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ノア、或いは未来の話

これで勉強しなさいなと渡された本を手にリリーナ嬢が出ていった後、おれは少しだけ残れと言い残した少女はじっとおれを見ていた。

 

 嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく。ただ無表情に、飽くこともなく穴が空くように見つめ続け……

 シロノワールが戻ってきたところで、不意に空気が揺れた。

 

 「さて。話は良いのだけれども、一つだけまずどうしても聞いておかなければならない事があったわ」

 笑顔はない。お茶のカップも片付け、しっかりと椅子に腰掛けておれを見据えるエルフの姫に甘さがない。これは……真面目な時だ。真面目すぎるほどに。

 

 「ええ、アナタの気持ちは何となく分かってきたわ。だからこそ、ワタシは聞きたいの。

 どうしてそこまでして、魔神族を助けようとするの?」

 ほら、と肩を竦めるノア姫。肩出しの服装故に裸の肩がリリーナ嬢が消えて薄暗くなった部屋で小さな光に照らされ艶かしい。

 「魔神族は基本的に敵よ。分かっているでしょう?」

 「私は今は味方だ」

 「今は、ね」

 エルフの姫は暗く笑う。

 

 それはそうだろう。彼女は直接聖女伝説に出てくる祖父、ティグル・ミュルクヴィズから話を聞いてきた経歴があるのだという。なら、魔神族との戦い、そうした空気はおれ達よりも良く知っている。

 

 何ならシロノワールが一番知ってる筈なんだけど、とおれは横で一人寛ぐカラスを見るも、彼は縛られない奴だ。オルジェットの実を持ち込んで、机に右足を載せて座り囓っていた。

 絵にはなるんだけれども、うーん自由すぎる。

 

 「でも、アナタはちゃんと授業を受けられる程度には聖女伝説の時代を知っているでしょう?

 ならば分かる筈よ、ワタシは今でも、魔神族を信じられる理由が分からない」

 「シロノワール」

 キナ臭い話になるならばと思って声をかける。

 だが、青年はふざけるなと翼を一振りするばかり。

 

 「アルヴィナの敵は私の敵だ。いっそ殺そうか判断させろ」

 「……ええ、魔神族とは基本相容れないわ」

 睨み合う二人。一時結託はあったものの、基本的な歯車は噛み合わない。

 

 「アナタがそこまでするのは何のため?そのアルヴィナという魔神の為?」

 上目に見上げてくるエルフの姫。その瞳には、焔のような何かが見える。

 「それとも……あの魔神の呪いかしら?」

 「アドラー・カラドリウス」

 重苦しくその名前を呟く。

 アルヴィナの事を託して、最後まで彼女に殉じて死んでいった魔神の名を。

 

 「もしもそうなら、止めさせて貰うわ。

 死人の為に死のうとしないでくれる?」

 それは正論かもしれない。おれだって分かっているんだ。

 

 万四路はおれを恨んでいない。母はおれに生きて欲しかった。護れなかったってのは、毎夜おれを責めるのは、本当の彼等ではなく単なるおれの妄想だ、なんて。

 「そんなこと分かってる!」

 思わず語気が荒ぶり、エルフの長耳がびくりと跳ねた。

 

 「止めてくれる?図星だからといって」

 「違う!おれはおれの為に……」

 「だから、それが詭弁よ。

 言い方を変えるわ。アナタ以外で誰を満足させるために、アナタは敵を救おうと手を伸ばすの?」

 立ち上がり歩み寄ると、少女はその小さな手でおれの両の頬を挟む。

 そうして固定し、視線を逃がせないようにして見下ろす。

 

 「……答えなさい」

 同時、喉奥から溢れる苦味を飲み込む。

 【鮮血の気迫】。久し振りの感覚が相手の魅了を弾くが……それを止め、意識してあえて受け入れる。

 

 意識がすっきりする。少女の心を重く見て、そうして口が回る。

 「……ノア姫。おれがアルヴィナに言ったことは、嘘じゃない。

 確かにさ、カラドリウスに託された以上、絶対にやりとげなければって気持ちはあるよ」

 でも、とおれは固定される手を優しく掴んで剥がし、それでも眼を逸らさずに見つめ返す。

 

 「けれど、おれの気持ちの根底は……アルヴィナが魔神族だと知らなかった時からたった一つだ」

 「ほぅ」

 好き勝手するのを止め、シロノワールが唇を吊り上げる。

 

 「かつての聖女の時代は、手を取り合える未来なんて無かったのかもしれない。けれど、アルヴィナは違う。

 アルヴィナのような子となら、手を取り合える。殺し合うしか無かった時と違い、全てを護ることが出来る」

 それは、あの日アルヴィナに言った言葉と同じ。

 

 「おれはその未来を信じたい。アルヴィナ・ブランシュという友達となら行ける新しい可能性を諦めたくない。

 だからさ、ノア姫。おれがアルヴィナに手を伸ばすのは、その日の……おれが信じた未来の為だよ」

 「それは、アナタが未来を知る真性異言(ゼノグラシア)だからかしら?」

 その言葉には首を横に振る。

 

 「そうじゃない。確かに、魔神王までも倒した先に、最後まで殲滅戦を行うのではなく弱体化した魔神族からの停戦を受け入れるっていうのがゲームでの戦争の終わりだけど……おれが目指すのはそこじゃない。

 停戦より前の話。手を取り合う未来」

 その言葉に、シロノワールは当然だろうと翼を閉じて立ち上がり、エルフの姫は淡い金の髪を揺らして微笑んだ。

 

 「……なら、アナタは生きなければいけないわね。

 その未来を目指すならば旗頭はアナタ以外に居ないのだもの」

 「……ああ」

 ぎゅっと手を握り込む。

 

 「……でも、理解してくれるんだな」

 「当たり前でしょう?太古の魔神を七天がこの世界に受け入れた結果が今の人間よ。

 ワタシ達の神が魔神族とて世界という暖かな光に焦がれ変わっていく可能性を教えてくれているの。それを信じるというなら、女神の似姿であるエルフがそれを馬鹿にする筈はないわ」

 

 だから、と紅玉の瞳をおれと同じ高さに合わせ、少女は囁いた。

 「……その気持ちを忘れないで。アナタの未来を信じたワタシを、馬鹿に落とさないように」

ということで、長らく前振りでしたが次回からまともにvs屍の皇女アルヴィナします。

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