リリーナ・アルヴィナと明鏡止水(side:アルヴィナ・ブランシュ)
「これはー」
面白くない。
出てきた人がこれは素晴らしく珍しい種類のー、と大げさに解説する声が聞こえる。
とても、面白くない。くるくるカールした茶色い髪の子供は、彼には目もくれずに紹介される犬猫に夢中。だけど、何が面白いんだろう。
結局犬や猫。ちょっと姿が違うだけ。前に見せて貰ったゴーレムみたいに平面な訳でも、元居た世界の種みたいに目が3つあったり羽根が生えていたりする訳でもない。そんなの、何が面白いのか分からない。
犬や猫って人間世界の生物ってだけで珍しいのに。目が3つじゃないし、頭が1つだし、尻尾が分かれてないし、羽根だって無い。とっても物足りなくて、だからそれだけで面白いのに。
横目で横に居る少年を見ていた方がよっぽど楽しい。あの目ではないけれども。それでも、ぎこちなく微笑う時よりもすっと細められた目でもって彼等を見ている。
紹介されている動物ではなく、それを紹介している側を。ぶかぶかの服の下に仕込んだ小型の刀に軽く手をかけて、何かが起こるのを待っている。
それを眺めていた方が、代わり映えのしないちょっと色合いが見覚えがある感じだったりするだけの犬猫自慢より楽しい。
「普通、だな」
ぽつり、と。銀の髪の皇子が呟く。
「普通?」
「確かに珍しい種類だよ。でも、珍しいってだけ。アルヴィナも犬や猫の本を読んだら見たことあるんじゃないかな」
こくり、と。
実は読んだことは無いけど。
「そう。普通なんだ。わざわざ特別展なんて仕掛けなければいけないほどのシークレットな種じゃない。例えば、絶滅危惧種だとか……そういった大っぴらには出せるはずないけれども需要はそれなりにあるだろうものじゃ無い。
だから、変なんだ。現状……目玉のようになってたあの赤ブサ猫の横に並べておいても問題ないのしか出てきてない」
だからか、説明を遮らないようにそうちょっと頭一つぶん高い背丈から、本来の耳がある頭頂にちょっと顔を近付けて彼は言う。
赤ブサ猫……。あの赤いの。面白くなかった種類。高いんだっけ。
「……そう、かも」
「だから、さ。
この先に何か本当の目玉があるのか、或いは……って、心配しすぎかな」
「分かんない」
珍獣は言ってた。クソボケチートが来るのは、事件の臭いを嗅ぎ付けたからだって。
だから、事件が起きることは知ってる。その時の言葉や対応から、彼が真性異言か探りだせって言われてる。でも、それは言わないでおいて。
「ゲーム?」
「アルヴィナ?暇なのか?」
揺さぶりとして言ってみろと言われた言葉を呟いてみる。
ゲーム、と。それを言うと、ふっと色素が薄くて血液の色が浮き出た眼が、優しく此方を見てきた。
……うん。これはこれで綺麗だけど、何か、違う。彼のしてるべき目じゃない。
「暇?」
「ゲームって遊びだろ?だから、思ってたより珍しいものが出てこなくて暇なのかなって。
多少なら付き合っても良いけどさ」
……空振り。真性異言はゲームって言葉やシナリオって言葉に過剰反応しがち、らしいけれども反応は普通。気遣われた。
「……ゲーム?」
「やりたいのか?
って言っても、あんまり面白いことは出来ないし……
賭け事、って言っても今だと事件が起きるかどうか?いや駄目だな」
「駄目」
こくり、と頷く。
勝負にならない。絶対に勝てる。負けるはずがない。だって、今のところ兄の言った事は外れたことがない。絶対に外れないなんて言わない。つまらないとかクソ野郎とか存在そのものが罪とか兄がとても口汚く罵倒していた彼は、見たところとても面白い人だったし。
だから、全てが当たる訳ではない。でも、出来事に関しては間違いは中々ない。
だから知っている。兄に言われた。目の前の皇子が懸念していたように、面白くない出し物をやっている彼等は問題を起こす。それが、彼と茶髪カール娘の決定的な亀裂になると。
今のボクには何で断言できるのか理解できないけど、それが真性異言。未来を何故か知っている者。
結局あのクソボケに解決されるから心配するな、万一何か起こりかけたら解決できるはずなのに手を抜いたあいつの責任だって言われているけど。
「事件、起きる」
「じゃあ、起きない方かおれが。……おれが勝つべきだし、ゲームになってないんじゃないか?」
「なってない。もう、起きる」
すっ、と彼の目が細まる。目に宿る炎、って感じじゃない。燃えるような使命感と良く聞くけれど、これは違う。火傷した方はひきつっていてそう見えないけれど、これは……って脳内の読んだ本の内容を辿る。
そう。良い言葉があった。澄みきった鏡のような水面を思わせる眼。ただ一つ。皇族であるが故に理想論として語る言葉『民にとって最強の剣にして盾であるべし』。
それ以外の全てを忘れた、皇族の眼。辛いも苦しいも、全てを水底に沈めて光を返し見えなくしたその水鏡のような、ゾクゾクする眼の名は……敢えて言うなら、
明鏡止水
そう、この瞳。とっても危うくて、あまりにも歪で、だからこそ、欲しいと心が沸き立つ瞳。
真性異言かどうか、未来を知っているかどうか。そんなの、この眼の前には関係ない。この眼が出来てしまう時点でそんなのどうでも良い事に成り下がる。
明鏡止水、そういった全てを水底に沈めた、曇りなき帝国皇子であろうとする眼。どんな事を知ってても、どんな事を思っていても、逃げず退かず皇族としての理想を強引に体現する。
それが、とても綺麗で。ボクにとってあまりにも眩しくて。
ボクだけを、その明鏡止水の瞳に映してみたくて。
『『『ぐぉおぉぉぉぉぉoオオォォア!』』』
奇声を上げながらメキメキと音を立てて肥大しつつ変質してゆく今まで見せられてきた犬猫達。やっぱり、何かあった。
「合成個種!?変なもの仕込んでやがったな!」
なんて彼の叫びを、その眼を眺めつつ聞いていた。