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脅迫、或いは天狼

「何だこの犬!?」

 犬扱いされてんぞアウィル?下から聞こえるそんな困惑の声に苦笑しながらも、聖女二人を連れて五階の窓からひょいと地面に降りた愛犬……じゃないな、天狼のアウィルを追って頭からくるっと宙返りしつつ窓を乗り越えて飛び降りる。

 ま、五階程度の高さからならそれこそ顔面で着地してもそんな痛くないんだが、普通に足から降り立って周囲を見る。

 

 飛竜を前脚でしっかりと抑えるアウィル、その背に二人の聖女、周囲を取り囲む突入班より多く……はないな。7人、同数か。

 いや、飛竜と共に目を回してる一人が居るから本来は8人だったか。

 

 総勢15名。全員が同じ騎士団だろう。ぞろぞろと連れ立って来た時に見覚えがある。逆に言えば、見覚えのない強者が居ないとも言う。

 

 「貴様!聖女様を」

 「いや、拐いに来たのはお前達だろう?」

 静かな威圧と共に、刀の柄に手を掛ける。

 

 「しめた!神器を持っていない」

 「だから何だ?」

 閃光が閃く。何事かと顔を出す泊まりの客の部屋の明かりを反射して煌めく刃が、空から降り立とうとした鉄巨人の腕を縦に両断した。

 

 「ふげっ!?」

 「アイアンゴーレムか。6歳の時には負けたが、もう負ける気はない」

 実際、今のおれのステータスってかなりアイアンゴーレムと同じだからな。HPが7割程度で、力が刀の分高くて、速と技と精神が相当上。その分魔法へのバリアとか積んでないから魔法にちょっと弱いくらいか。負ける道理がない。

 

 「な、何事!?」

 「忌み子が」

 「いえ!彼等から皇子さまが護ってくれてるんです!」

 矛盾する互いの主張をぶつける聖女と騎士団の兵士。おれと兵士なら当然後者を100%信じるだろうが、聖女となれば微妙なところだろう。

 

 「聖女様は騙されている!」

 「何一つ魔法が使えない忌み子にか?」

 そう、そこが数少な……くもない気がする忌み子の利点の一つ。魔法の一切が使えないと周知されていて、それを神に呪われていると解釈すればこそ、おれを忌み子と蔑める。

 つまるところだ、魔法を使ったんだろう!という言いがかりをおれ相手には絶対に振りかざすことは出来ない。言った瞬間、おれを忌み子ではないと認識した事になる。宗教的に人権の無い忌み子だから社会的におれにどれだけ暴言吐こうが構いはしないだけで、普通の皇族にやったら裁かれるぞあんな態度。

 おれに反撃される可能性を作るか、おれには不可能だと言うか、二つに一つ。どちらにしても、向こうとしてはたまったものではないだろう。

 

 「魔法でなくとも……」

 「恋の魔法ですか?」 

 と、アウィルの上で呟くアナ。

 「そうだ!恋の……」

 あ、固まったな。完全な誘導というか……恋の魔法も何もそれはただの自由意志だろう。

 

 ……アナの言うその言葉が嘘ではないと分かるからこそ何とも言い難い。有り難いが、そんなものおれが受けてはいけない筈で。

 

 「……アウィル?」

 『ワフ?』

 ふと、何時もとアウィルが違うことに気が付いた。

 何と言うか、犬だ。普段と違って甲殻も角も無いし、強靭な前脚は細いし……。敢えて言えば始水のグループが支援していた盲導犬養成施設に居た大型犬っぽい外見。白いから名前はプラチナムレトリバーとなるだろうか?

 

 「何やってるんだアウィル」

 「投降しろ、聖女様を奪わんとする忌み子め!」

 というか、向こうが殊更に正義を主張するせいで欠片も話が噛み合わないんだがどうすんだこれ。 

 

 「……奪うも何も、一応天光の聖女はおれの婚約者だが?」

 ……そのうちそうではなくなるけれど、今のところ時間が経てばおれと結婚する相手という扱い。

 「それは貴様が皇族の強権で無理矢理にしたものだろう!」

 「……そうだな。だが、聖女ならば真実の愛あれば皇族の言葉程度覆せる」

 現状最強は聖女。聖女が強く望めばおれのワガママなんぞ紙同然。くっさい台詞だが。

 

 「聖女とはいえ、武力で脅されては」

 ……いやそう来るか。しぶといというか……

 

 「アウィル、どうしたんだ?」

 更に問い掛けて……

 『「変な問題起きないように普段は犬のふりしてるんじゃよ?」』

 ……ああ、そういう。天狼種は目立つからな、似てる犬のフリして抑えててくれたのか。ちなみにこの世界の犬と狼は全く無関係の種である。人懐っこい犬という生き物の存在も神々が人を特別な存在としている証拠だとか教会が犬を持ち上げてたりするが、天狼や王狼様と結びつけない程度には別物。家畜化した狼なんかではないのだ。

 

 「偉いな、アウィルは。

 でも良いんだ。彼等が死なない程度に、問題を起こしてやれ」

 『ルゥ!』

 その言葉と共に一声無くとテクスチャが剥がれ、何時ものアウィルが一角を蒼く煌めかせて姿を見せる。

 顔を出したときは分かりやすく顔だけ姿を戻してくれてたんだろうな。

 

 「一角!?」

 「て、天狼種!」

 「……暴力で従えるのも無理なんだが?おれが幻獣に勝てるとでも?」

 「いや、天狼すらも騙して」

 「……天狼の知能は人間越えてる。それを騙せるならお前達もとっとと騙しているさ」

 『ルルゥ!』

 「えへへ、アウィルちゃん」

 と、アナがこれみよがしにその狼のちょっと硬い首筋に抱きつく。まるで仲良しさをアピールするように。

 

 武力という話を潰され、天狼という幻獣にまでも介入され、聖女に反論され……散々に道筋を消された彼等は互いに顔を見合せ、未来を探り始める。

 それを見届けて、おれは漸く本題の煽りに入った。

 

 「で、部下がこんな状況でも来てくださらない薄情か、そこの団長様は」

 と、これみよがしに団長について愚弄する。


 見たいのは此処だ。反応によって団長が絡んでいるのか、それとも一部の独断かが何となく判別付く。つまり……

 

 「団長は貴様のような」

 「少なくとも、月花迅雷があればそこらの騎士団長は一蹴できるぞ?ゴルド・ランディア境槍騎士団長、ガイスト機虹騎士団長……何よりルディウス皇狼騎士団長のお墨付きだ。それくらい、騎士団長が知らないとは思えないが……」

 うん、どんどんと自分が黒くなっていく気が……しないな!元からおれは真っ黒だ。

 

 おれの知り合いの騎士団長、それも皇の名を抱くルー姐の名を出して更に火をくべる。

 「余程縁がないか、或いは……お前達、棄てられたか?」

 とりあえず、団長無関係のパターンだったら後で本人に謝っておこう。見ず知らずの彼or彼女にそう誓いながら更に煽り倒す。

 煽りばかり上手くなる。マジでおれ何なんだろうな。

 

 「貴様!」

 「団長は来ない!これない理由が……」

 「団長がおらずとも!」

 口々に叫ばれるのは団長不要論。結構酷いと思う。うちの騎士団、頼勇中心感あるけれどそれでもガイストだってもうちょっと慕われてるぞ。元人さらいの前団長(今は後方支援が主)レベル。そして此処は国境近くだからそんな感じの脛に傷ある人材ではない筈で……

 「とりあえず、団長も身柄を確保しておくか」

 言いつつ相手の顔を読む。恐怖に縛られた相手の顔は口よりものを言うが、見えるのは怯えが混じる顔。

 

 この感じ、団長旗下で動いてないな?団長というおれ相手に何とかなるかも知れない戦力を巻き込むことを恐れている。

 それは恐らく、団長が関与していないからだ。団長に知られた時、おれではなく自分達に向かってこられると思っている。

 

 「理解した」

 尚も動いているゴーレムを一刀両断して停止させつつおれは呟く。

 エッケハルトは……問題ないな。あいつ何だかんだ七色の才覚使いこなしてるからな、何か捕まったんだろうが縄脱けしてどっかへ飛んでいくのがちらりとみえる。怪盗か何かかあいつ。

 

 「騎士団の兵舎へ走るぞ、アウィル」 

 「それ敵陣の真ん中だよゼノ君!?」

 「いや、違う!騎士団そのものは敵じゃない!えーっと……」

 「清流騎士団だ!」 

 「そう、清流騎士団そのものが敵な訳じゃない、ただ一部を動かしている者が居るだけだ!」

 「そうそう!」

 ……何かノリが良いな。

 

 「だが、お前らは駄目だ。とりあえず捕まっとけ」

 「ご、御無体な!」

 何か言っているが、流石におれの知ったことではない。聖女を襲ったんだ、謹慎でもなんでもさせられてろ。

 

 「皇子さま、でも本当に……」

 「アナ、騎士団を動かせる人間には3種類居る」

 「あ、はい」

 「一つは騎士団長。長なんだから当たり前だな。二つ目は危機的状況の民。これも当たり前だ、国家は民を護るためにある」

 そして、とおれは告げる。

 「最後は貴族。辺境伯以上なら大概の騎士団は動かせるし、皇族なら皇の名を抱く者達も行けるが……地元なら街の長なんかでも行けるだろう」

 

 そう、つまり……

 「えっと、わたしとリリーナちゃんを狙ったのは」

 「恐らくこの街を治めている者だ!

 団長は抱き込めないと思って抱き込める奴だけを聖女誘拐に投入した!」 

 それがどんな理由かは……分かる気がする。分かりたくは正直ない。

 

 と、その時、

 「きゃっ!?」

 リリーナ嬢がアウィルの上で悲鳴をあげる。

 鈍い地響きが、大地を襲っていた。

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