焔誕、Genesis-Jurassic TEARER 前編(side:竪神 頼勇)
「アルトマン辺境伯!」
エクスカリバーなる剣を支えに何とか倒れそうな体を支え、私は叫ぶ。
最優先で護らなければならないのは、この世界の未来を担う予言の聖女。その判断は決して間違ってはいないだろう。個人的にはアイリス殿下の為にもゼノ皇子も同程度の保護対象にしたいが、それは彼の性格的にも、聖女という存在の重要性的にも無理がある。
彼女等を喪えば、眼前の仇敵である屍の皇女といった魔神の脅威を打ち払う術は無くなる。理屈は解らないが、聖女の力無くしては勝利はないという事は理解できる。
しかし、だからといって彼のような聖女ではない人間ならば喪って良いかといえば、勿論のことそうではない。
どうすれば良い。神頼みでも何でも良い、闇を打ち払い、夜行なる魔神とあの屍の皇女の脅威を退ける術があれば!
「……あ、」
私が駆け付けた時には既に意識がなかった青年の体から、力が抜ける。軽く握られていた手がだらんと垂れ下がる。
その死に行く体の頭を掻き抱いて必死に魔法を紡ぐ銀髪聖女だが、魔法は弾かれていく。生きているものを治す水魔法は、死体には既に……
「や、嫌です!
……腕輪の聖女さまって、なのに!何で……必要なときに、何にも……」
響く涙声。関係性は解らずとも、悲鳴は伝わる。私の近くで少しだけ所在無さげに、白桃の髪の青年が唸った。
だが、それは私も同じだ。命を賭けて投降し、自分が殺されても仕方ない覚悟で皇子が動いた。そうして、今散々に屍の皇女に弄ばれている。
プライドも何もかも捨てて……というのは元々プライドの無い彼に言うには可笑しいが、そうやって紡ぐ小さな糸を、どう繋ぐ?
その瞬間、私は光のない闇の中に居た。
心境がそうさせたのかと思ったが、そうではない。物理的な暗闇だろう。自分の体すらも見えない。
そんな中にぼうっと立つのは、今正に死んだはずの男、アルトマン辺境伯。魂だとでもいうのだろうか。
……いや、違う。
「貴方は誰だ」
纏う空気の差に、私はそうエッケハルト・アルトマンの姿をした何者かに問い掛けた。
「解るか、LI-OHを継ぐ者」
その言葉は、答えだった。
「禍幽怒」
「あ、やはりそんな訛り方をして伝わっているのか」
少年の姿をしたまま、何者かは笑う。
「何故、彼の姿を取る」
「オレは言ってしまえば遠藤隼人の神、だからな。彼の魂を転生させたのはオレだ。
だから、その魂の消え果てる隙間に、こうしてたった一度だけ、まともに干渉できる。
……死にかかけた時に突然ATLUSの制限解除とかやらかしてきた奴居るだろ?あれ……ほど好き勝手出来ないが、似たようなものだ」
「やはり、彼は死んだのか」
「……」
無言を貫く禍幽怒が、不意にブレる。
アルトマン辺境伯の姿の中から、一人の男が生えてくる。顔の左を覆う仮面の男、その仮面は淡い緑光を漏らしていた。
「いや、知っているだろう?真性異言は二つの魂を持ち、死んでも蘇る」
「え、俺死んだの!?」
そうして、彼が抜けた後には、驚愕の表情を浮かべる何時ものエッケハルト・アルトマンが残った。
「一度な」
「うわぁ……って、お前がユートピアか!」
くわっ!と目を見開くエッケハルト……いや、恐らくは転生者たる遠藤隼人。
「ああ、オレの名はユートピア、精霊真王ユートピア。人は禍幽怒、或いは墓標の精霊王とオレを呼ぶ」
「せい、れい……」
「鎮魂歌、ともな」
その言葉に、びくりと私は身を震わせる。
「貴方は」
「ああ、お前等が見たセレナーデ等、Xの親玉さ、今はな。
……って、セレナーデはオレが倒した筈なんだが、本当に好き勝手してやがる」
自嘲気味に告げる男の仮面が、寂しげにラインを光らせる。
「しかし」
その言葉に私は抗議する。それは有り得ない話にしか思えない。
竪神の家に伝わる彼の話や、彼の遺したライオウフレームとシステムL.I.O.H、そして彼の仮面の光を見れば……AGXなるあのXに対抗する為の力の側の存在にしか思えない。それが、Xなる化け物側だなど、不可思議な話だ。
「……黒幕相手に、相討ちに近い負け方をしてな。
ズタボロの神に無理矢理取り込まれ、オレが討った裁きの天使王の代用、新たな精霊の王になったんだよ。
オレの機体……アルトアイネス・シュテアネには、彼らに対抗するために精霊を解体しエンジンとして埋め込んでいたから、其処から辿られてな」
「では」
「……それでも何時か倒すさ。無限の墓を積み上げて、嘆きと祷りを焔と変えて。
世界を滅ぼせというならば滅ぼし墓標としよう。何時か、世界を滅ぼす神を討つために」
その言葉に理解する。彼は……
「ジェネシック・ダイライオウの設計図を贈ったのは」
「アルトアイネスには時間を越えるタイムマシンを積んでいてな。オレのは既に半壊しているが……その中に最初からあったと誤魔化してデータを突っ込めば、何とか奴の機体の中にもデータを生やせる」
何という強引な手。
「ってか、何で俺!?
あと、何で俺の転生先ゼノじゃ無かったんだよ!あんなん勝てるわけ無いだろ!アナちゃんとイチャイチャさせてくれよ!」
……いやそこなのか辺境伯!?
「七色の才覚を欲しいと言ってくれる人材だからだ。後、おにーたんに手を出したらオレが龍姫に殺しに来られる」
龍姫。この世界の神の割に変な話だが……
「禍幽怒、いやユートピア」
「……どうかしたか?」
「私達に、力を貸してくれるのか」
その言葉に、男は私と同じような機械の左腕を鳴らして答えた。
「貸してるさ。七大天とはオレも縁がある」
「そうではなく、今を打破する力を」
「……当然だ。その為の、七色の才覚」
そんな言葉に首を傾げるのは、焔髪の青年。
「いや、どうやってそれで勝てってんだよ!?」
「勝てるさ。魂の器の在り方を自由に様々な型に変貌させ、肉体をそれに合わせる力、それが七色の才覚だ。
オレがこの世界に不時着した際に出来た、誰も辿り着けない筈のオレに近い異世界の魂のカタチに、切り札を置いてきた。
これが限界だ。オレが神に近い存在にされてなければ、いっそ今一度アルトアイネスと共に直接乗り込んで助けてやれたんだが、神は殆ど干渉出来ないのが七大天の理だからな」
小さく、彼は左手で仮面に触れる。
「魂が消えかけるたった一度のみ、オレの手が届く。本来この介入はもう少し後の切り札にしたかったが……」
「いや、使わなきゃ死ぬんだろ?」
「ああ、死ぬ」
そうして、男は私を見据える。アルトマンではなく。
「だが、だLI-OHを継ぐ者。私の託すものはとてつもない力だ」
静かに聞き続ける。……辺境伯には聞かなくて良いのだろうか?
「ジェネシック・ティアラー。正式に言えば、Genesis-Jurassic TEARER。荒れ狂う暴君の力」
それは、アイリス殿下と共に見た設計図にある一つの機体の名。
「オレだって従えたというよりは捩じ伏せた、暴走する恐ろしいまでの力だ。それを……AGX-ANC13以降に匹敵するというか、そのものを得て、お前は何をする?」
静かな問いが耳を打つ。
「振りかざすか?彼らと同じく恐怖で欲しいものを手にするか?
それとも、力に呑まれるか?そうなれば、祷りはただのエゴとなる」
……あまりにも、恐ろしい力だ。だが、理解できる。アイリス殿下と共に訳の解らないシステムに頭を悩ませてきたが……それが、あのアガートラームに搭載されていたろうナニかである事だけは解っていたのだから。
それでも、私の言葉は変わらない。
「……そうだな。力を振りかざせば祈りはただのエゴだろう。だが、それで良い。エゴイストだとも、私は」
実際に、もう私のような者を見たくないから、私は父の魂石と共に故郷を出た。それもエゴの一種だ。私はそれを知っている。
結局のところ、欲望とはどんなものでもエゴイズムだ。自分がそうありたいという願い。それが利己主義でない筈がない。ゼノ皇子のあれだって、彼自身はそうである事実を認識して自己嫌悪を抱いているが利己主義の一種。
「護りたいというのも、何もかも欲望でエゴ。それは悪いこではない!」
「……それが答えか」
「私の欲を、私は否定しない。間違った気はないし、間違えば殿下もゼノ皇子も居る。きっと止めてくれるさ」
「良いだろう、オレと同じ答えだ」
ニヤリ、と禍幽怒は口元を歪ませる。
「ならば、捩じ伏せて手懐けてみろ、荒れ狂う未知の力……太古から受け継がれてきた命の奔流を!」
その瞬間、世界は元に戻る。ほんの一瞬しか、時間は経っていない。
そして……
『叫べ、大地より迸る命の咆哮を!』
父の魂石から、ユートピアの声が響く。
それに呼応するかのように、皇子を磔る十字架の一部が崩れ、そこに埋め込まれていた一本の斧が宙を舞う。
空中でバキバキと変形していくそれは、大きな刃とあまりにも太く指を入れる隙間すらある持ち手を持つ片手斧へと変貌し……レリックハート内から現れた紫色の装飾がされた鉄のメダルと共に、銀の聖女が抱き締める青年の亡骸に突き刺さる。
「豊撃の斧アイムール!?」
業火と氷結。相反する二つが突然、胸の大穴から噴き上がる。
「危険だ」
シロノワールというらしい、正直私は好きになれない八咫烏が聖女を亡骸から引き離したと思うや、大地の揺れと共に土砂と焔の中にその亡骸は消えた。
そうして、焔が凍り付き……砕け散る。
その奥に眠っていたのは、私の見たこともないような化け物だった。
強靭かつ大きな後ろ足と、何のためにあるのか微妙に解らない小さな前足というアンバランスな四足に大きな尻尾を携えた、龍のような凶悪な顔つきをした巨大な怪物。白い素体に、濃い紫の装甲を纏う機械巨龍。
「ティ、ティラノサウルス!?
何だあの恐竜」
と、解説してくれる皇子。ティラノサウルスと言うのか、あの生物は。
『グォォォォォォァァッ!』
赤い瞳を爛々と輝かせて首を高く振り上げ、アルトマン辺境伯である筈の機械恐竜?は咆哮をあげる。
「驚愕。だが……セレナーデ!」
攻撃をさせられたせいか歌うのを止めていた少女天使が、呼ばれるや槌が振られる事もなく攻撃体勢に入る。
放たれるビームは……しかし、恐竜に当たる前に青い障壁に防がれた。
『グガァァァァォッ!』
「……何!?」
『Ahhhhhh!』
指示すらなく、少女天使が翼をはためかせ戦闘体勢を取る。それはたった一つの事実を示していた。
私達全てを敵と思わなかったあのセレナーデにとって、眼前の機械ティラノサウルス……ジェネシック・ティアラーは明確に敵足り得る存在だということ。
「セレナーデが、勝手に?
ま、まさか……レヴ・システムだと!?」




