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リリーナ・アルヴィナと合成個種(side:アルヴィナ・ブランシュ)

合成個種(キメラテック)

 彼のそう呼んだバケモノは、書物にあった人間の工夫の産物の一つ。ボク達に対抗するために、魔神族及びその世界の魔物達に勝利するために少しでも強いゴーレムをと太古に完成した難易度のかなり高いゴーレム作成方法。

 

 どんな人間でも、保有している力には指向性がある。それに反した力はゴーレムに付加することは出来ない。どれだけ凄いゴーレムマスターでも、自分の持っていない属性のゴーレムは作れない。例えば、水属性に類する属性が無ければ、水中適性のある魚のゴーレムは作れないように。


 だからこそ、特殊なゴーレムというものは難しい。それを解消するのが、合成個種(キメラテック)。保有属性のバラけた複数の術者が共同で同時に一つの素材から作製することで、様々な性質を持った万能のバケモノを産み出そうというもの。上手く合わせなければ合成に失敗してしまうし下手をすれば失敗作が暴走する事もある……と書いてあった。

 実際、作製に失敗した術者等がそのまま失敗作に食べられた事件もあったらしい。人間が攻めてこないから敵拠点に行ってみたら死骸の中を失敗作だけが闊歩していたという記録を読んだことがある。

 

 犬猫に擬態していたゴーレムパーツ等がメキメキと音を立てつつ一つになって形作ろうとしているのは、そんな合成個種の一種。その中でも、特に有名な代表的な形。


 火属性に類する獅子の頭。土属性に類する山羊の頭。風属性に類する猿の前腕。雷属性に類する狼の脚。そして……水属性に類する蛇頭の尻尾。5属性の形象を持つ三頭の怪物。その名を……キマイラ。絵本にもなるほど有名な合成個種。

 少なくとも三人が集まり作り上げられる恐ろしい魔獣。ボクが読んだ本では、更に結晶の翼が生えて女神の天属性以外の六属性集結していて。それよりは弱そう。

 

 「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 轟く悲鳴。

 「ニコレット!とりあえず下がれ!」

 「どうなってるの、何なのよこれ!」

 突然の事に、疑ってなかった子供達は大混乱

 ざわついていて、キマイラと彼の間をどよめく子供達の壁が塞いでいる。正直な話、邪魔。


 どうするか、と彼が悩んでいるのが見て取れる。彼でも、一息で飛び越えるのは無理だろう。招待されて混乱し、逃げることすら出来ないでいる子供達の壁は10m近くある。壁といっても隙間はあるしぎちぎちに詰められてはいないけれども。

 それでも、動き回っていて駆け抜けるには難しい。10mの幅跳びならば彼に出来ないとは思えない。けれど、子供の頭の上という高さを維持出来ない。

 

 「まずは離れろよお前ら!」

 いい加減にしろとでも思ったのだろう。最初から距離をとっているボクにそこに居てくれとばかりに目配せをして、彼は叫びつつ子供の壁に突っ込む。結局は、悩む時間が勿体ないという結論みたい。

 「っと!」

 「ちょっと待ちなさいよ!」

 「ニコレット!離れてろ!危険だ!」

 「そんなこと知ってるわよ!」

 「だからだ!ここは……

 おれが!止める!」

 袖を掴んだ栗色を振り払って、彼は駆ける。

 それを受けて、栗色の髪の少女は、愕然とした表情を浮かべていた。

 

 「なんで……」

 なんで、と言われても困ると思う。

 あんなバケモノを見せられて、自分を抱えて危険なところから連れ出してくれる騎士を彼に求めていたのだろうか。


 だとしたら、相容れない。彼を……ボクが観察してきた第七皇子ゼノという存在を全く理解していないから言える要求。民の最強の剣であり盾である事。

 それは自分すら捨てて多くの誰かの為に動くこと。炎に耐性は無く、自分の体が焼け焦げる事を承知の上で見ず知らずの少年の犬の為に燃える家に飛び込むのが彼だ。大切な友人だろうと、婚約者だろうと天秤に乗せるときは同じ一人。そうしてより多くを助けようとする異常者。そうであろうと出来るバケモノ。

 この年でそれだけ出来る彼は、何処か狂っていて。だからこそ真性異言にもそうでない生来のものにも思える。

 

 「せやぁっ!」

 仕込んだ骨の刀を抜き放ち、幼い少年が大きな獣に斬りかかる。キマイラの体部分については割と個人の裁量なところがあって。今回のそれは獣の肉体。鱗はなく、体毛は鋼にならず。だから金属ではない原始的な素材を基にした刀でも、十分に刃は通る。

 

 「っりやぁっ!」

 だから。これが必然。

 職員をやっていた大人達が反応する前に、完成したキマイラのその前腕を……一刀両断。


 肘関節から先を、骨格の隙間を通すような一刀で斬り捨てる。

 その背に、大きな影が重なった。

 

 「二体目!?」

 その声も無理もない。二体目……そう、二体目だった。

 同じ姿をした、もう一体の巨獣。彼が何とか食い止めようとしたその後ろから、それは現れた。

 

 「グギャオォッ!」

 その獣は吠える。ボクにとっては、かなり聞き覚えのある面白味のない声で。

 でも、そんなのは……ボクだけのようで。


 「っ!ぐっ!」

 彼がバランスを崩し、何とか右足で強く床を踏み叩いて留まる。それすら、凄いことで。

 「あうっ」

 「ひっ」

 「きゃっ!」

 「きゅぅっ……」

 とさとさと重なるように、怯えて混乱していた子供たちの体が地面に倒れる。彼一人……と、後は何にも影響のないボクだけを例外として残して。


 「魂凍(こんとう)のブラストボイス……」

 そんな名前なんだ、あの咆哮。一つ新しく知った。

 放たれたのは弱い相手を昏倒させる咆哮。抵抗出来なければ、どんな相手でも意識を失うという主にドラゴン種の使う技。お祖父様が珍獣……兄を寝かせるのにたまに撃っていたのを覚えている。

 ボクは……使えないけれども、確か八咫烏な兄は撃てたはずだ。人間の作ったゴーレムでも、それが出来るなんて。少しだけ、凄いと思うけれども。

 それよりも凄いのは、彼。耐えきってみせた。正確には、体が傾いて……そこから、立て直した。つまり、単純に効かなかった訳じゃなく、効いたのに昏睡しなかった。それが……驚嘆に値する事。

 「っ!アルヴィナ!」

 皇族特有の年齢からすれば可笑しい身体能力で、牙を剥くその化け物の体を足蹴にして飛び越えながら、此方を確認して彼は叫ぶ。


 「アルヴィナ!お前だけで良い!逃げろ

 逃げて、叫べ!」

 「……でも」

 「勝てるか分からない!おれが勝てなきゃ、此処に居るみんな……そのままお仕舞いだ!」


 「……三体目」

 少年が声を上げるのをやめ、合成個種に向き直る。

 「……そっ、か」

 自嘲気味に、彼はひきつったその顔で、笑う。

 自分を鼓舞するように。

 「一体だけじゃ、なかったもんな。まだ居るかもしれない、それなのに一人って……怖いよな。

 分かってやれなくて、ごめん。なら……」

 火傷の治りきらぬ手で、既に表皮の赤黒い瘡蓋が剥がれて血が滲み出しているその掌で握りこんだ骨刀を、すっと二体目の合成個種に向け、その少年は痛みに唇を歪め、吼える。

 「信じよう、親父を。託そう、気が付いてくれる未来に、希望を。

 そこまでは……」

 「ガキ一人が」

 そんな、ゴーレムを見守る犯人達の言葉を一蹴し、ボクの何十分の1の人生を生きてきたのか分からない……真性異言だとしても半分は絶対無い若過ぎる少年は啖呵を切る。

 「おれが!未来を繋ぐ!」


 ……本当に、恐ろしい。

 それが言えてしまう、その精神が。それを可能にしている、あの眼が。年齢一桁に出来る眼じゃない。それなのに、それが出来る特異点。だから、見守る。

 ボクが本気を出せば……多分、勝てないことはない、と思う。後の魔王(確定事項)な兄テネーブルほどではないけれども、ボクも魔神族の端くれ。数人永遠に……ボクの眷族にしてしまえばきっと片方、特に足を切られた方なら倒せる。後は、倒した方を永遠にして、生きてる方とぶつけるだけ。


 でも、見守りたい。それをしてしまったら、彼にバレるだろう。ボクが何なのか。皇族とは、多分相容れないものだって。そう思われるくらいなら、見守るだけの方がいい。

 

 骨の刀は割と耐久が無いのか、慎重に少年は事を運ぼうとする。もう一体の合成個種に対し、軽々しく刀を振るうことはない。牽制のように軽く振ることこそあっても、大振りの一撃はない。

 すぐに切り返せる、火力の無い振り方。抜刀術が危険だからあいつが刀を鞘に戻したら離れろよと兄は言っていたけど、その素振りもない。

 「まどろっこしい!」

 『グォォオッ!』

 術者の言葉に、個種の……山羊の頭が吼える。山羊って吼えるんだ、という言葉が出るけれども。


 それよりも驚いたのは、その咆哮する口から火が溢れ、火の玉になって飛んでいったところ。

 けれども、それは彼には当たらず……

 「っ!アルヴィナ!」

 彼が床から切り落とした個種の前腕を拾って投げ、火球を炸裂させる。

 ……それで、初めて気が付いた。あれは、彼ではなくボク狙いだったんだって事を。


 火傷ってどんなものだろう。痛い?多分そう。だって眼前の第七皇子ですら、時折顔を歪めるから。

 「……次は」

 ちらり、と術者ー職員をやっていた大人達が倒れている子供たちを見る。

 「……ちっ」

 「彼らに当てます。果たして、何人が生き残るでしょうね」

 「殺せない。殺したくて皆を此処に呼んだんじゃないはずだ」

 「ええ、そうですね。

 身代金が美味しそうならばそれを。そうでなければ、良い値段で売れるのですよ」

 「何処に」

 「聖教国にです。魔王復活の予言……聖女降臨への期待……聖戦の前準備として、力こそがものを言うこの国の貴族子弟は高く売れるのですよ。良い聖戦士となるでしょうから」


 「だったら」

 「勿体の無い事をさせないで下さいよ、第七皇子。忌むべき子に売り値などつきませんからね。貴方は不要です」

 ……?と、首を傾げる。

 ボクが人間のお金を持っていたら、全財産で彼が買えるなら買うと思う。価値がないなんて事はないはず。


 「……それと、彼等を殺せることに繋がりはない」

 「いえ。捕まったら一家(いっか)の終わり、背に腹は流石に変えられませんよ。

 というか、無価値に反応はないのですか気持ち悪い」

 「聖教国にも貴族の娘だなんだは居る。

 国同士の交流はあるのに誰一人おれの婚約者候補に上がらなかった時点で、分かってたよ。七大天の禁忌に触れた烙印の子。忌み子ゼノ。そんなもの、信仰によって成り立つあの国にとってはいっそ死んで欲しい存在なんだろうって」


 ……やっぱり、人間は全然分からない。

 彼に人間に特有の力がないのは分かる。魔法に対する不可視の障壁……というのだろうか、それが彼に無いのを感じる。でも、それが何?ボクには分からない。

 

 「……動くな」

 「…………」

 少年は、静かに剣先を下げる。

 「刀を捨てなさい」

 「……勿体無いんで、置くだけで良いか?」

 「どうせ、今から死ぬのにですか?」

 「おれを殺したら、親父がこわいぞー?」

 茶化すように、時間を稼ぐように。彼はおどけて肩をすくめる。

 「そんな筈はない。貴方が弱すぎた、それだけの事。事態を解決できぬ弱い皇子に価値はない。そんなものの復讐などお笑い草でしょう。貴方の父は、笑い物になるおつもりですか?」

 「その通りだよ畜生が!」

 叫び、彼は忌々しげに刀を近くの地面に突き立てて、その場から離れる。

 『キシャァッ!』

 音を立てて蛇頭の尻尾が伸び、その刀を足の斬られた方の個種が掴んで持ち去った。

 

 「……では。まずは……」

 『ゴォォォッ!』

 五体満足な方の獅子が吼える。

 その口から風が巻き上がり……渦になる。

 「ちっ!どうやって拐うのかと思ったら……」

 「その刀を投げ込まれたら内部に傷が付くところでしたが、もう問題ない」

 ……この魔法は本で読んだ。無限の道具袋とかそんな感じの凄い収納魔法。属性としては……風、影だっけ。

 使える人間は少ないけれども、使いこなせば生き物すらも袋の中に収納出来て持ち運べる凄いもの。中の居心地は最悪らしくて、基本出しても気分悪くて気絶してるらしいけれども。

 かつての魔神族と人間達の戦いで、凄い訓練と意志の強さを持つ一団……勇者一行が自分一人だけの転移魔法と無限の道具袋を駆使し、仲間全員を仕舞いこんだ道具袋を持って一人が敵陣転移、そのまま道具袋から出てきたグロッキー勇者一行が暴れまわるっていう戦闘前から辛い以外完璧な奇襲作戦で四天王の一人を撃破したって読んだ事がある。聖女伝説より、もっと前の話。

 

 倒れている子供たちが吸い込まれていく。遠いからボクは対象外で、第七皇子様は何故か風に抗って踏ん張れているけれど。どうやってるんだろうあれ。

 「な、何ですの!?」

 気が付いたのか、声がする。

 「ニコレット!」

 彼の横を吸い込まれていく少女の手を、咄嗟に少年は掴んだ。

 「きゃっ!なんなの!?なんですのこれ!?」

 「離すなよ!」

 「や、いた、痛いです!」

 少女の体はまだ吸い込まれていく状態。何とか彼が掴んで止めているけれども、腕は限界まで引き伸ばされていて、肩が外れそう。

 「痛っ!やめっ!」

 その顔に、彼の掌からの血が当たる。強く握りしめ、掌の瘡蓋が割れている。

 「血が……ちょっと!止めて……

 気持ち悪い……」

 ……確かに血が顔につくって気持ち悪いけど、今言うのはどうかと思う。


 「……くっ!」

 嵐は止まず。綱引きも終わらず。

 『コォォォッ!』

 その均衡を破るのは、もう一体の合成個種。その山羊が、再び火球を産み出していて……

 「今すぐ、その無駄な抵抗を止めなさい」

 「えっ?

 ちょ、離しませんわよね!?そんなことされたら、あの化け物に、た、食べられ……」

 大口を広げて口から吸い込む嵐を起こす獅子を見て、栗色の少女は呟き。


 「……全てを、守れる未来が、あるとしたら」

 静かに、少年は眼を閉じて呟きます。

 「えっ?嘘……」

 「ごめん、おれは……」

 皇子やるには、弱くてさ。

 その声は、山羊の鳴き声に掻き消されて。

 

 愕然とした表情のまま、栗色の髪の少女は獅子の口の中に消えていった。同時、放たれる火球。

 その炎が晴れたとき、少年は炸裂した場所から程遠く。苦々しげな表情で、何もなくなった掌を握りしめていた。

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