表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/685

約束、或いは原作通り

「……ふぅ」

 と、息を吐く。そうして、おれは周囲を見回した。

 「お疲れ、一旦休憩にしようか。手伝ってくれて助かったよ、アナ」

 

 あの戦いから2日後。おれは少しは治りかけた掌の火傷が悪化して筆をーこの世界の筆は血から作られたインクを羽根に浸してという羽根ペンが主だーとることすら困難になっていた。

 だが、それでもだ。流石に妹アイリスに報告書用意しろとは言えないので、まだしもそういった作業が出来るおれに丸投げされた事件のあらましの報告書を仕上げようと、代わりに筆をとってくれる人を求めて孤児院へと向かったというのが、今日の朝のことである。

 

 事件?あの後何を語れば良いと言うのだろうか。あくまでもあれは二体の合成個種(キメラテック)を主軸とした計画である。拐った人々を運ぶ為の個体の制御を奪われ、戦闘用の個体を撃破された時点であの計画を立てた者達に勝利など有り得ない。だからあの事件は、おれが戦闘用個体の体内コアを握り潰したあそこで終わったのだ。その先はない。

 いくらアイリスとはいえ幼いので複数の制御を奪うことは出来ないようで、戦闘用さえ生きていればまた話は違ったのかもしれないが……。俺があれを撃破した時点で、全ての決着はついてしまった。

 頭の上の猫型フレッシュゴーレムに指示されて本来の製作者達に牙を剥く運搬用の合成個種の前に、ゴーレム使い達はひれ伏すしか無かった。それが、ゴーレム魔術というもの。術者よりも数段強いバケモノを意のままに扱えるのがゴーレムの利点、そのゴーレムを万一奪われたら勝てる道理なんて無いのだ。

 基本制御を奪えるようなものではないが、そこはまあ、この帝国の皇女様である家の妹アイリスを舐めるなという所だな。設定上原作アイリスに奪われないゴーレムなんてまず無いからという事でアイリス加入後はとある2マップを除いて敵にゴーレム種が出てこない程の支配力、ゴーレムマスターの名は伊達じゃない。まだまだ幼くとも、その片鱗は既に見えたという訳だ。


 余談だが、そのアイリス加入後にゴーレムが敵で出てくる2マップは、片方はアイリスが寝込んでいる設定で出撃不可、もう一個は主人公が背負ってる設定で、主人公アルヴィスがゴーレムに隣接したままターンを経過する事で敵ゴーレムを味方として使えるようになるギミックマップだった。

 低難易度だったりRTAだとギミック無視して敵将撃破で勝ってた気がするけど、戦力限られてるから難易度高い場合貴重な武器突っ込まないとゴーレム無しじゃまず無犠牲クリア不能なんだよなあそこ。

 あ、ケイオス深度が高い場合は設定無視でゴーレム湧いてくるし、設定上は持ってるとはいえその設定があるが故にゴーレム敵で出てこないんだからとゲームシステム的にはアイリスのスキルにゴーレムの制御を奪うものとか無いんで普通にゴーレムとやりあうことになるんだが、それはまあ仕方ないとしよう。

 そもそもケイオス深度というシステムそのものがゲームをより面白くする為に難易度上げるための設定無視度だからな。死んだはずの敵幹部がゾンビとかそんなんじゃなく同一能力で別マップで出てくる事があるんだからゴーレムくらい湧く。

 

 閑話休題。とりあえず、アイリスの前にゴーレム使いの人拐いどもは完敗したという事ですべては解決した。

 したは良いのだが……だからこそ、どう報告書を纏めるべきかという話になる。

 「……皇子さま?」

 首をかしげる少女の銀のサイドテールが揺れる。

 「いや、大丈夫」

 「掌の怪我、痛そう」

 手の痛みで遠くを見ていたと思ったのだろうか、心配そうに机越しに(といっても子供用なんで小さいんだけど)おれの手を軽く握る。力はない。


 ま、力いれたら痛そうだし。いや、実際に腕とか吊ってないといけなくなったしな。流石に大穴空いたのはヤバい。

 何よりヤバいのは首筋に噛み付いた蛇も、腕を噛み千切ろうとした獅子も精神を狂わせる毒を持っていたという所。と、言いたいんだけどその辺りはおれも皇子だからな。魔法によるものならともかく物理的な毒なんぞそうそう効くかボケ!という話である。

 ザ・理不尽。皇族とはチートであるという証明である。というか、ゲーム中でも頭可笑しかったからなその辺り。

 HPこそ削るものの問答無用で受けた精神関連の状態異常を解除して更に耐性upとかいう状態異常の存在意義を危うくするスキル、鮮血の気迫を最初から持ってたのが原作でのおれだ。

 固有スキルでこそ無いものの、他の取得方法が聖騎士とかの汎用最上級クラスでのスキル、つまりはゲーム内で言えば後半で出てくるもの。原作ゲームのプロローグ時点で当然の顔で持ってるのがまず可笑しい。


 パニックとかブラインドとか飛んで来る所に放り込むだけで魔防0なので優先的に狙われる癖に素で弾くわ弾けなかった瞬間知るかと鮮血の気迫で解除するわ解除する度に更に耐性で弾くわで最強の精神状態異常デコイが出来た。それも最序盤からだ。

 システム的には、皇族専用クラスの最初の方に取得出来るスキルとして、最上級汎用クラスで取得出来るスキルがずらっと並んでるって形なので改造ではない。

 改造ではないがズルだろこれ。

 

 「いや、痛くないよ。

 いや、頭は痛いかな」

 「だ、だいじょうぶですか!?」

 「大丈夫。流石に全部妹が何とかしてくれましたって報告書書いたらおれがバカに見えるよなって悩んでるだけだから」

 「で、でも!」

 必死そうに、銀の髪を揺らしまだまだ成長の始まらない胸を張って優しい少女は力説する。


 「皇子さまは片方倒したって。だったらそれを……」

 「……ダメだよ、アナ。おれ一人では、誘拐を止められなかった。おれがやったことは、アルヴィナただ一人を守ったってだけなんだ。

 

 それじゃあ、皇族として最低以下。両方撃破して漸く半人前なんだよ」

 

 「ええ、そうですわ」

 唇を噛むおれに、後ろから投げられる声。

 「……ニコレット嬢」

 少しだけ苦々しく、その名を呼ぶ。

 「ええ、ごきげんよう、最低皇子」

 振り向かなくても分かる。其所に居るのは家の婚約者様で、おれが手を離したせいで一度合成個種に食われた少女だ。

 「……最低皇子」

 二度、その呼び名が響く。

 「その通りだよ。でも、そんな当たり前の事を言いに来たんじゃないんだろう?」

 言いながら、振り返る。


 助けられなかった。見捨てた。それは、まごうことなき事実だから。

 何か起こりうるからこそ連絡は入れておいた。そもそも、明らかに怪しかったのに行ってしまったのは君だ。結果として何かあるかもしれないというおれの伝言が間に合い、全員が助かった。

第一、戦ったのおれ一人だろうが。


 幾らでも反論は出来るだろう。実際、おれが……『おれ』で無ければ、言ってしまったかもしれない。

 だが、だが、だ。それは皇族でないおれの戯れ言でしかない。皇族ってのは、そんな反論など要らない。全てを叩き潰して解決してこそなのだから。

 

 「……ひとつだけ聞いても良い?」

 距離を取りながら言葉を投げ掛ける少女に、静かに頷く。

 「どうして、わたくしの手を離したりしたの」

 「……おれの思い付く限り、最も被害が出ない解決だったから」

 ……嘘ではない。時間を稼ぐこと、誰かが来てくれるのを待つこと。正直、前のアイアンゴーレムの時と同じで心苦しいが、勝ち筋はそこしかなかった。

 あの時のように、油断も無く、武器が手の中にあればワンチャンという状況ですら無い。

 助けが来なければそのまま連れ去られて終わりだとしても、そこに助けを求める婚約者を捨て置いてでも、時間を稼ぐしか思い付かなかった。

 

 「……だから、すまなかった」

 「被害が……出ないって」

 わなわなと震える腕。

 「わたくしは、貴方のこんやくしゃ、ですのよ!」

 その言葉に、こくりと頷く。


 「なのに!どうして!」

 「……民に貴賤無く。命は平等に。

 何を捨ててでも、より多くの民を護れ。全てを護りきれぬというならば、より多くを」

 絞り出すように、言葉を選び。

 「例え家族でも、恋人でも、自分でも

 それを切り捨てて、それで救える命が多いのならば。おれはより多くの民を救う。それが、皇族……第七皇子というものだから」

 正直誰も守っていないそんな夢想、お伽噺の理想論を唱える。


 「そんな、理想論で……

 現実を見ていないですわ!」

 返されるのは正論。当然の言葉。

 

 「ふざけてますわ!信じられませんの」

 「……当然だと思う」

 こんなもの、おれでも分かる。欺瞞、夢想。実際にそんなこと、出来るはずもない。どんな大切なものも切り捨てる、そんな話は人には無理だ。

 心が、壊れてでもいない限り。

 「思っているなら、どうして!

 あの時他より護るべきわたくしを見捨てたりなどしましたの!」

 「それでも!おれにはそれしかないんだよ!

 忌むべき者、七大天に呪われた加護無し、こいつ本当は神話にある魔族なんじゃないのか。そんな風に言われるおれには、どんな机上の空論でも、世迷い言でも!皇族である事しか無いんだ!

 無いんだよ……理想論の皇族の体現を目指し続けるしか、おれに……居場所なんて」

 パアン、と軽い音がした。


 暫く何が起こったのか分からなくて。

 

 少しして、痛そうに右手を擦る少女に、自分の頬が叩かれたのだろうという簡単な答えに漸く気が付く。

 幼い少女の手では、仮にも皇子であるおれの防御を抜けなかったという奴であろう。無理もないのだが、何となく寂しくなる。

 自分が化け物な気がして。いや、沈むのは筋違い、そんな化け物(皇族)である事しか頼りにならないってのは分かるんだが。

 

 「そんな自己満足に、わたくしを巻き込まないで!」

 ヒステリックな叫びが、耳を打つ。


 そうだ。分かっている。変だ、なんて。

 それでも、おれは皇族であるという理想論を掲げ続ける。それは、おれとひとつになった本来の第七皇子だって同じだろう。だからこそ、おれが回避すべき死がある。

 元皇族である自分一人が、殿として残る事。自分一人が命を捨て石にするその行動でより多くの人間の命が確実に救える。故に、彼は原作のシナリオで殿を勤めたのだろう。皇族としての夢想論を貫くために、死ぬと分かっていて殿として皆を逃がし、そして死んでいった。


 だから、だからこそだ。おれは彼だ。今のおれは名前も忘れてしまった日本人の意志を持つ、第七皇子ゼノなのだから。

 その意志を曲げてはいけない、曲げるわけにはいかない。どれだけ辛くとも、苦しくとも、それもひとつになった『おれ』の意志だ。

 それがどれだけ馬鹿馬鹿しくても、貫こう。故に、やることは一つだ。そもそもおれが殿として命を擲つ必要が無いように、そのルートを辿らぬように、この世界を生きる、それしかない。

 

 「……そ、そんな。

 そんなのとこんやくしゃ、だなんて!

 嫌ですわ!こんなの!」

 「当然、かもな」

 おれだって嫌だ。自分より、見ず知らずの誰かを優先するかもしれない恋人なんて正直な話嫌だろう。

 それでも、おれはそうでなければいけない。それが、おれ唯一の存在意義だから。


 「でも、解消は出来ない。今更婚約関係を解消して、面子が潰れるのは両方だ。

 だから……ニコレット嬢。おれは、君が何をしようが、誰と恋をしようが、一切関与しない。こんなおれに、君を縛る権利はない。

 そして、君を本当に好いてくれる人が出来たら、その時はおれから婚約を解消しよう。本当の恋をした二人を引き裂くわけにはいかない、とね」

 口をついて出るのは、中々に相手に都合の良い話。


 けれども、それで良い。原作通りだ。

 第七皇子の婚約者な割に、原作のギャルゲー版でニコレットは最初から条件無く好感度を稼げるキャラであった。それは、皇子との関係が後ろ楯とかそういった政略のみであり冷えきっていると全員が知っていたから。

 故に、恋しようが何だろうが誰も気にしない。第七皇子なんて忌み子だしな。

 

 「……何か、企んでますの?」

 怪訝そうな目を向けてくる少女。

 「お、皇子さま……」

 横で聞いていた銀髪の少女は、なんというか複雑そうな表情で見上げてくる。混乱と、少しだけ顔を綻ばせたりと良く分からない入り交じった顔。

 

 「何も。おれという忌み子に、付き合わせるのは悪いって」

 「ふん。わたくしより、そこのやあの黒いのの方が大切なんでしょう?

 ええ、分かりました。こんな皇子こっちから願い下げですわ。何時か素晴らしい王子様を見付けて、あなたに婚約破棄を求めてやりますの」

 言うだけ言うや、明るい髪の少女は踵を返し、孤児院を出ていく。

 

 「……そんなんじゃ、ないんだけどな……」

 火傷で痒む頬を掻きながら、そう呟く。

 もしも。アナを見捨てなければ誰も助けられない事が起きたとしたら。おれの命でも、代わりにならないとしたら。その時はきっと、おれは……同じことをするだろう。

 血反吐を吐きながら。

 

 「……そうなの?」

 その声は、予想もしない音程で。

 「……ってアルヴィナ?何時から居たんだ」

 さも当たり前のように、黒い少女が何時もより更に地味なドレスで……いっそ庶民に紛れ込める貴族の女の子としてはみすぼらし過ぎて嫌がりそうな格好で立っていた。

 トレードマークにでもする気なのかぶかぶかの帽子と、貴族内では金無いんだなと笑われるミニスカートで、何時ものほぼ無表情。

 

 「こいつ本当はの辺り」

 「随分前だな!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 登場初期から主人公を忌み子の無価値でハズレな存在みたいに扱っておきながら自分の浅慮な行動で危険に陥ったら貶した主人公の婚約者という立場を主張する心底屑なおこちゃまやね こんな思考の攻略対象だ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ