勇者の証、或いは勇気の逃避行
「もーう、解除って楽しくなーい!とっととやっちゃおーよアルにゃん?」
ぴょんと横の巨大狼の首筋に抱き付いて頬擦りしながら、薄紫の小悪魔は冷たい声音で告げる。
「駄目」
「そもそもアルにゃん手加減しすぎー、ざこざこにあわせてよわよわ」
「じっくりいたぶる時間。すぐに殺したら勿体ない」
「嫌いなものはー、すぐにぺってしたほーが良いんだけどなー」
けたけたと笑いながら、少女は頭の羽をばたつかせる。
「まっ、いっかー。
アルにゃんの玩具、遊んでいーよね?」
「好きにして」
……何かおれで遊ぶ許可出されたんだが、アルヴィナ?
「遊んでたら死んじゃっても、よわよわだししょーがない、よね?」
ふっと姿を消した少女が、不意におれの左横に姿を見せ……
「せい、はぁっ!」
左足を軸に体を180度回転させながらの抜刀切り上げでそれを迎撃。白磁のような柔肌に鉄の牙を食い込ませ……
「いったー!」
ガン!と発砲される銃弾に横殴りに刀身を撃たれ軌道が逸らされる。
ちょっと刀身歪んだか、鞘にはもう入らないから使い捨てだなこいつは。
にしても、硬いな、と空いた右足で少女のまだちょっとぽこりとした(子供服がちょっとサイズ合わせてないのか、うっすらと体のラインが浮き出ているから良く分かる)腹を蹴り飛ばして距離を作りながらおれはひとりごちる。
蹴った感覚も、刃越しに触れた肌も嫌になるほど柔らかいのに、彼女の切り付けた手首にはリスカしかけて怖くなってすぐ止めた、程度の傷跡が残っているのみ。夜中におれがかきむしったのかってくらいの軽い傷。とても刀傷とは思えない。
「アルにゃん、遊ぶにしてもしつけてよー!」
「野生なほうが、面白い」
「えー!ざこざこはよわよわんちゃんってわからせてあげないとー」
小さなウィンクがおれと横でけほけほしながら首後ろを抑えて立ち上がるエッケハルトを射抜く。
「めっ、だぞ?」
「知るか!」
穏健派だから殺す程は考えてない。エッケハルト爆発って肝が冷える単語を聞いた気がするが、まだ未遂だしアルヴィナとも仲良さげだからな。
人を洗脳して遊ぶが、殺していない。ロダキーニャを戦わせてくるが、彼を否定もまだしていない。これはまだ、アルヴィナのように何時か歩み寄れる可能性を捨てて殺しに行くには早い。
それを言えば、アルヴィナだっておれが贈った犬とか殺してる筈だ。民の、皆の敵から変わらないとならない限り、おれも殺すのではなく撃退の姿勢を保つ。
友人殺されたでアルヴィナと軋轢なんて作りたくない事の言い訳だが……
それを考える程度で、おれはまだ正気だ!
斬撃を……飛ばすには歪んだ刀では空を切る際に違和感が産まれて上手く行かないので、もう良いやとそのまま投擲。少女に当たれば良し、当たらなくても良いの精神で投げ付ける。
「そうだぞゼノ!メスガキはわからせも良いけど分からせられるのも良いんだからな!」
「だからお前は耐えろよエッケハルト!?」
アナが呆れ返るぞ。
「メスガキアナちゃんで目覚めたんだよ俺は」
「なんなんだよそれ!?」
「俺の尊敬する人の同人誌だよ!もしもアナちゃんの外見が幼いまま、色々とわからせに来たらっていう純愛」
「そんなもの書いてる人尊敬すんなよ!?」
思わず横でまた魅了されてる友人の頭を拳でどつく。
「ぐぇぇぇっ!?」
「いやー、見ててちょーっと楽しいけど、やっぱり要らないかなー、やっちゃえ!」
小悪魔の命により、幾度目かの発砲。けれど、来るのはその一撃だけだ。
「あれ?そっちのは?」
「アナちゃんを想ってペンダント握ったら治った」
「愛の力凄いな」
「あ、ちょっとわたしが魔法込めておきました」
「聖女の力凄いな……ってアナ?」
聞こえないと思っていた言葉に振り向けば、銀の髪の少女が戻ってきていた。
「シロノワールさんから、護るのも手間だから皇子に護られてろ……って」
少しだけ申し訳なさげに言われるが、仕方ない。此方はアルヴィナってじゃれてるだけの実質味方が居る分楽だからな。
「……そっか。でも、おれが今からやるのは酷いことだ」
「皇子さま。本当に酷い人は、理由があるからって酷いことを良いことだって嘘をつく人ですよ?」
少女にフォローされて何も言えないままに予備の刀を構える。
「なら、あの少年の魅了を解いてくれ」
「またすぐ魅了されちゃうかもですけど」
「だから言葉を届かせる!最低で、問題で、でも今を解決する言葉を!」
「はいっ!」
力強く頷くアナを横目に、おれは駆け出した。
「アルにゃんあそびすぎー、どったのさー?」
「最後に殺すから、やりにくい」
「えー?まーいーけどさ?」
アルヴィナの動きは尚も消極的。ローリングしての尻尾叩きつけも軽く急ブレーキで回避して尻尾を抜刀斬りし、切断して駆け抜ける。
「お願い!」
そんなおれの横をすり抜けていく小さな蒼光、アナの魔法だろうそれが鍛え上げられた肉体の割に小さく見える青年に当たり……
「ロダキーニャ!」
びくり、とその肩が震える。
恐らくは恐怖で、だ。知らない人、しかも顔に大火傷がある相手に突然自分の名前を呼ばれたら怖いもんな。
「ぶー、あーしのわんちゃん、勝手に呼ばないで?」
少女の蹴りがおれの後頭部を襲う。甘ロリのスカートが大きく捲れているだろう事を気にも止めず、いや寧ろロダキーニャに見せつけるかのような空中ハイキック。だがそれをガン無視し、右腕で受け止めながら言葉を続ける。
「居るんだろう、ロダキーニャ・ルパン!いや、ロダ兄!」
不意に、少しだけ仮面の下の雰囲気が変わる。
「大丈夫、君は強いさ」
「えー、初対面の人がざこざこおにーさんに言っても説得力なくなーい?」
「そうだな。でも、おれは知っている。君の事を、君自身よりも」
仮面が揺れる。
「おれは真性異言だ。君の事も、過去も、あり得る未来も知っている。
だから言うよ。君は強い。理想の救世主、夢見たアバター。そうやって君は戦ってきた。そして、これからも戦っていく。
目を伏せるな、背けるな。理想のアバターが勝手にやったことじゃない。君が願った事だ。救世主に、君はなれる。
だから!」
「煩いよ不細工おにーさん!」
飛んでくる牙のようなオーラ。ロレーラの魅了ではない攻撃の魔法。
それすら無視。
「いや、酷い言い方だなオイ!?原作台詞の繋ぎあわせだけどさ!?」
飛んでくる火球が炸裂して大半を散らす。
「だから、戦え。君の夢、理想を取り戻せ!」
どの口が、と嘲りながらながら真性異言としてアバターのロダキーニャを知って居るからこそ、理想でなくて良いとする彼ルートの否定を口にする。
「わんちゃんはきゃんきゃん吠えて遊ばれていればいーの!
そんな理想像なんて」
「夢のヒーローに、なりたかったんだろう!
君ならなれる!夢を掴め、取り返せ!心地よい洗脳のぬるま湯で離しかけた君の輝きを」
おれもかつて忌み子だとしても皆に愛される者として夢見た言葉を、おれ自身今は信じていない空虚な戯れ言を叫ぶ。
「届くわけないよねー?」
「えっと、わたしは何にも言えませんけど、抑えてる事には何か理由があるんですよね?
ちょっと、そのあなたの優しさ、わたしは信じてみたいです」
「そうだぜ、俺も君の凄さを知ってるんだよロダ兄!勝てねーから来てくれんなってぐらいに!」
「君は、ヒーローになれる!」
「ぶー!わんちゃんへのこれ以上のおさわりは……」
「おっと、それは困るなロレーラ・トゥナロア」
響き渡るのは、そんな声。快活で明るく強く、裏の一切無い力そのものの声音。
「あー、もう。そこまで言われちゃしゃーねぇな。貸しとくぜ、返してくれよ」
「いやなにがだ!?」
「俺様は安くないって事よ!」
言葉と共に器用に犬の肉球の手でもって仮面をむしり取って投げ捨て、アナの力と真性異言による本来知らない筈の言葉の畳み掛けにより最短で覚醒させられた英雄の赤と青のオッドアイが煌めく。
「ざ、ざこざこおにーさん?」
「そーいや名乗ってなかったな、悪い悪い。俺様自身そんな気は無かったんだが、本性じゃ女の子に免疫無さすぎてちょいっと、なっ!」
ドキュゥンという音と共に発砲。オーラを纏う銃弾がおれでなければとくっつけるのを諦めて投げ付けてきた屍狼の尻尾を打ち落とす。
「……何者」
「知らなきゃ言って聞かせてやっよ。
ワンダフルでトリッキーなキーパーソン。ナンバーワンにしてオンリーワン、ロダキーニャ・D・D・ルパン!
悪縁を絶ち、悲しみを退治し、良縁を取り戻しに来たぜ」
「……は?」
突然のテンションについていけないかのように、アルヴィナが首を傾げる。
「袖振り合うも多少の縁、生きれば楽園!護ってやろうじゃないか!世間から悲しみを奪い取ってな!
ってこった!そこの火傷奴!振りととされずに付いてこいよ!俺様との縁を、無理に望んだんだからな!」
だが、これがアバターだ。これで押し通れるのが彼だ。
「ああ!」
心の中でこの状況に完全に戻させた事に詫びながら、おれは白桃色の髪の青年の横に立った。
「行くぜ、アバターマスカレイド!」
『0!0!1!マスカーレイド!』
そして、四人に増えた彼に囲まれた。
うん、圧が凄い。
「え、え?ちょ、あーしのざこざこおにーさん返してよーっ!?」
注:今回は袖振り合うも「多少」の縁で正解です。本来の言葉とは意味が違いますので……




