表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/685

炎嵐、或いは暇皇帝

そして、それだけではなく、

 「何をしている、馬鹿息子」

 周囲の空気が燃え上がったかと思うや、炎は人の形を取る。

 突然、父……当代皇帝であるシグルドがその姿を現していた。

 

 「ほ、ほえ?」

 「……驚愕」

 二人の少女が首をかしげる。


 知らなくても無理はない。今、眼前で父が使ったのは転移魔法に属するものだ。自分をワープさせる炎属性に類する魔法。自分しか飛ばせないのが欠点だが、そもそもこんな魔法使える奴は頭可笑しいスペックしてるから問題ない。


 ゲーム的に言えば、炎魔法:S(というかA+)という当然の前提条件の他に、最大MPと魔力数値制限がついていて、その条件を満たせるのが最上級職の10レベルくらいから、という感じ。

 厳選してステータス伸ばせばもうちょっと早くに使えるようになるものの、ちょっと最上級職に行かずに条件を満たすというのは厳しい程度の数値だ。

 原作ゲームの時代になれば兎も角、現在最上級職の人間は数えきれる程度しか居ない。7人くらいだったか。つまり、当然のように父の見せたこれは、他に可能な人間がほぼ居ない偉業である。 

 まあ、ぽかんとするしかない。

 

 「親父……

 いきなり現れられると困る」

 何故来たのだろう、そこは分からず、おれはとりあえずと水を用意する。

 「不要だ。すぐ帰る。

 というか、仕事中に来てるからな」

 いや、何で?

 「あ、あの……

 な、何か、御用でしょう……か」

 おっかなびっくり、銀の髪の少女が上目遣いに尋ねる。


 「どうせ、余計な事で馬鹿息子が報告を悩んでいるのだろうと思ってな」

 「余計な事?」

 「ああ、如何に自分を無能だと見せないかだとか」

 完全にバレている。


 だから、おれは尋ね返す。

 「どうして?」

 「どうしても何も、報告書に全くもって無用な事だからだ」

 「……必要」

 アルヴィナが、ぽつりと呟く。


 「いや、不要だ

 書くべきはただ一つ。我が娘……つまりお前の妹が、どれだけあっさりと相手の計画を叩き潰したか、それだけだ。

 お前自身についてなんぞ一言も要らん」

 「え、で、でも……」

 「馬鹿息子。お前は何者だ?

 答えは一つだ。アイリス擁立派だ。ならば分かるだろう、書くべきは、擁立した皇女が如何に凄い存在であるか」


 「……でも、活躍したって言わないと皇子さまが」

 子供ゆえの無邪気さで、アナは皇帝へと小さく意見する。

 「ふっ、案ずるな」

 ぽん、と父皇は少女の頭を撫でた。

 ちょっと、力が強すぎるくらいの勢いで。

 

 「結局のところ、大半の事を決めるのは(オレ)だ。そして、オレは至らないなりに全力を尽くしたという事を既に聞いた。

 やった、が許されるのは子供までだが、お前は子供だろう。ならば、問題あるまい」

 ……言い方は相変わらず分かりにくい。


 けれども、多分……お前が頑張ったのは知っている。ならば、誰が何と言おうが負け犬の遠吠えだとかそんな感じ……なんだろうか。自信がない。

 

 「……それは、違う」

 だが。そんな皇帝の言に真っ向から歯向かう者が居た。

 片目の隠れたまま、けれどもうっすらと見える眼にも強い光を持った幼い少女。いつも通りの似合わないぶかぶか帽子のリリーナ=アルヴィナである。

 「ほう。何が違うと言うのだそこの。

 いや待て。名前をまずは聞こう。可笑しいな、馬鹿息子等の為にと大半の貴族の娘の顔は一通り覚えていたと思うが……」

 少しだけ顔を歪める男に、物怖じせず少女が告げる。

 「リリーナ。リリーナ=アルヴィナ」

 「アルヴィナ……

 居たか、そんな貴族」

 「木っ端」

 アルヴィナ?自分で言って良いのかそれ。


 「言っちゃったけど……良いのかな」

 素朴な疑問を溢すアナ。

 うん、おれにもその気持ちは良く分かる。

 

 「問題ない」

 いや無いのかよアルヴィナ。

 「彼が良く言う忌み子や、最弱と同じ。

 単純明快、事実」


 ……ぐうの音も出ない。

 

 「そ、それもそうだな……」

 少しだけ汗を拭いたくなりながら、そう返す。

 ひょっとして、自称でそういう言葉を使うのって不味かったのだろうか。いやでも、原作のゼノからして、最弱の皇子だよ、とか忌み子なおれとあんまり居ないほうが良いとか言ってたしな……

 「言われたな、馬鹿息子」

 「頼む、止めてくれないか親父……

 情けなくなってくる」

 「閑話、休題。

 彼の眼を、努力を、否定するのは……駄目」

 「眼?」


 時折アルヴィナって不思議な事言うよな。

 おれの眼をじっと見詰めていたりする。透視というか思考を見透かそうとでもしてるんだろうか。現状そんな魔法を使っている様子はないけれども。


 「だけど、撤回。

 周りは、知らなくて良い、かも」

 ……いや、そこは最後までフォローしてくれアルヴィナ。

 

 「……眼、か。

 皇民アナスタシア、そして……リリーナ。お前達から見て、こいつの」

 と、おれを見下ろし、父は続ける。

 「眼とは何だ?」

 ……何だろうこの質問。

 「明鏡止水」

 迷わず、黒い少女は眼の光りも揺れずに決まりきっていたように返す。


 四文字!しかも熟語。単純かつ分かりやすく……いや、分かりやすくないぞアルヴィナ?

 明鏡止水という単語は分かるんだが、おれとそれが結び付かない。明鏡止水の境地ってもっと黄金に光ったり……はアニメ的表現というか家のオルフェゴールドか。でもおれ別に水の一滴とか……


 見えるわ、ばっちり見える。水の一滴を斬れとか師匠に特訓されたわ、致命傷となる矢だけ切り払う練習と称して。

 ……って、だからなんだよ!?

 

 なんて脳内で悩んでいると、銀の髪の幼馴染側も答えていた。

 「え、えっと……

 わたしには、ちょっと。けれど、火傷があって

 なのにあんなに頑張って……凄い、って。

 

 なんとか、できないかな、って」

 ……こっちは此方でズレてないか?

 聞かれたのは眼であって、顔じゃないと思う。眼にまで火傷は来てないしな。

 

 「……明鏡止水、か。面白い解釈をする、リリーナ」

 ふむ、と割と満足そうに父は頷く。

 いや、いつも通り険しくて怖いんだが、何となく空気が優しい。この人の感情読み取るの大変だなオイ。原作知識無いとキレてるようにも見えるぞこんなの。

 

 「オレには、ただ忌み子な自分に自棄になっているようにも見えるがな」

 ……そんな忌み子におれを産んだのは、母と禁忌だと知りつつうっかりやることやった親父のせいじゃないのか。


 「ふ、やるか?馬鹿息子」

 「勝てるかぁっ!」

 バカか?バカなのかこの人!?

 一年前弱さを教えてやるってボコボコにされたせいで本来のゼノ人格ぼろっぼろになるんだぞ!?反省が欠片もない。


 いや、おれとして一つになったせいで反省もなにも無いか。

 「冗談だ。

 お前がだからこそ皇子の理想たろうとしている事は良く知っている。それを貫くというならば良し。バカかとは思うが、止めはせん。

 だが、覚えておけ。お前が皇族だから、此処はこうして運営出来ている」

 子供達が怖がって扉からこそっと覗いている孤児院を見渡し、父はそう告げる。


 「……分かるな?

 命を張るのは結構だが、命あってこそ守れているものもある。そこは忘れるな」

 ……心配、してくれたのだろうか。無理すんな、と。

 いや分かりにくいよ、親父……

 

 「……ふん。

 ところで、馬鹿息子。皇子の道楽だ、将来の側室狙いと仲良くするのは別に構わんが、婚約者はどうした」

 二人の少女を交互に見つつ、父は唇を少しだけ吊り上げて尋ねる。


 「狙ってねぇ!?」

 とんでもない爆弾投げるなこの親父!?

 アナやアルヴィナに一気に引かれるぞオイ!ひょっとして仕事に嫌気が差して名目つけておれで遊びに来たんじゃないのかこの皇帝。

 

 「……彼女は、普通だよ」

 「普通の馬鹿」

 何かアルヴィナがさらっと酷いことを言っているが無視。何か嫌われてるなニコレット。

 おれは、嫌うような子じゃないと思うんだが。

 「普通は、皇子に好かれようとするものじゃないか?」

 「最後に勝つ為に、手を離したら嫌われたよ」

 事実である。まごうことなき事実だ。


 いや、思い返すと情けないにもほどがあるなこれ。原作でもやってたんだろうけど。

 ……おれが今のおれな以上、何とかしてそこ変えるべきだったんじゃないだろうか。いや、今更だしそもそもあそこで離さないという道を選んでも勝てなかっただろうけど……


 「つまりお前は、婚約者よりもそこのを選んだということか」

 なるほどと、父はからかう。

 「違う」

 端から見ればそうかもしれない。アルヴィナだけが立ち位置的に巻き込まれない位置で、助けやすい場所に居た。それだけだなんて言っても信じられるはずもない。

 いや、これニコレットキレても仕方なくないか?改めてそんな自分にため息を吐いて。

 

 「……勝った」

 いや勝ってない。


 「……でも、聞きたい。

 ボクを、助けたのは……」

 不意に、その金の瞳に魅入られる。見詰めてくるその眼から、視線がずらせない。

 何時しか、帽子を少女はその胸元に握り込んでいて、頭頂には何時の日か見た耳が思考の代理のように震えている。

 「ボクが、ヒロインだから?」

 「……え?」

 その言葉に、固まる。

 

 ヒロイン。その言葉は、普通に聞けば普通の意味だろう。そんな意味で言われる理由は微妙に想像が付かないが。


 だが、彼女に……"リリーナ"=アルヴィナに限り、その言葉は特別な意味を持つ。

 そう。乙女ゲームの主人公という意味でのヒロインという第二の意味。外見3タイプのうち一つに育ちそうな彼女は、おれに問い掛けている……のかもしれない。

 自分がゲームの主人公だから、確実に助けようとしたのかどうか。未来を、ゲームの内容を知っているのか。


 言ってしまえば、これは問い掛けなのかもしれない。自分はエッケハルトみたいな転生者だけれども、おれはどうなのか、という。

 それに……どう答えるべきだろうか。


 エッケハルトの時は、おれもそうだと素直に返した。他に居るなんてな、と盛り上がったのもある。

 此処でそうだと返せば、行けるかもしれない。そもそも、原作主人公のうち、第七皇子ゼノと関係を特に持たないのが原作リリーナだ。そんなリリーナとこうして同じゲームのほぼ写しのような世界に生きる転生者という形でも縁がしっかりと出来たならば、おれが死ぬあの殿という方向へ物語を進めない事だってきっと出来る。

 実際問題、アナザー編とかだとそもそも再加入で死ぬイベント回避できるしな。

 

 ……それでも、

 「違うよ、アルヴィナ

 誰しも、自分という物語の主人公(ヒーロー)だ。おれが、第七皇子ゼノという人生(ものがたり)の主役であるように。

 決して、単なる恋愛相手(ヒロイン)じゃないよ」

 おれは、この道を選ぶ。


 おれは、普通の第七皇子ゼノとして接する。 

 ぶっちゃけ、淫ピ……ってかピンクのリリーナとか、エッケハルトとかはかなり分かりやすく転生者なんだが、おれって初見だと原作通りっぽくて分からないらしいからな。エッケハルト談だが。

 それが、何かアドバンテージに繋がるかもしれない、そう信じる。

 

 「……ヒーロー」

 ぽつり、と黒髪の少女は呟き。

 「ヒーロー?どうして?」

 アナが首を傾げる。


 あれ?何でだろうこの反応。

 「なあ馬鹿息子。

 ヒロインとは恋愛相手。それは物語における意味として成立するので良いが……何故そこにヒーローが絡む。

 異次元では、ヒロインという言葉に女主人公(ヒーロー)という意味もあるらしいが……何処でそんな偏った知識を得た」

 ん?ミスった?


 「ヒーローとは、基本はかつての大戦の……或いはその他の英雄の事だろう?勝手に主人公という異次元での意味を前提として語るな。

 伝わってないだろうが」


 ……そういえばそうだ。

 すっかり忘れていたし、おれの中にある記憶では普通の事だったが、この世界のデフォルトのヒーローという意味に、主人公という意味も乙女ゲーの攻略対象という意味も日曜日にやってた変身する仮面の人々という意味も無い。

 いや、最後は最近出版された物語とかで子供には広まりだしてたか?


 「……悪い。

 昨日異次元について読んだせいで、混同してた」

 どうしようと思いつつ、とりあえず明らかに取り乱しては怪しすぎるので平常心っぽく誤魔化しを入れる。

 「ったく、しっかりしろ馬鹿。寝惚けるな。

 そろそろ時間だ、(オレ)は帰るぞ」


 誤魔化せたのだろうか。

 当然ように魔法書を取り出すや、出てきた時のようにさくっと転移で父の姿は消えた。

 「あと一つ。匂いが臭い、もう少し洗い流せ、リリーナ」

 とだけ、最後に言い残して。

 

 「あ、相変わらずの嵐……」

 「す、凄い人だよね、皇子さまのお父さん……」

 アナと顔を突き合わせて、そう呟きあう。

 「アルヴィナ、気にするな。

 正直、おれは全く臭いとか思わないよ。あの人の鼻、たまにちょっと鋭すぎるんだ」

 ついでに、最後に投げられた酷い言葉へのフォローを加えて。


 「……ごめん。

 気になる」

 「そう、か。

 おれは気にならないんだけど、自分が気になるならしょうがないな。

 気を付けて帰るんだぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ