奇縁、或いは嵐
「何、あれ」
幼い友人に語りかけるように、その実おれに向けて目で訴えながら、屍の皇女は当然の疑問を吐く。
というか、おれ自身現実で見ると圧倒されるっていうか……ゲーム知識が無きゃそもそもあの何も喋らない奴がこんな変わるとか分からない。
「ざ、ざこざこ……おにーさん?」
「「ふっ、残念ながら、俺様はオンリーワン!雑魚とは違うって事だ!」」
う、煩っ!?
四方から飛んでくる言葉に耳鳴りを起こして思わず片耳を抑える。分身してるのに一斉に喋んないでくれないか!?
「ざこざこおにーさんが壊れちゃった!」
壊れてない、ヒロインと出会う際の正規仕様だ。いや、本来の性は洗脳時の大人しげで覇気の無いあっちだからこんなハイテンションは壊れてると言って良いかもしれないけど。
「うるせぇぇぇっ!?」
失礼だぞエッケハルト。煩いのは知ってたろ。ゲーム時から分身時4重に声が聞こえて他キャラより音量デカかったんだもの。
「まあ、つよそーでも所詮わんちゃんだし?あーしがもう一回躾て……」
と、薄紫の少女は何処からともなく鞭を取り出して、手で弄ぶ。何となく黒光りするそれを撫でる手付きが厭らしい。
「そんなの似合わないよ、心すっかすかおにーさん?」
そのまま、ぴっと手首のスナップで鞭を振るい、少女は前衛に立つ犬耳の男の首に鞭を巻き付けた。
「あれ?」
「はーっはっはっ!ワンダフルな人生のためには悪縁は絶ち切るに限るぜ、ロレーラ!」
が、効かない。アバターが出てきた彼、ロダ兄と呼ばれる方の人格に魅了など一切効かない。
実際、おれよりステータスが低めな事さえレベルでカバー出来れば、おれ以上にロレーラの姉である四天王ニュクス戦が安定するのが彼だ。第二形態含めて強みが一切通らない鉄板の強さを誇る。頼勇ですら魅了されての負け筋があるが、彼は負けない。
……その分、『アバターじゃなくて君で良いんだよ。最初から私のヒーローだから』って方向の彼ルートだと、素のロダキーニャでニュクス戦に突入するから辛いんだけどな!おれも死んでるから魅了の恐怖に怯えながら戦うことになる。
「爆破」
アルヴィナが不穏なことを言うが
「ざこざこおにーさんは殺すの勿体無いからつけてなーい」
少女はそれを否定する。
「そうじゃなくても、殺させません!」
力強く腕輪を付けた左手を握り締める銀髪の聖女。
ってか、お前は死んでも良いやされてるぞエッケハルトしっかりしろ。
「付けといて」
「アルにゃんも、おきには傷つけ方に気を遣うのにあーしに言われても困るなー」
「うにゃう」
論破されて猫るんじゃねぇよアルヴィナ!?あと何か手加減しまくってるのバレバレっぽいぞ。
あ、友達だから平気って光で伝言来た。いや、心配なんだがアルヴィナを信じよう。何となく手助けしてくれてる四天王ニーラも居るし、完全にアルヴィナの味方として死んだアドラー他、幾らかそれとなく反転生魔神王の行動をしてくれている穏健派の魔神も居るのだから。
「ってか、あーしが悪縁は酷くないかなー、ざこざこおにーさん?」
「はっは!愉快愉快。
魔神が悪縁で無いとでも?」
「そうですよ!取り込まれちゃ駄目なんです!」
「……アナ、君を護るのが最優先だから、神経逆撫でする言葉は此方に任せてくれないか」
元友人にボロクソ言われてアルヴィナが泣くからさ。
「あ、ごめんなさい皇子さま。
でも、魔神は昔の聖女様伝説の時代みたいにまた多くの人を不幸にするんだって思ったらつい……」
あ、逃げた。
虚空に向けてサマーソルトを決めながらかなり後方に着地し頭をぶるりと振るわせる屍狼にそんな事を思う。マジでアナに愚痴らせてるだけでアルヴィナぶっ倒れるんじゃなかろうか、いややらせないけれども。
「ぶー!返して!あのざこざこおにーさん返してよー!」
「覆水盆に還らず、悪党盆にも帰さず!俺様が必要とされてしまった以上、本性はそうそう戻ってこないもんさ!
何故ならば、俺様はあいつの願った最高無敵のヒーロー、だからなっ!ヒーロー呼ぶ声有る限り、俺様は居る!」
銃を顔の横で構える素のアバターと、それに合わせて各々ポーズを決める三人の分身。
……ところでだ。盆にも現世に帰らせないのは良いが、この世界お盆なんて文化無くないか?
シナリオライター?メタ発言するキャラだっけかあいつ?
『まあ、お盆の風習の存在くらい昔の真性異言が伝えてますよ。戦い抜いた者は安らかに眠らせてやれってのが帝国だからこの国では定着してないだけです』
……案外ただのメタ発言じゃなく、国家間の文化の差を伝える言葉だったのかアレ……
「一つ!人の世をワンダフルに!」
と、叫ぶは犬耳のロダキーニャ。
「二つ!不埒を裁くトリックスター」
翼を大きく展開し、雉の意匠を持つアバターが右手を天に向けて突き上げる。
「三つ!皆のキーパーソン!」
猿の意匠を持つアバターがオーラを纏ってポーズを決める。
「さぁ!」
「さぁ!」
赤と青のオッドアイがおれを射る。
「いやおれかよ!?」
「他に誰が居る!」
「いやおれ第七皇子だから7番辺りで……」
「ふっ、そこまで行かないものだ!なぁ、そこの犬っころ」
気安く、青年は話をアルヴィナに振る。
いや、一応今はまだ敵なんだが……自由かこいつ。
「狼!」
アルヴィナが吠えた。
「ロレっち、あいつ殺して」
「アルにゃんの頼みでもーって言いたいにゃあ
でも、ざこざこおにーさんじゃなくなっちゃって、面白くなくなったしー」
仕方ないか、と話す二体の魔神を前におれは無い脳味噌を振り絞り。
「四つ、世の悪を討つ!」
「五つ、御苦労!いざ往かん!退治てくれよ」
そこで、青年は言葉に詰まる。
「……そこの銀の髪、名は?」
「おれは」
「いやさ、お前は良い!」
おれかと名乗ろうとした瞬間に止められる。いや、おれの髪も一応銀だぞ、ほぼ灰色だけどさ。
「わたし?わたしはアナスタシア・アルカンシエルですけど」
「おう、了解!
退治てくれよう、空だけでなく、心に虹を掛けるために!」
上手いこと言おうとすんな!?
「ってかおれは名前すら知らなくて良いのか」
「必要ない!お前は俺様を呼んだ!これで俺様との縁は決まったな。御供……そう、ワンちゃん一号!」
それヒロインの事だろ原作的には!?
「皇子さまは犬じゃないです!」
「そもそも犬ってほど可愛くないだろゼノは!」
「……あげない」
「ぶー!あーしのわんちゃんがワンちゃん飼うなんておかしーって!」
敵味方からの総ツッコミが、嵐のような桃太郎を襲った。
「はーっはっはっ!それもそうだが、これも奇縁!お前が求めた縁の形だ、悪いものではないだろう!」
……いや、本来こっちでなくて良いって方向になってくはずの彼を無理矢理にとっとと呼び出させたのはおれだ。間違ってはないのかもしれない。
諦めて、おれは彼の横に並ぶ。
「もう犬で良いからワンちゃんは止めてくれ」
「駄目なものは駄目だ、ワンちゃん一号!
俺様をワンちゃんと呼ぶ者への意趣返しという奴だからな!」




