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宿、或いは奇跡

「お食事のご用意が出来ました」

 「ああ、すまない。直ぐに行く」

 宿の(プロ)の扉越しの言葉を聞いて、部屋を出て向かいのリリーナ嬢と合流。向こうは大部屋なんだけれど、ノア姫とは別室である。

 

 いや金が勿体無い気もするが、エルフと聖女……両方おれみたいな狭い部屋で良い訳もない。

 「あ、ゼノ君」

 と、扉から出てきたのは少し眠そうに緑の目を擦る桃色聖女。ふわぁと口元に左手を当て、右手をくっと伸ばして欠伸をすれば薄手の生地の部屋着が伸ばされてその胸が少し強調される。

 

 「リリーナ嬢。もうちょっと胸元隠してくれ」

 「うん、ごめん。そうだよね、ゼノ君以外の人も居るだろうに困るよね」

 と、慌てて胸元の布を重ねて抑えるが……そもそもおれは良いのかよリリーナ嬢。

 

 「うーん、ケープで良いかな待っててね」 

 「分かった。けれど……最初から気を付けてくれると助かる。おれ相手にもだ」

 「うーん、ゼノ君はさ、絶対に襲ってこないから何か安心し過ぎちゃうんだよね」

 「おれはペットか何かか?」

 「あはは、そうかも」

 そう言ってそそくさと部屋に引っ込む少女を苦笑しながらおれは待った。

 

 「……シロノワールも居るのにな」

 「気を抜いてくれる分には有り難いが」

 と、影の中から八咫烏は声だけを響かせた。現状表に出てくる気は無いらしい。

 「まあ、そうなのかもしれないが……」

 はぁ、と肩を竦める。

 

 本当に、リリーナ嬢は良く分からない。おれに対して現状悪印象を持っていないらしい事は確かだが、その先が全然読めない。

 ちょっとのんびりやでお花畑と言われても仕方ない夢見がちさで……ってそこは原作リリーナもか。といっても、あっちは太陽照り付ける夏の向日葵畑ってくらいの強さを感じるが。

 今のリリーナ嬢を例えれば、春の素朴な花畑……にちょっぴり主張の強い色の花を混ぜた感じだし、結構印象違うな。

 

 いや、別に良いか。印象違うしおれと同じで現実見えてるかと言うと怪しいが、根底にあるのは善意だ。少なくとも、幸せになりたいとは思っていても気に入らない相手を原作知識を使って破滅させたいとかそうした思想は無い。

 寧ろ、何時死ぬかも分からないおれに手を貸したいなんて言い出すくらいには、傷付く覚悟があると言えるかもしれないな。

 

 その分、あの態度分からないんだよな……

 おれの前では結構無防備なのに距離を感じるというか、フォース等の簡単に絡みに行けるルート有りの相手とも深入りはしていなかったり最近の言動から男性恐怖症の気があるんじゃないかと思うがそれにしては無防備というか……

 

 一瞬おれの事が好きなのか?と馬鹿を考えるが、おれは好かれるような人間じゃないし……何よりその場合絶対に手を出してこない事を喜ぶような言動にならなくないか?と妄言だと切り捨てられる。

 だから思考は堂々巡り。乙女心は複雑怪奇だ。

 

 と、薄着の上からケープを羽織ったリリーナ嬢を出迎える。

 泳ぎの有名なリゾートとなれば暖かな印象があるが、結局此処は湖の畔だ。そんな暖かなわけでもない。だからまあ、周囲から変に思われる問題はないだろう。

 

 「えへへ、お待たせ。

 ……あれ?」

 おれの周囲を見て桃色聖女が首をかしげる。

 「ねぇゼノ君。こわーいエルフの先生どこ?一緒に来た筈だよね?」

 「良かったなリリーナ嬢。ノア姫に聞かれたら補習だぞ」

 「はえ?」

 目をぱちくちさせる少女に苦笑する。

 

 授業は受けたけどあんまり真面目に聞いてないなさては?

 

 「リリーナ嬢。エルフは基本的に自給自足だ。そしてプライドが高くて自分を貫く」

 「うんうん」

 「だから、人間の用意した朝食なんて要らないわって言うよ」

 ぽん、と手が打たれた。

 

 「ああ、そういう事なんだ。

 あれでもアーニャちゃんとか、血のゼリー交換で貰ったとか色々言ってたよ?」

 「プライドが高いからこそ、自分が認めた事を相手の価値として認識してくれるんだよ。

 だから、アナやおれ相手だと結構優しいし合わせてくれるだけ。今回は絶対におれに合わせて朝食取る必要がある訳じゃないし……」

 階段を降りて食事が用意されているだろうホールに向かいながら窓の外を見る。

 「魚で有名な此処だ。外の屋台で食べるとかあっても可笑しくないから、和も乱さないしね」

 「そういうもの?」

 「そういうもの。5年で学んだ」

 

 ……っていうか、おれ5年もノア姫に助けられてきたんだな……と自分で言った言葉を噛み締める。

 そして、これからも世話になるわけだ。本当に頭が上がらないな。

 

 なんて考えていたら、5階建ての石造りの宿の一階、大ホールに着いた。

 宿自体は総部屋数132部屋。大きめの部屋ならば3~4人……家族皆で泊まれる大きさだから想定客数はもっと上。そんな人数のうち半数は余裕で入れる……なんて訳は流石にない食事用のホールである。

 頼めば部屋に持ってきてくれるが、おれはこちらを選んだ。おれの部屋に届けさせればリリーナ嬢がゆったり出来ないしデカいリリーナ嬢の部屋だとおれが訪ねたら女性の寝室に男がと変な噂が立つからな。そして、別々は宿の人に迷惑だし変なものを混ぜられてもおれが反応出来ない。

 公的な場で食べればそうした下世話な話からある程度聖女を守れるとなればこっちにしない理由が……

 

 あ。

 

 「いや、部屋の方が良かったかリリーナ嬢?」

 周囲に結構人が居ることになるなと思い、ふとおれはそう訪ねた。

 今は基本的に貴族階級のための時間。巨大なホールに10人居ないくらいのまばらな数ではあるが……リリーナ嬢的には人目が気になるかもしれないと考えていなかった。ちょっぴり男性恐怖症っぽいしな。

 「うーん、遠いから気にならないかな」

 少しだけ困ったようにツーサイドアップ……ではなく今はほどいた髪の毛の先をくるくると指に絡めながら、それでも少女はそう告げる。

 

 「でも、バレて人だかりとか」

 「いや、聖女は有名でもその顔まで知ってる人は少ないよ」

 「あれ?じゃあ……ってそっか」

 疑問を浮かべた少女の顔がすぐに綻ぶ。

 「私にしか使えないものがあるもんね。それで判別できるんだ」

 「そういうこと。演説の時は宜しくな」

 

 「ん?でもその割には視線こっちに向けられてない?」

 おれが引いた椅子にちょこんと腰掛けながら、桃色聖女は辺りを見回す。

 「それはおれの側。金で治せるはずの火傷痕も左目も治してないとかどこの貧乏貴族だって見られてるんだろ」

 「皇子様だけどね」

 悪戯っぽく笑う少女におれは頷いて、自身も四角のテーブルを挟んだ反対の席に腰かけた。

 

 「お嬢様方、貴女方は実に運が良い。

 本日の朝食は奇跡の野菜のサラダとパン、そしてお好みの肉料理で御座います」

 席について結構お高いガラスのグラスに注いだ水を飲めば、そんな事を良いながらスタッフの手によって朝食が運ばれてくる。

 貴族相手だから、朝からコース料理……みたいな形ではないがビュッフェ形式でもない。最初にサラダとパン、そしてメインが置かれて終わりだ。

 

 「奇跡の野菜?」

 「はい、湖の向こうより輸入した奇跡の野菜で御座います」

 ニコニコと告げられておれは首をかしげた。

 

 いや、向こうの国にそんなんあったか?

 「奇跡の畑と呼ばれる神域の畑で取れた逸品で御座いますよ、お客様」

 「わ!」

 どことなく輝いて見える葉野菜に少女は目をキラキラさせる。

 

 いや、確かに美味しそうに見えるが……見えるがだ。畑となれば主に土魔法の領分。向こうの国、そんなに牛帝信仰厚かったか……?寧ろ、交易だ何だといった流動的な産業が多かったと習ったような覚えがあるんだが。

 

 うちが道化主体で龍姫や王狼信仰も深い国なのと比べ、牛帝……ではなく彼と相性悪いとされる猿侯信仰主体じゃなかったっけか?そんな場所で牛帝の加護とか受けてそうな奇跡の畑なんて出来るか?

 

 いや、何処にあるともしれない牛帝の七天御物、豊撃の斧アイムールが実はあそこにあって……とか可能性としてはあるし、向こうの国とかゲームじゃ語られなさすぎて判別つかないんだけどな。

 

 っていうか、始水知らないか?

 『何でも私に頼らないで下さい。自分の御物の在処なら幾らでも分かりますが、私そこそこ猿侯と仲良しですからね。反目してるようで友達以上な仲間でライバルでしかない女神と晶魔と異なり、彼らは本気で反りが合わないんですよ』

 寧ろ相反する力とされるその二つを司る二柱が仲良しなのが初耳なんだがな!?だったら何でエルフに影属性居ないんだよ寧ろ。

 『同担拒否です』 

 

 …………さようか。

 

 「ゼノ君?」

 と、幼馴染神様にあまり今すぐの益にはならない話を聞いていると手が止まってると心配そうに顔を覗き込まれた。

 「ああ、少しだけ考え事。

 じゃあ、いただきます」

 「うん、いただきます!奇跡の畑の野菜かぁ……楽しみ」

 そんな風に楽しそうな少女にまあ嬉しいなら良いかなと思いつつおれもまず切られた葉野菜を一口口に運び……

 

 「美味しいっ!」

 「にっが!」

 あまりの苦さに無理矢理喉の奥に流し込んだ。

 ……とりあえず飲み込んで判別してみたが、毒はないな。馬鹿苦いだけだ。

 

 「……苦い?」

 「毒はないみたいだから、全部食べて良いぞリリーナ嬢。おれには忌み子だからかな」 

 小さな欠片をもう一口。

 うん、食べ物を粗末にしたくはないが、無理だこれ。

 「ちょっと苦すぎる」

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