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裁き、或いは再会

「シエル様、そう短気にならないで欲しい」

 掴まれる手を、包帯に指が掛かっている事を良いことにそれをほどくことで抜け出しつつ、静かに告げる。

 

 そりゃ、おれだって味方してくれるのは嬉しい。でも、聖女としてやるべき事はおれなんかをただフォローすることじゃない。これを受けちゃいけない。

 だから毅然と拒絶し、刺々しい空気を纏う異端抹殺官(サバキスト)の前に立つ。

 ってか、サバキストって凄い名前だな……。二度程聖教国に行ったことはあるわけだが、殺意の籠った視線なら沢山向けられていた。それが彼等だったのか……せめて審問くらいしてからにして欲しいものだ。

 抹殺官って、最初からこいつ異端だから殺すというように一方的に結論付けているじゃないか。

 

 キィン、と小さな起動音。恐らくだが、頼勇が助けは要るか?と父たるレリックハートを目覚めさせたのだろう。

 おれの背にしっかりと緑の光が当たるのが分かる。

 「竪神、シエル様を頼む」

 「皇子、良いのか」

 「ああ、これは……」

 ぱん、と自身の頬を叩く。

 「おれ自身が向き合うべき問題だ」

 「分かった。とりあえず……アイリス殿下には聞こえないようにしておく。

 後で好物でも持って自分でご機嫌取りに行ってくれ」

 おれの言葉を受けて、青き青年はさりげなくおれとアナとの間に割り込んで壁になってくれた。

 

 「竪神さん、退いてください」

 「そうそう、ゼノ君ってこういう時一人で勝手に自爆しに行くんだから!」

 ……信用無いなおれ!?

 

 「サバキスト、か。

 一応、おれはヴィルジニー様の恩人ではある筈なんだが……その辺りはどうなんだ?」

 そう、ユーゴ相手にアステールの命を人質に婚約要求されていたようだが、それを止めたのは一応おれ、とエッケハルトだ。

 おれのやるべきことではあったし、感謝しろとは言わないが……情状酌量の余地くらい無いのか?と問い掛けるが……

 

 「貴様等の不始末を貴様等が正した。罪を購う事を恩として押し付けるな」

 心底嫌そうに吐き捨てられるのは取り付くしまも無い答え。

 「ああ、そうだな」

 いや、確かにそれはそうなんだよな……。実際、おれのやらなきゃいけない不始末だと介入した以上、この返しに反論のしようがない。

 

 「いや可笑しいですよ!?」

 「可笑しくない、シエル様。これが、普通の答えだ」

 「普通じゃないです!」

 「うん、正直ちょっと変だよこの設定!」

 なんて、リリーナ嬢すらも荷担する。

 

 が、いや、これが普通だ。

 「聖女様方。何を(ほだ)されているのです。それこそ、この魔の者の思う壺」

 その言葉に、おれの背で空気に徹しているシロノワールがくつくつと笑う。

 いや、おれからしたら反論の余地がないんだが……ついでに、自分の方が魔だと笑わないでくれ。

 

 「いやいや、ゼノ君何か悪いことした?

 私を助けてくれたりはしたけど」

 「そうです、例え万が一産まれてきた事が罪だったとしても、皆の為に頑張ってきた皇子さまをそんなに貶めるなんて可笑しいです!」

 「そんなもの、罪を購おうとしているだけの事。

 ヴィルジニー様を助けた?聖女様方を救った?だからもう良い?」

 嘲るような笑みを、異端を抹殺するという彼は浮かべる。

 「何を馬鹿馬鹿しい。生きることが罪である忌み子が、生きていて良いのは我々の為にその命を使うからでしょう?そう、このおぞましい帝国の皇族のように」

 「お前」

 「頭が高いぞ忌み子!我等は七天の加護を受けその教えを伝える神の使徒、貴様が口を開く事すら本来許されない相手だ」

 ……だってさ、ティア。

 

 思わず流石にあまりな言葉に幼馴染に話を投げるが、返事がない。

 『兄さん、話しかけないで下さい。兄さんの前では頼れる幼馴染神様で居たいんですから。

 これ以上、平静を保てなくなる言葉を漏れ聞かせないで貰えませんか?』

 ……悪い。

 うん、これはおれが悪いな。始水が機嫌を悪くするなんて分かりきってたろうに。

 

 「ヴィルジニー様を助けたと思い、それを誇っているようだが違うのだ忌み子。

 助けさせてやった、生きていて良い理由を貴様にくれてやったのだ」

 ……ああ、そうだな。

 「助けられて当然なんですか!」

 「腕輪の聖女様。既に無い筈の貴女の過去に何があったとしても、それで今を見失ってはならない。

 忌み子は、存在してはいけない化け物だ。それを、呪いをもって神々は伝えてくださっている」

 そうでなければ、と男は大振りに手を広げて勝ち誇る。

 「何故、忌み子はほぼ流産する?如何なる理由で産まれた時に母を殺し、神々の与えた奇跡たる魔法を、己にとって都合が良いものだけ呪いに変える?」

 

 少女に手を差し出し、男は説法する。

 魔法で後光すら射させているが……それは流石にやめた方が良くないか?神々しさを出すためかもしれないが、七大天すら馬鹿にしているようにも見えるぞ。

 「答えは一つだ。我等が七天が、おぞましき怪物である忌み子を我等が世界に産まれ落ちぬように呪っているのだ。全ては我等が幸福と安全の為」

 いや、まあ、魔神への先祖返りって事を思えば、誰が何と言おうと産まれてこない方が良いのは間違いないが……

 「それが分かれば、忌み子は()く己の命を絶つべきなのだ」

 「そうすべきなのは当然だろうが、悪いがそれは出来ない。

 おれは、おれの母の願いを、自分の身勝手で台無しにするわけにはいかない」

 「そうです、皇子さま!」

 ……いや、アナ?そこで同意されると火に油を注ぐに等しいんじゃないか?とうんうんと頷く少女に思わず振り返って突っ込みかける。

 

 「例え生まれがどうでも!皆の為に頑張ってきた今、そんなこと言われる必要なんて……」

 と、サイドテールを揺らし、期待を込めてか少女は澄んだ瞳でちょい遠巻きに取り囲む皆を見る。

 まるで、その自分の言葉に同意して欲しいかのように。

 

 それを受けて、おれは静かに踵を返す。

 だってそうだ。来る言葉なんて、とっくの昔に知っていたから。

 

 「いや、それは……」

 口ごもる声。

 「化け物」

 アレットの声。

 「皇族として俺達の為に死んでくれるから、まあ許してるけど……」

 そんな、誰かの当たり前の声。

 

 そうだとも。おれが化け物だなんて、一番おれが知っている。だからこそ、皇族として在り続けなければ、生きている意味がない。いや、生きていてはいけない。

 「え……」

 すっと、少女の瞳から光が消え、顔から表情が抜け落ちる。

 「どう、して……?」

 

 それを尻目に、おれは場を離れてゆく。


 「皇族が皇族として偉ぶって権力を持てるのは、化け物の力を持つからじゃない。その力を民のために使うからだ」

 「皇子さま、でも!」

 「忌み子も同じだ。民のために戦って民のために死ぬ、それをもって世間的に生きていることを許される」

 だからこそ、弱さを見せればお前要らねぇという風潮が強まり、原作みたいに追放される。

 それは普通の事で。おぞましい化け物であるおれにとって、当然の事。それくらいの保障無くして、忌み子と共存なんて普通の人間に出来る筈無い

 「言ったろ、アナ。おれはおれの為にしか動いていない。生きていることを許されるために、勝手にやってるだけの事を、感謝される謂れはない」

 扉を潜る。

 

 「待っ……」

 「皆のもの、宴に水をさしてすまなかった。失礼する。

 シロノワール、竪神、後は任せた」

 それだけ言って、引き留める少女の手を振り払い、一気に外へと駆け抜けた。

 「逃げるのか、罪から。今は兎も角、必ずや……」

 なんて背にかけられる声を無視しながら。

 

 そうして、雨の降り始めた空を見上げて一つ溜め息を吐いて……

 不意に、目の前に誰かが居る気配を感じて、目線を落とす。

 同じ高さには……居ない。更に下げると見えてくるのは、喪に服す貴婦人が被るような黒いヴェールを目深に被った、小柄な少女の姿。金の糸刺繍のされた黒いドレスには、濃い赤のレースが踊り、あまり無い胸元には青い巨大な宝石のネックレス。

 「馴染めない、人?」

 

 ぽつりと語りかけられる言葉。ひょっとして、パーティーのような場所は気が引けるって引っ込み思案な……ってちょっと待て、この声は!

 「アルヴィナ!?」

 その言葉に、ドレスの少女は何も答えない。ただ、しっかり被ったヴェールがずれて白い毛に覆われた三角耳の先が露出した。

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