覇灰の力、或いは神話を超えし者
「ぐっ、が」
口の中に溢れる苦味を吐き出して咳き込む。
「皇子、起きた」
「ああ、アルヴィナか……」
身を起こそうとしても重い。仕方ないのでおれの頭を膝上に載せている魔神少女から目線だけ逸らして周囲を探る。
「城の地下牢か、此処」
「驚かない?」
少し意外そうなアルヴィナに、おれはそりゃなと少しだけ眼を細めて返す。
「そもそも、帰ったらそうなるなって思っていたから。一応おれ、内通していたし魔神連れ帰ってるんだぞ?無罪放免は無理だ」
ってか、周囲にバレたらこれが原因で追放イベント起きても納得するしかないレベル。おれはアルヴィナを信じたことに後悔はないが、周囲は違うだろうしな。
「……またこの包帯か。ノア姫達がやってくれたんだな」
一応エルフ秘伝。腕すら治るかもしれないな。時間はかかるが。
そう思いながら感触を確かめていると……何もないに等しい牢なのに案外柔らかな何かが敷かれている事に気が付く。
白い翼だ。
「アルヴィナ、これって」
「これだけ残った、セレナーデの欠片」
「そうか、セレナーデの……」
力を感じる。冷たく冷え込む、恐ろしいもの。ジェネシック・ティアラーに喰われた時にふと感じたもの、そして……アガートラームにも共通する冷気。
「覇灰の力……」
こくりと頷くアルヴィナ。
「アルヴィナ、その名前は知っているのか?」
「知ってる」
……いや初耳だが。
「……ええ、その名前ならば」
と、鈴の鳴るような声に頭だけちょっと倒せば、見えるのは祈るように両手を組んだアナの姿。
だが、どこか何時もと雰囲気が……
「ティア。いや、龍姫様」
というか、懐かしい気配じゃないかと気が付いておれはその名を呼んだ。
「おや、見た瞬間に分かってくれないとは、私は悲しいですよ?」
全然悲しくなさげに、氷の翼を生やして告げるアナ……ではなく始水。
「何者?アーニャの体で」
「分かりませんか、屍の皇女。私はこの子の体を神託の為と少し借りている者」
「七大天」
睨み付けるように、アルヴィナは吐き捨てた。
「ええ、滝流せる龍姫と呼ばれています。
が、まあ良いでしょう?アレを相手にする限り、貴方は私達と敵ではない訳ですから」
「皇子は渡さない」
「渡す?元々私のものですが?今世でくらい良いですけれどもね」
……あの、始水?何かおれの扱い酷くないか?
「兄さん。今は脳内通信ではなく直接言葉にしてください。此方に声だけ出しているのと同時に反応はできないので」
いや、そうだったのかすまない。
「神の割に使えない」
「ええ、神託状態ですからね。この子の体を動かすことすら出来ませんよ」
と、神の証明のような翼だけ動かして龍姫は答えた。
「私がわざわざ出てきたのは他でもありません。兄さん……貴方の言う皇子の為に、情報を擦り合わせに来たんです。
あまり私を敵視して為すべき事を忘れると嫌われますよ?」
「仕方ない」
ぶすっとしながら合わせるアルヴィナ。
「さて、覇灰の力、ですか」
「覇灰皇」
ぽつりと呟くアルヴィナ。
「それが、敵?お兄ちゃんを殺し、夜行を狂わせて、皇子を狙う……」
「いえ有り得ません」
バッサリ過ぎるんだが?
「……そう、なの?」
「そうなのかティア?」
二人して始水のあっけらかんとした発言に眼を見開く。
「ええ、兄さんは分からなくて当然ですが、敵はその覇灰皇ではありませんよ。というか、私自身彼の事くらい知っていますし」
眼をぱちくりさせるアルヴィナ。いや、おれも初耳なんだがそれ。
「どういう、こと?」
「屍の皇女。貴方はどれくらい覇灰の力について知っていますか?ああ、兄さんは何も知らなくて当然なので答えずとも良いです」
「恐ろしい力、人類史を否定する滅びのテーゼ。虹界すら恐れる終焉」
「はい、そうです」
「っていうかティア?その辺り知ってるならおれに教えてくれなかったのか?」
思わず愚痴る。
それに対して、表情ひとつ変えられないアナに憑依?した始水は、それでも何となく申し訳なさげな声音で返してくれた。
「いえ、そもそもお手柄ですよ兄さん。私自身、相手が送り込んできたのがこの世界と縁あるAGXのみだと思っていましたから。上手く思考を繋げられなかったんですよ。
兄さんが、夜行の力を暴いてくれたから、敵が何者か何となく辿り着けた。AGXのみではなく覇灰の力に関係する他のものも与えてくると漸く分かった。決して黙っていたかった訳じゃありません」
「使えない」
「ええ、万能ではあっても、私達は全能ではありませんから。無理なものは無理です」
くすりと微笑んで誤魔化しつつ、始水は続ける。
「当初私は、敵は精霊真王ユートピアに関連する何かだと思っていました。当人は違えどそれと縁深い存在だと」
と、告げたところで不満げにアルヴィナがおれの髪を弄った。
「そもそも、覇灰皇は違うのは何で?」
「おっと、話が逸れていましたね。
覇灰皇、正式には覇灰皇【窮聖朱】のミトラ。彼はそもそも、私の上に居るような神です」
静かに重々しく告げられる言葉。
「初耳」
「ええ。兄さんに語ったように世界は一つの葉、そんな葉々が並行世界として繁る枝が世界枝と呼ばれます。私達七大天はこのマギ・ティリスを虹界から切り開いた世界枝の神です。
が、それが枝なら幹、そして樹があります。それが世界樹と呼ばれるもので、覇灰皇ミトラはその樹を護る神……だったんですよ」
「アレが?」
思わず信じられないと突っ込む。人類史を滅ぼす力が、世界を護る神の力って矛盾してるだろうに。
「ええ、ですが兄さん。生きることが苦しい人々をどう救うか、神って良く悩むものなんですよ?」
神様が言うと納得するしかない。
「そして、彼は一つの結論に達した。自分が世界樹を守護するにあたって一つ法を敷く時に……生が苦しみであるならば、生というものを終わらせて総てを救おうとした」
「救済の為の、滅び。産まれてくるという苦しみを味わわせないよう、人類史を否定する?」
「ええ、それが覇灰皇。そして其を為す覇灰の眷属の起こりです」
一息入れて、始水の口調が和らぐ。
「ですが、彼は既に居ません。まあ、兄さんも分かるでしょう?
そうして滅ぼそうとしても、立ち向かう者は居ます。勇者の神話を紡ぐ時を護る者、宇宙生命や一体の覇灰の眷属すらも味方に付けて抗った人間が居ました」
その言葉に何となく納得する。おれだって、頼勇だってきっとそうするから。
「だから、覇灰皇の見た光とセレナーデは呼んだ」
「ええ、兄さんやあの機体の中に、覇灰皇に抗った彼等の意志に連なるものを感じたんでしょうね。
そして、覇灰皇は……一瞬で消える光だとしても確かに自分すら貫く未来への想い、それを信じて彼と共に眠りに就いた。輝かしいそれがあるならば、絶望する事は無い、覇灰は必要ないと信じて。己の法を封印し、その光を見た自分がそれを否定しないように」
静かに聞いていたアルヴィナの耳が跳ねる。
「……なら、別人」
「ええ、覇灰を捨てた覇灰皇がですよ?そもそも割と人々が絶望してなかったから当時すら覇灰眷属が近寄ってこなかったこの世界にわざわざあんなもの送ってくる筈がありません」
「なら、誰?」
「……ですが、彼が封じた法を、覇灰の力を欲する者は居るんです。それこそが、転生者を送り込んで私の世界を滅茶苦茶にしようとする者の正体。私達の中で、もしかしたら居るかもしれないと名付けた封印された覇灰の力に手を伸ばすその者の名は……
【Oath Over Myth Geyser】」
「おうす、おーばー、まいす、がいざー」
「はい。神話より噴き出すもの、覇灰皇を止めた者を超え、己の欲のために覇灰をもたらすという誓い。意訳すれば、神話超越の誓約。
私達は、頭文字から【OOMG】と呼んでいます」
ちなみに、頭文字そのものは0(ゼロ)ではなくOですが、オーオメガでなくゼロオメガの方がそれっぽいからと始水はそう呼んでいます。




