ゼロオメガ、或いは龍への誓い
「ゼロオメガ……」
いや、名前を聞くだけで何となくヤバイとは思う。思うんだが……
「なぁティア?それおれに何か出来るのか?」
「出来ませんよ兄さん。人間が挑むものではありません。覇灰皇はまだ心ある命を愛するが故に慈悲として滅びをもたらすから対抗できたんです。ゼロオメガなんて呼称されている馬鹿は、あの円卓の親玉ですよ?
その世界に生きる者を省みず好き勝手やる神なんて、兄さん達人間が戦う相手ではありません」
さくっと言われて落ち込むが、いや言われてみればそうだよな?
おれ自身、七大天と戦えと言われても困るし、それ以上の神相手に何が出来るわけでもない。
だが、それでもだ。
「何かおれに出来ることはないか、ティア。いや、龍姫様」
アルヴィナが居るから始水とは呼ばない。だが実際、ずっと世界のために頑張っているのはおれより始水だ。何かほんの少しでも出来ることがあるならば。
「……兄さん。やっぱり兄さんは馬鹿です」
暫くの沈黙の後、返ってきたのはそんな罵倒だった。が、そんな言葉を告げつつも、微動だにしないアナの体でこの世界の神たる龍姫はどこまでも優しい幼馴染の声音を響かせる。
「皇子、ボク達のやることは変わらない」
「ええ、魔神娘の言う通りですよ兄さん。兄さんのやるべき事は変わりません。
私達ですら干渉出来る範囲を絞ることで他の神にも殆ど手出しをさせないのがこの枝です。相手がユートピアの同類だったとしても、ゼロオメガでも……送り込んだ尖兵を打ち払い、世界を護ってください兄さん。
それが相手の野望を砕く事に繋がりますから」
その言葉は静かかつ厳か。他の人が聞けば神らしい威厳に溢れたように思うだろう。けれどもおれには、珍しく始水が弱音を吐いたように聞こえた。
だから無理矢理に体を起こそうとする。
痛みが走るが、アルヴィナの小さな掌に背を支えて貰って何とか上半身を起こす。そして眼を閉じ祈り続ける今の幼馴染の背後に居るだろう前世からの幼馴染と目線を合わせ……
ることが姿は見えないがきっと出来たと思い、小さく頷く。
「心配するな、始水。
分かってるさ。おれは護れる限り総てを護る。おれの為に戦ってくれた天狼にも、アルヴィナの未来を託したアドラーにも、始水自身にも誓ったんだから」
そうしておれは、自分の下に敷かれた翼を右手で撫でる。
「いや、それだけじゃない」
「お祖父様は、勝手に眠りを荒らされた」
「セレナーデだって、無理に呼び起こされて戦わされていた」
だからだろう。冷たく覇灰の力を宿す筈のそれは、おれの心を凍てつかせる事もない。手は悴むのに、心臓は痛い程に熱く跳ねる。
これはきっと、アドラーの片翼のように、セレナーデという天使がおれ達に託した希望。
「戦い抜くさ、始水。総てを背負って」
一息ついて、更に続ける。
「AGX、裁きの天使、そしておれが知らない他の何か。勝手に振るわれる覇灰の力。
そんなもので好き勝手する者達から、頑張って生きている彼等の未来を護る。託された想いと共に」
「……死んだら怒りますよ、兄さん?」
「その時は、ボクの屍天皇として、まだ共に。出来れば普通に生きていて欲しいけど」
「いやそれは許しません。まずその想定の状況にさせません」
むっとしたように、調子を取り戻しつつ始水は言葉を紡ぐ。
「ええ、でも少しだけ安心しました。分かってくれれば覇灰の力について話した甲斐があります。
兄さん。相手は他にも同じ力を持つ者を送っている可能性があります。警戒を怠らないで、心に未来を切り開く蒼焔を灯して」
「勇気を信じて」
「皇子を信じて」
と、横で何かアルヴィナが変なことを言っているが気にしない。気にしたら色々とヤバイ気がする。
「……龍姫。あのお兄ちゃんの体に居る奴は、王権?っていう剣翼を持っていた」
不意にアルヴィナが始水の方に問いかけた。
「あれも、覇灰?虹界の力とボクは聞いたけど」
「貴方の兄が持つ王剣ファムファタールの方はそうです。と言いたいのですが少し違いますね」
「そうなの?」
アルヴィナの瞳と髪が不安げに揺れる。
「ええ。あれは虹界の力ではなく覇灰の力です。本来は……枝葉が腐った時にそれを切除するための世界を終わらせる覇灰の剣、それがファムファタール」
「初耳」
「私達に必要ないと封印していたら虹界に呑まれその力を宿したのが、貴方の兄の王剣です。本来の王剣は覇灰に属するもの、流石に別世界の王剣がコピーされ使われているのは別の王剣を既に持っているが故の例外と思いたいですが……」
「つまり、あの亜似は危険?」
「はい。残念ながら兄さんとセレナーデの戦いは歌のせいでそこまで観察出来ていませんが、少なくともセレナーデより上の覇灰者として扱って構わないでしょう」
あっさりと告げられるが、正直少し辟易する。
いや、弱くあってくれと思ってしまうのは仕方ないだろう。覚悟決めても辛いものは辛い。
「……面倒臭い」
「ですから、間違っても無策で正面から挑まないように、良いですね兄さん?」
「ああ、分かってるよ」
小さく頷きを返して、更にと思った瞬間。
「あれ?アルヴィナちゃん?」
不意に氷の翼が砕け、銀の聖女が眼を開く。同時に少女の纏う不可思議かつ清浄な気配が薄れ、腕輪の中に消えた。
『タイムオーバーですね、でもまあ、最低限の話は出来たので良しとしましょう』




