屍の皇女と三柱魔神(side:無し【アルヴィナ寄り三人称】)
割れた赤い空の下。おぞましき魔狼が人気の無い整然とした街並みを闊歩する。
背の低い景観に配慮を重ねた建物群。石や魔物素材ばかりではなく潮風ではない涼風ではそう害はないと木造もある区画別けされたそれを巨狼が練り歩く。
といっても、良く見れば本体は小柄だ。胸元に生えた花のような結晶を除けば、そう普通の犬に近い地球で言う狼の姿と変わるものではない。耳だけ白く、瞳が金なその黒狼を倍は巨大に見せているのは、彼女の纏う死霊のドレスによるもの。
無数の骨と腐肉、そして呑み込まれた死者の抱く武器。無数の屍が鎧となり小さな狼の全身を覆い尽くしていた。
指輪をした左手、繋ぎあったままの明らかにサイズの違う手達、無数の矢の突き刺さった左足。龍の腕を切断し、そのまま腕に喉元を貫かれた巨斧の戦士の胴から上。無念を残した残骸達が、その無念のままに彼女の盾であり剣へと変わる。
それ故に、この世界を描いたゲームにおいての名を『屍の皇女』。
だが、無数の屍を連れ、真昼の街を黒く染めながら歩みを進めるその屍の皇女当人はというと……
暑い重い皇子にあってとっとと脱ぎたいと、そのおどろおどろしさとは逆の事を考えていた。
愛用の帽子は頭に無い。腐肉から垂れる汁が掛かって汚れたら勿体無い。代わりに王冠の如く被るのは祖父が残した英雄と呼ばれる男の頭蓋だが……
アルヴィナからしてみれば、そんな自分が殺したものでも何でもない屍達よりも、自分の皇子がくれた帽子の方が何倍も誇らしいもの。
だが、そんな本魔狼の思惑とは関係無く、事態は進む。
嵐の魔神カラドリウス。アルヴィナの兄の親友であり、その兄の姿と肉体をした真性異言によって殺された自称婚約者の屍。
そして……
「姫様」
寡黙な声。
「お姫ちん」
奔放な声。
「くすっ、人間と殺しあっちゃうねー。
ざーこざーこ」
幼い声……は、アルヴィナではなく別に向けられている。
トリニティ。人類滅ぼして世界を混沌に沈めるという魔神王程の徹底撃破を狙わない穏健派の三柱。
だが、穏健派とはいえ、別に和解したい訳ではない。絶滅ではなく支配したい、くらいの認識でも魔神としては既に穏健なのだ。
だから胸に秘めた言葉を告げること無く、アルヴィナ・ブランシュは一人歩む。
「姫様」
更にそう呼ぶのは、三柱のうち唯一の男性魔神。アドラー・カラドリウスと並びアルヴィナに想いを向けているだろう良く分からない生物の魔神だ。
「夜行」
「……必ずや」
ぐっと拳を握り、その赤い虹彩に黒い眼球を持つ瞳に決意の炎を燃やす魔神夜行。
「でも、あの皇子はボクのもの。ボクの獲物
ついでに、あの聖女は……堕とす。殺すより便利」
「御意。他を」
うなずきを返す精悍な30代くらいの顔立ちに何とか理解してくれた、とアルヴィナは纏った屍の奥で息を吐く。
「あらあら、そう心配しないのお姫ちん」
きゅっとそんなアルヴィナの首を宙を舞って後ろから抱きすくめるのは、青い肌をした魔神。三つの熱が押し付けられる。
2m近い長身に青肌、縦に裂けた金黒の瞳に、頭の赤い二本角を抱く妖艶な顔立ち。胸元にはあの銀髪娘と身長差を入れても同レベルという驚異的な大きさをした二つの巨重弾がぽよんと跳ね、そして……完璧から欠けた不完全な片割れとしての下半身。灼熱するソコには雄々しく屹立する竿だけがあるのだという。
かつて轟火の剣、豊撃の斧、繚乱の弓、哮雷の剣の四振りの担い手と戦い、うち二人を葬るも最終的に帝祖皇帝により魂ごと二つに引き裂かれた天獄龍ヘルカディア・ディヴィジョンの半身、白獄龍ヘル・デジョン。その人型体である。もう一体、紅楽龍アルカディア・ヴィジョンの方は穏健派ではないし、合体して完全に戻ってもまた多分非穏健派。
だが、死より生き地獄を好む彼女?だけは穏健派としてトリニティをやっていた。
「大丈夫、おねにーさん達に任せなさい?」
「任せたくない。ボクがやりたいから、こうしてる」
「あらら」
仕方ないわねぇと慈母の微笑みを浮かべ、全身が豊満な龍はアルヴィナから離れる。
「でも、忌々しい龍神の気配がして、おねにーさん心配なのよー。
龍は執念深いわー、アウザティリスがあのティアミシュタルに体を引き裂かれて世界を造られた記憶から産まれたおねにーさんだから良く分かるの」
すっと笑顔が消え、女性?体の龍は銀爪を伸ばした左手をゆっくり握る。
その周囲の家の窓が霜でくぐもった。
「この街は龍臭いもの、必死に何か介入されるわよー。だから、お姫ちん。
おねにーさん達にも頼ってね」
そう返されては、負けて捕まるために行くから来ないでというのが本心でも、アルヴィナには肯定の意志しか返せない。
そんな中、トリニティ最後の一柱……遊んだら殺すがモットーの姉、四天王ニュクス・トゥナロアよりは穏健なその幼い妹ロレーラ・トゥナロアはというと、一人の人間の青年に肩車されて髪の毛を引っ張り遊んでいた。
「……誰、それ」
「ざこざこおにーさん」
「……」
何時もはそこで寡黙ながら疑問を呈する筈の夜行が黙り込む。
青年は……まだ10代だろう。跳ねた淡い金とも赤みの濃い銀とも言える髪色をし、前髪に一房、濃い桃色メッシュのようなそこだけ違う色が映える亜人だ。
更には頭に耳が4つある。犬耳一対と、人間の耳の位置にもふさふさの赤毛に覆われた猿の耳。背中には色鮮やかな翼。伸びた尾羽と、しゅるりとした猿の尾。ラフな服の肩からも、上半身を覆う猿の毛が見え、右手は人だが左手には肉球と爪。
目元は桃を割ったかのような赤いマスクに覆われて見えないが、ぱっと見分かる整った顔立ちは、とても只人には思えない。
真性異言等が見れば、彼をこう呼んだろう。一人桃太郎と。或いは……
「何処で拾ったの、それ」
アルヴィナは呆けて尋ねる。
彼の存在は何となく分かる。銀髪娘の記憶を探るために、桃色聖女にこそっとつけた音声流す魔法で聞いた。
ロダキーニャ・D・D・ルパン。この世界が乙女ゲームだというならば、その攻略対象の一人だという男。
「アルにゃんに貰った体で、ちょうどいー玩具を探してこの辺りをうろうろしてたら、さくっと魅了出来たんだよねー。
ほーんと、このおにーさんってば、強そうなのにメンタルよわよわ」
7~8歳程度、アルヴィナより更に幼い容姿の小悪魔はその肩車された小さく細い足をパタパタと揺らして青年の胸を叩く。
それでも何も言わず、魅了されたという攻略対象はされるがままになっていた。




