旨い獲物、或いは襲来する三矢
「なぁゼノ」
駆け出そうとするおれに、背後から声がかけられる。
「エッケハルト?」
「いや、アナちゃん達の安全の為にレベルをって言うのは分かる。寧ろ何で忘れてんだボケ案件」
ぐうの音も出ないな。そもそも入学直後のアレでやらなきゃしてたのに、何時しかすっかり忘れてただけだものな。
「いや、ゼノ君って自分は民を護るものって感覚が強すぎて他人を戦わせること忘れても仕方ないって言うか……」
「傷付くのは自分だけで良いってのが皇子さまですから」
「いや、君達が弱いと本気で世界終わるんだけどさ!?」
すまないアナ、庇ってくれて有り難いが真面目に今はエッケハルトが正しい。間違ってるのはおれだ。
「何でガイストの奴とか避難民の方向に置いてるんだよ!」
「必要だろ」
「魔神族が彼等を」
その言葉にはいや、と首を横に。
「彼等が狙うとすれば此方くらいだ」
アルヴィナはおれの為に敵っぽい行動してるだけだから、被害をわざと大きくはしないだろう。おれと聖女という狙う名聞がある相手以外をそうそう傷付けには行かない筈だ。戦力を確実に倒すために集中して、弱い者は後からで良いとか言い訳しそう。
「じゃあさ!」
「狙いが分かってるならガイスト君達……に更に一部騎士団員まで要る?」
「要る」
「うーん、何で?」
その言葉に、苦笑しながらおれは告げる。
「リリーナ嬢、一番簡単にレベルを上げるにはどうすれば良い?」
「え?強敵を倒す」
「それは簡単な道じゃない」
「なら、皇子さまが言ってたみたいに、マナの強い場所で……」
「アナ、アレは体が強くないとぶっ壊れる危ない橋だから出来る人間は一握り。実際アステールとか耐えられないからってやらなかったくらいだよ」
語るおれの前で、エッケハルトが黙り込む。アウィルは聞きたくないとばかりに丸まり、シロノワールは興味を見せない。
「居るだろう、弱くて群れてくれて経験値の高い旨い生物が」
「え、私も狩れるかなそれ」
呑気に告げる桃色聖女と、血の気の引くアナ。
「リ、リリーナちゃん」
「リリーナ嬢。君にも殺せるさ。君になら喜んで殺されるかもしれない」
「いや、何か言い方が物騒だよゼノ君」
「聖女よ。物騒な話だ」
と、最初から知ってたろうシロノワール。
「え?効率の良いレベル上げなんでしょ?何が悪いの?」
「相手が悪い。おれの言う旨い獲物とは……一般人だ。人間は同レベル、同程度のステータスの魔物に比べて異様な程に経験値が高い。
だからこそ、騎士団長には相応のレベル、強さが求められるんだよ。凶悪な犯罪者ほど、人を沢山殺す事で一般的な人間とは比べ物にならない高レベルになっているから」
ちなみに、理屈としてはゲームでは言われてないが、恐らくは人間は七大天側に鞍替えした魔神族の末裔だからだ。そもそも世界の異物故か魔神族の経験値が異様に高いから、そうそう産まれない筈の最上級職にゲーム内ではぽんぽんなれるという設定の筈だしな。
お陰で、被差別者である獣人はというと(人間より魔神から遠い為)経験値が低いので、人権無いからといって虐殺されたりしない。これで経験値高かったら多分心ない奴等に人間様のお役に立てと絶滅させられてたろう。上手く何とか綱渡りしてるな、うん。
「だからだ、リリーナ嬢。ガイスト等は、正直な話魔神族対策よりは魔神に殺されたくないからレベルを上げたいと避難民殺しに行くサイコを止める為に居る」
居ないだろって?本当に居なければ良いんだが……自己中は何処にでも居るものだ。特に何処か空気が異様で、躊躇わず売国するアホが居たこの街でその可能性を無視できるものか。
無視させてくれるなら無視したいんだがな、正直な話!
「う、うん。私たとえ危険でも世界を滅ぼす悪い魔神だけでレベル上げたいかな……」
ドン引きといった顔の蒼白の唇の聖女が、ぽつりと言った。
うん、リリーナ嬢がまともで安心する。
降ってくるのは無数の骸骨と、いくつかの巨大なゾンビ。
「アウィル!派手に此方に居るぞと」
『グルゥ!』
咆哮と共に迸る雷鳴が、天へ昇り合図となる。
「……っ!」
恐れるように足を止める聖女に、おれはこれを言うのはそもそもおれがレベルもステータスも恵まれているからだと自嘲しながらも声をかける。
「大丈夫だ、アナ、リリーナ嬢。
此処にはアウィルが居る、おれも、現地の騎士団長も、エッケハルトも」
それに、と振り向かずに明るく続ける。
「そもそもさ、相手は魔神族。それを聞くと怖く思えるだろうけれど、大半は万色の虹界の産んだ混沌生物。この世界に生きる魔物の異世界版だよ。
神の与えた魔法の力なんて無い」
ちなみに、アルヴィナがバレなかったのは特別製の魔神だからだ。魔法能力を持ってる者は持ってる。
ただ、ゲームではモブエネミー相当の魔神族は魔法を使ってくることは無かったし魔防も0だった。人間に比べても魔法使いは極一部、そこまで深く警戒しすぎる必要はない。
「言ってしまえば、回復の魔法で殺せない代わりにステータスが低いおれの劣化版だぞ?大丈夫だ、君達には七大天がついている、負けやしない」
「それ自慢げに言うことかな!?」
「というか、その屍の皇女ってのは間違いなく魔法撃ってくるだろ!」
と、折角言わなかったことを追撃してくるのは、アナの横から離れないエッケハルト。何か服装が軽装になってるが、あいつの固有能力は勝手に武装生えてくるから何も気にしなくて良いか。アナ達?バリア用のもの渡してるし、不意の一撃くらい耐えてくれる筈だからその時間的な余裕をもっても護れなければおれの落ち度。それだけだ。
「大丈夫だ問題ない。あいつは絶対におれを最優先で狙ってくる。恋人のかた……」
肩に走る痛み。八咫烏姿のシロノワールが肩に爪を立てて止まったのだ。
……いや、痛いんだがシロノワール!?カラドリウス的には報われない恋だったのは知ってるし妹の名誉の為にキレてるんだろうけれど、恋人と言ってた方が因縁感あるだろ分かってくれ。
「仇を討ちに来る。その為におれを挑発しに来たんだから」
「いやだめです!皇子さまは魔法への耐性が無いんですから危険です」
「おれが、アドラー・カラドリウスを討った。おれの産んだ因縁はおれが終わらせる」
ってか、こんな格好つけ言ってるけどそもそもアルヴィナとは別に敵対してないしな!その旨を理解してくれてるのは当事者除くとノア姫、リリーナ嬢、あとは父さんくらいだからそれ以外に居られると正直困るっていうか。
アルヴィナと戦うフリをしつつ捕まえる素振りを見せてこっちに確保で終わりって、おれの為に確実に仕留めないとって思ってるアナとか居たら滅茶苦茶やりにくい。
「そう言ってるし任せようぜアナちゃん。
死んでも自業自得だ」
「死なせませんから」
エッケハルト、フォローしたいのかアナを怒らせたいのかはっきりしてくれ。
と、左肩に感じるのは小さな疼き。
来るか、既に居ないアドラー・カラドリウスの死霊。アルヴィナなら……いや、おれそこまでアルヴィナに詳しくないから可能性は普通にあるな。
だが、感じるのはそれだけではない。アルヴィナ本体と思われる何かの気配。
感じたことはないが、何処か懐かしい辺りそうだろう。カラドリウスのそれと違って何となく察知できる辺り、あれでも本当に魔神王の妹なのだと納得するしかない。
そして……1、2、3……合計3つの気配。おれはそんな存在を知らない。カラドリウス等四天王とはまた違うだろうナニモノカ。
「っ!楽して救わせては、くれないか」
ぽつりと呟く。おれは原作で此処で出てくるような敵を知らない。対応のしようがない。ぶっつけ本番……
「トリニティか。兄の誇りも何も投げ捨てたか、魔神王」
横で空を切る三本脚の烏が、静かな怒りを込めて告げた。
いや、お前の部下だろ魔神王テネーブル。
……あ、此処に居たわ、敵の情報知ってそうな上司。




