焔誕、Genesis-Jurassic TEARER 後編
「ジェネシック・ティアラー……」
いや、でも何でだ!?思わず痛みが走ると知りながらも叫ぶおれ。
が、十字架は壊れたかのように、魔力を流して痛め付けてくることをしてこなかった。
「姫様?」
「情報、持ってるなら吐かせる」
あ、大義名分出来たから解除してくれたのか。少し余裕が出来たが……
それでも、色々と解らない。エッケハルトが突然あんな姿に……オーウェンから託された設計図にあった機械装甲恐竜に変貌した理由も、何もかも。
そんなおれを、狼姿に戻ったアルヴィナが十字架ごと背負う。纏う姿には十字架を戻さず、割と小さな狼には重そうだが……
「姫様?」
「大丈夫。本人の刀で痺れてる。抵抗はほぼされない」
「しかし」
抗議せんとした魔神が、振り回されるティラノサウルスの巨大な尻尾に弾き飛ばされた少女天使に激突されて押し黙った。
『グゴガァァァッ!!』
そのまま、エッケハルトだろう恐竜は雄叫びを挙げ……構わず口の両端から冷気と焔を噴き、その両の脚で大地を踏み締めて尾を振り回す。
既にセレナーデは近くに居ないというのに
「きゃっ!?」
フルスイングされた尾の一撃が近くの家の屋根をバラバラに砕きながら吹き飛ばす。その破片を浴びそうになって、アナが縮こまる。
「何やってるエッケハルト!?」
あれはエッケハルト、その筈だ。だのに……
『ゴァァァァァッ!』
頼勇の左手の白石が貼ったバリアによって護られたアナを見据え、赤き瞳が吠え猛る。猛然と地を蹴って数百m跳躍し、車輪のように回転しながら周囲の大地に向けて尻尾を叩き付ける!
明らかに可笑しい!幾らなんでも、アナを巻き込むような攻撃など、普通エッケハルトがやる筈がない!
ドゴン!という轟音と共に地が揺れ、おれを背負うアルヴィナが踏ん張るのが解る。
おれが十字架に吊るされていた辺りが尻尾によってクレーターと化していた。アルヴィナに連れ出されなければ、ぺしゃんこだったろう。
全ての攻撃を障壁で受け止めながら、機械恐竜は目につくもの全てを適当に粉砕してゆく。まるで溢れ出す力を抑えきれないようにがむしゃらに機械の体を振り回し、セレナーデと呼ばれた少女天使の一撃すらそこまで意に介さずに街を、全てを破壊する。
最早、誰が敵なのか解らなくなってきた。最強の破壊者が、護ろうとした街を焼き払い、打ち砕く中、おれは……
「……殿下、迷惑かけてすまない!」
そんな中、たった一人何か決意を固めた頼勇は瓦礫を浴びて煤けた顔で、今一度左腕を翳す。
「竪神、さん?」
「来い!LI-OH!」
その言葉と共に再度転送されてくるのは青き鬣の巨人。溶けた胸装甲は、アイリスが必死に何とかしたのかそれっぽい装甲が被せられて応急処置されている。が、明らかに安っぽいし獅子の頭の飾りもない。そう強度はないだろう。
「おうおう、随分と派手だが、勝機はあるのかい狼一号!」
「ある!」
鬣の機神は、静かに荒れ狂う未知の脅威を見詰めていた。
「何だと!?」
「ジェネシック・ティアラー。確かに恐ろしい力だが……あれはLI-OHとの合体を前提として創られた存在の筈だ。ならば……」
『ギャティィィラァァァッ!』
牙を剥いた巨大なティラノサウルスが、少女天使の羽根を巨脚で踏みつけて地面に縫い付け、迸る冷気で固めたかと思うと焔を纏う牙で噛み砕く。
「X!」
『ギャォォォッ!』
夜行とて既に余裕はない。セレナーデと呼ばれた天使でも、あの暴君を止められないと見せ付けられたのだから槌を振るうが、荒れ狂う力は当然のように召喚されたXの纏う障壁を打ち砕き、牙と脚の爪、そして尻尾や……噴き上がる冷気と焔が滅茶苦茶にその存在を引き裂き消し去ってゆく。
そんな圧倒する力を相手に、それでも青年はしっかりとした声で希望を語った。
「出来るさ!合体だ!」
いや、確かにあの設計図、LI-OHとジェネシック・ティアラーの合体図とかあったぞ?でもその通りの存在なのか分からないし、暴走してる今それが出来るという保証もない。
何より……
「お前まで暴走するかもしれないだろ、竪神」
「そうかもしれないな。それでも、一か八か最後の手段を試す時だ!皇子がさっきそうしたように!」
その言葉に申し訳なくなり、アルヴィナに背負われたまま縮こまる。
おれはアルヴィナが味方と知っていたからあんな賭けが出来ただけだ。頼勇のように本当に勝算あるかも分からない賭けでは無かったのに……
「エッケハルト、父さん……行くぞ!
ジェネシック・フュージョン!」
『ジェネシック・フュージョン!』
竪神貞蔵……レリックハートの声が共鳴して響き渡る。
LI-OHの目が緑に光ったかと思うと、それに呼応するかのように片翼を引き裂かれ喪った少女天使を牙の間に咥えて振り回し、近くの家に叩き付けていた巨龍の目も緑に輝く。
咆哮と共に引かれる緑光の導線。導かれるままに背後から駆け寄った巨龍が、その普通のティラノサウルスからすればアンバランス気味な大きめの顎を大きく開き……腕を畳んで背後気味に格納したLI-OHの細身の上半身をその牙で食らった。
「竪神!」
頭を突き抜け、背の辺りからLI-OHの頭が飛び出す。食われてぎょっとしたが成程、そういえば上半身の獅子頭を覆うように巨大なティラノ顔がある合体方式だった。
そのまま前半身……前肢辺りのパーツが一部細身のLI-OHの腰上の装甲となり、後ろ半身が尻尾含めてぱかりと左右に分割。大地を荒らした後ろ足が胴の横に来て、前後反転し膝が前に曲がるようになった元後ろ足が胸前で打ち合わされる脚の爪の下から巨大な拳が出現し、尻尾が棚引く飾りと変わって肩を形成。後ろ脚が変化したが故に爪先が地面を擦る程に長く強靭な腕を持つ、上半身のパワーが過剰気味に強化された合体巨神の頭と胸の四瞳が緑に輝き、巨腕を突き上げ咆哮する!
「『大地!生命!魂!……創征!
焔誕、GJT-L!E!X!』」
此処に、最強の破壊者LI-OH……いや、宣言によればGJT-LEXが降臨した。
が、
ガゴン、と上げられかけた右腕が震えて停止する。二つの右目が赤く輝き、左腕が周囲を凪払うように構えられて、焔と共に地に降りる。
「竪神!」
やはりだ。抑えきれていない。暴走しきってはいないが、周囲に向けて冷気を放つその姿はとても、制御できているようには見えない。
「……隙だ」
そんなGJT-LEXへ向けて走る閃光。魔神夜行が、更なるXを召喚し、波状攻撃を行わせたのだ。
幾ら腕が巨大すぎるとはいえ、一応は人型。その上セレナーデというらしいあの天使が敵として扱う力を持つ有人機となれば、文化を狙うXは召喚されるや勝手にGJT-LEXを狙う。
その全てを冷気と共に生み出す障壁が受け止め、無力化する。焔があまり噴き出さなくなり、周囲が徐々に凍ってゆく。
アルヴィナが、ぶるりと背を震わせた。
「寒いのか?」
背負う狼の耳元で小さく問い掛ける。
「背中が暖かいから平気」
「……そうか」
おれが暖かいと言われてる訳で、何と返して良いか解らない。
「底冷えのする冷気だ」
……何となく、おれはそれを今までにも浴びた事がある気がした。そう、それは確か……
「だから、神鳴」
不意にアルヴィナが呟く言葉を、最初おれは理解できなかった。
だが、直ぐに何となく思い出す。そう、この冷気は、底冷えのする絶望感は、かの七大天焔舐める道化とおれが最初に出会ったあの時感じた感覚だ。
死、無、絶望。命の終わり、自身の時間が静止する凍結の時。だから、こんなにも冷たく不安になる。
「生命の、絶望……?」
だが、それが解ったとして……
「無の欲望。それが分かるなら、皇子なら出来る」
不意に揺れる体。アルヴィナが狼の姿のまま、地を蹴って荒れ狂おうとする機体を押し留めてただ聳え立つGJT-LEXへと駆け出す。
「アルヴィナ?」
「ボクじゃ駄目。この世界で生きてる皇子じゃないと、きっと届かない」
『ギャティィィラァァァッ!』
迫る魔神を睨み付け、胸の機械恐竜の頭が咆哮する。牙を剥いたそこに対して……アルヴィナは空中でくるっと回って背を向けると、背負ったおれの体をほんの少し纏った屍の腕で押し出した。
『グォォォッ!ガギ!バギ!』
そして、投げ出されたおれに食らい付く恐竜頭。
「お、皇子さま!?」
驚愕するアナの声と、静かに見守るロダ兄。シロノワールはおれの方を見すらしないでアナを護るために周囲の瓦礫やXを見ている辺り、アルヴィナへの信頼が篤い。
「や、止めてください、それは皇子さまで……」
『ゴックン!』
牙が閉ざされる。
「あがっ!?」
口内で粉々に噛み砕かれる……まではいかなかったが、左腕の半ばからと脇腹は牙に引き裂かれた。ころんと冷えきった口内に腹から抜けた愛刀が転がる。
何をしろというんだ、アルヴィナ!?
だが、その瞬間おれの目に止まったのは、今も雷撃を迸らせる青き刃だった。
オーウェンから、始水から、何となく聞いてきた話を思い出す。そして、あの日のアルヴィナの嘆きも。
そう、ブリューナクと呼ばれる雷槍機構。ATLUSが使ってきたそれも、同じような底冷えのする絶望感を確か纏い、死霊を取り込んできていた。
だが、それなのに彼の機体が放ってきていたのは雷。そう、確か……
怒りの焔?と言っていたろうか。絶望を、それでも未来を切り開く焔と変える熱。負の熱たる絶望の冷気を焔と変えるナニカ。それがプラズマとなり、生命の雷槍となる。
「どんなものも未来に繋がる縁!死んだお前達の嘆きもまた縁の一つ!さぁさぁさぁ、聞き届けたからには動くも縁、護れなかったものを護ってやろうじゃあないか!」
響き渡るのは、煩い声。一体のアバターをロダ兄が放り込んできたのだ。
「ああ!」
「信じてますから、皇子さま、竪神さん」
遠くから聞こえる、少女の声。
何かを訴えるように光る、おれに未来を託してくれた天狼の遺品たる雲角。
「終わりに絶望し、時が凍てつき、全てを壊していく……」
それは止められない事。太古から続く、どうしようもない力。
それでも!
「破壊を創造に。絶望を怒りに、君達が、皆が、見たかった未来を紡ぐ力に!」
「そうだ、皇子!ほんの一欠片の光で良い!」
聞こえる、諦めない彼の声が!
「竪神!行くぞ!」
その叫びと共に、おれは、口内のスペースでもがき、愛刀を右手で掴むと、喉奥……エンジンがあるだろう方向へと突き刺した。
障壁は無く、鋼の喉を貫通した刃傷から少しの空気がおれに届く。
途中のすかっとした感触を考えるに、恐らく切っ先はコクピットまで届いているが……眼前に刃先を突きつけられたろう頼勇は何も言わない。
「君達の絶望を!」
「悲しみが産み出した破壊者を!」
「「守護者に変えろ!GJT-LEX!」」
考えることは同じ。おれの独り言を聞いていたのか、それとも同じ答えに辿り着いたのか、二つの声が重なりあう!
そして……
「そっちに見えるかは分からないが、リミットカウント、350!
制御が利くのは、その時間だけだ」
頼勇の声と共に、暴れまわろうと唸りを上げていたはずの巨神がぴたりと静止する。
つまり、350秒……というところだろうか。約6分、戦闘時間としては短いとも、光の国の戦士の倍近い十分すぎる時間とも言える!
「十分!だろう、竪神!」
「ああ、無駄にはしない、彼等の絶望も、私達に流れ込む何もかも!」
決意を受けてか、鬣の恐竜神がその青い瞳を光らせ応えた。




