黄金、或いは終結
「げほっ、ほっ」
気道を塞がれていたこともあり、咳き込みながら立ち上がる。
最後の最後に千切れてしまった腸のような紐を首から外しながら、ふらつきつつも周囲を見渡す。
「っ、ごほっ!」
アルヴィナは首を絞めたのではない。単におれに上空へ打ち上げられ逃がされた瞬間におれまでも救おうとして、必死に引っ掛けたのがたまたま首だっただけだろう。
が、酸欠でちょっと苦しい。
「あ、皇子さま!」
駆け寄ってくる銀髪の少女。
「来るな、シエル様」
「でもっ!」
「これはおれとアルヴィナが、竪神を……!」
「……彼の故郷を滅ぼした禊」
ぶるりと瓦礫を払いながら、小さな狼が立ち上がった。もうほぼ纏った屍は無く素の小柄さが露になっている。
「みそ、ぎ?貴女……」
「ボクはもう、最期まで皇子を信じると決めた。友達って、見てきたボクを信じるって……命を、母の遺品を、全てを懸けてくれた彼を。
でも、それはそれ」
狼になっても変わらない満月の瞳が、静かに此方を狙って巨剣……はおれが氷炎の剣にして壊してしまったので槍を構えて睨み付ける緑に輝く精悍な顔の機械巨人を見上げた。
「ボクはお兄ちゃんや……兄様の為に、この世界に興味を持ちつつも混沌に還そうとしていた」
「そうか、やはり」
降り注ぐ冷たい声。
「タテガミの言う通り。あの日、故郷に助けを求め、ナラシンハを喚んだ変な亜人はボク。正確にはまだまだ上手く調整できなくて顔も体も崩れ気味なボクの影を、ニーラが肩車してフードで誤魔化してた」
「それって」
とても悲痛な顔でアナは目線を下に下げる。
「許せないです」
こくりと、目を閉じて苦しげにアルヴィナは首肯した。
「……当人は絶対に許さないと思う」
でも、と少女狼は顔を上げておれの右手を舐める。
「でも、ボクは死ねない。皇子の横に立って、ボクを信じてくれた想いに応えると決めたから」
だから、と屍の皇女は吠える。
「……あの日も、そうして憐れを誘ったな。その時、最初に助けてあげようと言い出したのは、幼き日の私」
「信じてくれなんて、ボクには言えない」
「だから信じるものか。今の話すらも、同情を誘い私達を殺す罠でないとは、とても思えない」
四天王に、アルヴィナに……故郷を襲われた者だからこそ、その確執は強く深い。おれにだって、何とも出来ない。
頼勇の言葉は一般的に正しいし、寧ろ疑って当然だ。
「だからおれはこうして立っている、竪神。
言葉で分かり合える点はない。在るわけがない」
「そうだ、理解は出来ても納得がいかない」
「そんなこと知ってるさ、竪神。魔神にもう同じ目に遇う人が居ないように戦い続けたおれの親友」
「譲らないと解っているさ、ゼノ皇子。誰よりも自分の想いを、それだけを信じて誰かの為にたった一人どんなものにも立ち向かう、私が共に歩みたい英雄」
過大評価にむず痒くなるが、止まれない。赤金の轟剣を構え、アルヴィナを真横に控えさせておれを含めた多数の祈りを束ねた機械の百獣王を炎の燃える瞳で見据える。
「だから、離れてくれ、シエル様」
「魔神は危険だ、聖女様」
「そうだぜアナちゃん!」
三者三様の声を受け、それでも何故かアナは一度アルヴィナの方を見た。
「解ってます。でも、何だか……」
「アナ!」
「っ!はい!ごめんなさい皇子さま……
魔神さんは許せませんし、応援できませんけど……ご無事でいてくださいね?」
その言葉には何も返せないので聞き流し、黄金の炎を燃やす。
「……言葉はもう無意味」
「元から無意味。決着を付けよう、皇子」
「それだけが言葉になる!行くぞ竪神!」
おれの言葉に合わせ、エネルギーウィングを遥かに巨大化させて鋼の巨神は構えを取った。
「皇子」
おれの周囲を取り囲む青い人魂。だがそれはおれを護り導くための力。
「ああ、おれだけじゃ駄目だ、手を貸してくれアルヴィナ」
『お兄ちゃんを助ける!』
「そうだな、アイリス殿下。間違いならば、友として正さねばならない!」
そうして、ほんの一瞬の間を置いて……
「絶星灰!」
「『絶星灰!』」
……!?
思わぬ叫びに驚愕の息が漏れる。《絶星灰刃・激龍衝》を初めとした金焔の一撃を放つ奥義は轟火の剣の固有技の筈!
「龍!」
「『封』!」
が、止まれない。カラドリウスにも向けた、黄金の焔を爆発させて自身を吹き飛ばし、焔を纏う愛刀を直接振るう合体奥義……そこに更に轟剣を呼び戻しての最大火力を、放つのみ!
「霹靂紅!双牙!」
が、それに合わせ……機械神も同じく黄金に近いオーラを纏い、一条の光嵐の槍となり突貫する!
「『応雷封想』!」
最強の神器の黄金の焔と蒼き刃の紅雷、雷の名を関する蒼き咆哮と其の纏う黄金の嵐が激突し……
「皇子、ボクは……」
おれを包んで保護する屍が消し飛び、フォローしようとする骨槍等も届かずに塵と化し!それでもおれは圧倒的な力とかち合う。
同じ冠を抱く奥義とかワケ分からないが!それでも!負けるわけには!
『……と、悪いですが兄さん、タイムアウトです』
『無理する場面ではない、後は今を生きる者に任せても問題なかろう!』
……っ!遅すぎたか!
消える金焔、流石に鞘走らせる事も無く無理に振るった逆袈裟斬りを放つ愛刀だけで黄金を纏う機神に勝てる筈もない。
「貫けぇっ!」
手段は!
と思ったその瞬間、不意におれの体は後ろに飛ぶ。
最後まで残っていたおれを護るように展開された人魂から生えた腕が、おれの足首を掴んで投げたのだ。
代わり、おれの盾となるように黄金嵐の前に立ったのは、一人の少女。
「アルヴィナ!」
「……どうしようもないなら、ボクは……
皇子。大事なものを護るために死ぬ方が、護られて生き残ったり……結局殺されるより良い」
右手は愛刀ごと巨大な槍とかち合った衝撃で痺れて動かない。左腕は轟剣が消えたときに耐えきれずに砕け散った。
伸ばせる手すらなく、おれは……
「っ!リリーナちゃん!?」
「アルヴィナぁぁぁっ!」
「……オーバーアウト」
そうして、嵐は少女に触れ、そこで止まった。
蒼き機神の姿がパーツとなって崩れ、LI-OH本体のみを残して直ぐに消える。
「……死ぬと分かっていても、命を張って最後まで護るか。それは、私が最後に見た生前の父の姿」
『exactly!』
「それを討つは、父の想いを否定するにも等しい」
LI-OHが緑の光に包まれ、消えていく。
「魔神を信じる気はない。ただ、屍の皇女……いや、私の知らないただの少女アルヴィナ」
そうして青髪の青年は、静かに掠めただけの黄金嵐の衝撃で眼前で地面に倒れ伏しながら、上目になって自身を見上げる黒髪の幼い魔神に向けて左手を差し出した。
「父と被る君のその想いだけは、良く分かった。
その想いが有る限り、君はただの私の友の友であるアルヴィナだ。私の故郷の、父の、皆の仇である屍の皇女ではない。誰かを大事に想い護ろうとする……私が喪った、そして護りたかったヒトの一部だと信じよう」




