各所でかなりの黄色い悲鳴が聞こえてくるのを聴きおれはというと、パレードなんだから皇族として金くらい使わないとなと出店の食べ物を買っていた。
「はい、アルヴィナ」
「もぐもぐ」
横の魔神娘だが、割と食べようと思えば良く食べる。何でもエネルギー貯蓄の範囲が人間とは比べ物にならないらしい。
その分沢山食べたら長時間何も食べなくても平気なんだとか。冬眠前の動物みたいな機能してるな。
「皇子、ボクお肉の方が良い」
女の子らしく可愛らしい菓子類の方が良いか、と魔蜂の蜜がけの小さな果物串とか、穀物製のぷるぷるした小さな餅を沢山入れただだ甘ジュースとかを買ってみていると、不意に横の友人は不満を溢す。
「ああ、悪い悪い」
「あと、ボク一人じゃ駄目。皇子も食べる」
……それもそうだ。
そう思って財布を開き、こうした祭に落とす個人予算から計算して……
「おお、手を繋ぎなされて……」
「はー尊い」
「汚れなきお二人……」
何だろう、聖女二人を見る民の中に変なのが居る気がする。
「アナちゃぁぁぁぁん!手ふってくれー!」
「お前は貴族区画に居ろよエッケハルト!?」
まだまだ貧民の多い元孤児院のあった区画から始まったばかりの皇族(+聖女)の新年パレードに黄色い声をあげる別の友人を見つけ、おれは呆れて肩を竦めた。
「は?尊いアナちゃんをずっと見るためにパレード追ってくのが筋だろゼノ」
さも当然と言いたげだが、それが出来るのは貴族区画等まで入れる奴だけだ。皇族なんて襲っても返り討ちだろって事でパレード本体(ネオサラブレッドが引くお立ち台みたいな巨大移動車)こそ護衛の騎士とか居ないんだが、その通り道を確保したり人々の流れを整理するために騎士団は新年だというのにちゃんと仕事してる。区画を越えるのは許可必須だ、無礼講ではない。
ってか、頼勇が折角ゲームで言えば2年ほど早く登場してるのにリリーナ嬢やアナと一緒にパレードに参加できないの、そのせいだからな。仕事が忙しいのだ。
いや、本来おれもその仕事しろよ機虹騎士団の他の面々に投げるなって話なんだが、残念ながら謹慎明けだから役目割り振られてなかった。
そんな事を思いつつ、聖女二人が乗るパレード馬車を見上げる。
手を繋いでくるっと二人で回りながら全方位に手を振るアナとリリーナ嬢、そして横で曖昧な笑みを浮かべて一方向に手を振るアイリス。いや、あのアイリス普通にゴーレムだな、本物の妹にしては表情が硬い上に変わらなさすぎる。
ドレスで着飾った三人は可愛く、人々から感心を集めるのは確かに分かるが……
「はー尊い」
「手を合わせられておられる聖女様方……推せる」
「挟まりてぇ……」
「は?貴様異端か?」
うん、民から語られるこの言葉良く分からないんだよな。ってか異端って何だ異端って。
「なぁエッケハルト」
「うっさいぞゼノ。アナちゃんを見る時間が減るだろ百合豚と戯れてろよお前は」
「尊いって何だ?」
あと百合豚という謎の豚。そんな魔物の肉料理この辺りの屋台にあったか?
「お前さぁ……ゲームやっててその言葉知らないのかよ」
呆れたような声。友人の視線はアナから離れることは無い。
「この角度上手く行けばパンツ覗けそ……」
と、焔髪の馬鹿が更に一歩よった瞬間。
「皇子、この豚肉美味しくない」
がぶりとエッケハルトの腕に噛みつきながらアルヴィナがぽつりと不満を漏らした。
「あぎゃっ!?」
「アルヴィナ、それは非売品だ食べるな食べるな。あとそれ豚じゃないぞ」
「あーにゃんはボクも護る。豚には負けない」
アルヴィナは耳をピンと立てたようで、帽子が少しだけ頭から浮く。
「おー痛った」
ぶんぶんと手を振るエッケハルト。
「ってか冗談だって、そりゃ見たいけどさ、もっと近くでないと覗けない」
「エッケハルト、やり過ぎるとアナに嫌われるぞ」
「寧ろゼノ、お前は嫌われたいなら嫌われる行動しろよ!覗いて軽蔑されてこい」
と、言いながら焔髪の友人は肩を落とした。
「って、ゼノだしって気にせず許されるんだろうなぁ……この世は理不尽だ。
アナちゃんしか尊いものがない」
「だから百合豚とか尊いって何だよ」
半眼でおれは尚もずっと着飾った少女を見上げる友人に突っ込んだ。
「ああ、百合豚ってそういう奴の事なのか」
つまり、女の子達が仲良さげにしてると性的に興奮する奴のことだとか。アルヴィナとアナが友達に戻れて抱き締めあってる時に良かったなじゃなく尊い……って変な興奮覚えるようなの、ってのが例らしい。
「エッケハルト自身みたいな?」
「は?俺は萌え豚……って違うわ!敢えて豚になるとしてもアナちゃんにブヒるアナ豚!誰でも良い萌え豚じゃないし、勿論他の女の子に百合百合しくアナちゃんを取られたくないから百合豚じゃないっての!」
「ボク、百合豚?」
心配そうにおれを見上げてくるアルヴィナだが、ソーセージを目を細めて美味しそうに噛りながらだしそんな気にしてなさそう。
「いや、アルヴィナを見て変な興奮してる夜行みたいなのが豚だと思う」
「……昔は違った」
何処か寂しげにアルヴィナは呟いた。が、やっぱりソーセージ一口で機嫌が直る。
「そんなに好きかそれ?」
ちょっぴり無表情だが狼耳が揺れる友人に、おれはパレードにも目を向けながら問いかけた。
「ボクが落ち込んでた時、皇子があーにゃんと食べて元気だそうと買ってくれた奴」
ああ、あの時の茸入りソーセージか。
その辺り覚えててくれるの、結構嬉しいものだが……何だか反応に困るな、うん。
「ってか、アナちゃん自体百合豚が湧きにくい筈なんだが……」
遠い目のエッケハルト。
いや、何故だ?ゲームでも主人公だけあって絆支援相手は多い。男ばかりじゃなく結構女の子との支援も……ってそうか。
「ああ、小説版でしっかり描かれたからか」
確かラインハルトルートだっけか。読んでないからエッケハルトとリリーナ嬢からの又聞きだけど。
「だから、アナと言えばラインハルトだろって認識が結構強い?」
「あ、え?」
何かエッケハルトの奴が面食らってる。何故だ。
「う、あ、そ、そうそう。俺自身アナちゃんが好きで読んでたから少し違和感あったけど一般的にはそんな感じ。
アナちゃんについて語る時、最大派閥はやっぱり小説版派でさ。女の子同士の百合とか少なかったの」
ちょっぴり汗をかき、歯切れ悪くぶんぶんと首を縦に振るエッケハルト。何というか、鹿威し?な大振り感。
そしてそれを、うわぁ……って何とも言えない呆れ顔で見つめる少年。
「ん、オーウェン?」
「あ、ゼノ皇子」
おれから声をかけられるや、人気の少ない離れた場所からパレードを遠巻きに眺めていた少年は横の女性の手を引いて近付いてきて、ぺこりと頭を下げる。
少年につられ、40過ぎだろう見覚えのある眼鏡の女性もおれに小さく会釈した。
ああ、母親とパレードを見に来て、はぐれないようにメインストリートから離れてたんだな。で、エッケハルトの声に気がついて来たと。
何時もの事ながら親孝行してるなオーウェン。おれは嬉しいぞ。
「そっか」
ほい、とアルヴィナと貢献でもするかと、とりあえず買い込んだものから幾つか見繕って少年に手渡す。
飲みやすいジュースとか片手で食べられるものの方が良いだろうな。そうすれば眼が悪い母親の手を離さなくて良いのだから。
「え、」
「いや、このパレードって皇族が民に祭を楽しんで貰うためのもので、ついでに恣意行為。
なんで、おれも皇族として民がパレードをより楽しめるように貢献しようかと。
要らないか?」
「この眼鏡も、何もかもごめんなさいねぇ、火傷の皇子様」
少し躊躇いがちに、まずは少年の母がおれの差し出した揚げた骨付き肉を受け取った。
「いえ、総ては民の為に、それがおぞましい呪い子なおれの、皇族としての……せめてもの在り様ですから」
「出来たら皇子さまと参加したかったですけど、これはこれで良いですよねリリーナちゃん」
「頼勇様やゼノ君とじゃなくて女の子とかー、何だかなぁ」
「なんで、お兄ちゃん、以外と……参加……させられるの?」
なお、パレードで手を振ってる上三人は割と不満げの模様。周囲の民は忌み子が挟まるのを良しとしませんが、当人達は挟みたいのです。




