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リンゴの酒、或いは母の思い出

「それで、どうしてこんな阿呆に育ててしまったのよ」 

 「まあ待て。(オレ)としても素面で語るには重苦しい話だ」

 銀髪の男が目の前で指を一つ弾くと、その指から炎が放たれ……卓上に姿を現すのは赤みがかった黄金色の液体。既にグラスというかコップに注がれた酒である。しっかり氷が入ったものが一つ、氷の無いストレートが一つ、そして……濃厚なリンゴのような爽やかな香りの中にふわりと漂う刺激臭。

 良く見れば、最後の一つは赤みがない色。様々な薬の材料叩き込んだ所謂エナジードリンク系では無かろうか、これ。いやおれ全然飲んだこと無いけれど、始水の護衛の人が時折缶の中身を開けて相伴していた事は覚えている。確かあんな色じゃなかったっけ、ゴールドスターグループの傘下企業が売ってたというニホンで四番目には売れてますが?と半端に始水が自慢してた奴。

 

 「貴様にはこれだ。龍姫が人々に教えたという教会秘伝の禁断のヤクだ。飛ぶらしい」

 「いや危険そうな言い方しないでくれないか!?」

 まるで違法薬物じゃないかそれ!?

 

 「まあ、実際は翼が生えると比喩されるくらい活力が沸いて体が軽くなるらしいな。

 (オレ)には不要だが、疲れは取れるらしいぞ?七天教の秘伝だが……」 

 ふっ、と男は笑みを浮かべる。

 「あの銀髪の娘が本当は教会を離れてる今のわたしが勝手に作っちゃ駄目なんですけどと言いながらついさっき持ってきたらしい」

 「アナが……っと、シエル様がそのようなことを」

 

 「此処ではどちらでも構わんわ、言い直すな。

 ちなみにだが、スターゾーンと言うらしいぞ?良く知らんが、味わって飲め」

 ああそうだ、スターゾーン(無敵領域)って名前だっけ。星は国民的ゲームで無敵の象徴でありグループの名前でもあるから。

 ……ってマジであれかよ!?完全にエナジードリンクだこれ。

 『その実魔法もモンスター素材も使っていない美味しくて素材が集めやすくて兄さんにも効く便利な秘伝の薬ですよ。傷は心身共に治りませんが活力は湧きます』

 

 あ、無事だったか始水。

 突然の声にほっと息を吐く。


 『ええ、何とか。今は兄さんの方が立て込んでいるようなのでこれで話し掛けるのは終わりにしますが、後で愚痴に付き合ってくださいね』

 大丈夫か?と内心で聞くが、

 『分かっていた事です。《意義》の終末を召喚しようとされた時点で、魔神王があの群青の聖剣のオリジン……のパチモノを持ち込んでいる事くらいは』

 って、要領を得ない答えが返ってくる。

 

 いや、恐らく魔神王が出てきたとかかなりヤバそうな話なんだろうが、今は止めよう。後できっと話してくれる。

 

 「で、話は終わったか」

 「父さん?」

 「そこなエルフが遠い目をしていて、水臭い。恐らく契約を交わした何者かと話していたのだろう?」

 『ククゥ?』

 「そちらではないわ天狼」

 言いつつ、伏せて自身を見上げるアウィルの姿を父は少しの間見つめ……

 

 「ああ、そうか」

 と、何か気が付いたように頷くと、ひょいと取り出した干しリンゴをほいと投げた。

 あ、そうだな。アウィルの分が無かったのか。喜んでリンゴにかぶり付く狼を見て納得し、自分も一口。

 

 かっと熱くなる感覚はあるけれど酩酊はしない。これがエナジードリンクって奴なのか。全然飲んだことがないから知らないが良いものだ。

 

 「あら、前とは違うお酒ね。前より強い」

 と、炎の鞭により手元に氷入りの方のコップを渡されたエルフの姫が自分より濃い金の酒を一口煽って告げた。

 「まあな。同じくリンゴの酒だが、阿呆の母と出会った日のものと同種に変えた」

 

 と、唐突に語り始める父。

 へぇ、ノア姫とサシで呑んだことが……って思うが、それはそれとして話に入る。

 おれ自身、血筋の上での母について、マジで何にも知らないからな。出会いに酒が絡んでいたなんて初耳だ。

 

 「……お酒で出会ったの。いえまあ、別に馴れ初めとか聞かされても良いけれど、必要なことは忘れないでくれる?」

 「この阿呆がどうしてこうも阿呆になったか、教育の間違えた点だろう?知っているとも」

 「というか、アナタ子供何人よ」

 「息子が9、娘が4だ。妻は累計で7人」

 「累計って何よ、捨てたのかしら?」

 「いや、3人死んでな」

 その言葉に、それもそうねとエルフは溜め息を吐く。

 

 「ええ、そうね。何だかんだ阿呆阿呆と言いつつ忌み子として一蓮托生に白い目されるだろう彼を捨ててないのだもの、流石に変なこと言ったわ、ご免なさい」

 その言葉に銀髪の炎皇は苦笑する。

 「素直な事だな。

 

 あの娘と出会ったのは、そうアルノルフの結婚を祝うパーティでの事だ」

 「誰よそれ」

 怪訝そうなノア姫に、さらっと宰相の人ってフォローを入れる。

 

 「ああ、あの幸薄そうな男ね」

 「そやつだ。その時にな、シュヴァリエの阿呆が謎の言い寄りを噛ましていた」

 くつくつと彼は笑うが、苛立たしげに足で床を小さく叩くのが見える。本当はそう愉快な思い出ではないのだろう。

 

 「阿呆の母……ジネットはそんな時に見かけたハウスメイドだ」

 「ハウスメイド……ああ、家事をするけれど護衛はしないタイプのメイドの事ね。

 サボり魔だったけれど、プリシラというあの女みたいな」

 「ああ、そういう奴だ。オリオール家に雇われた平民出の……いや七天教の教会に育てられた元孤児と言っていたか。その辺りは(オレ)もロクロク聞いてないが」

 呆れたような紅玉の瞳が父を射る。

 

 「いやアナタの妻の事でしょう、曖昧すぎない?」

 「知らん。必要なのは過去ではなく未来だ。自身が関わる以前の事など、思い出したくないなら触れんで良い」

 「で、どんな人よ」

 父からそれた瞳がおれの髪をじっと見つめる。

 「見る限り、髪と瞳の色は父親譲り。魔力に染まらない以上、母の面影無さげじゃない」

 「無いな。ゼノを見てジネットの事を思い出せるような面影は何も無い」

 「そう、なのか……」

 呟いておれは自身の手を見下ろす。アルヴィナにはおれ自身が形見みたいなものと言ったが、それっぽさ無いのか……

 

 「まあ、な。とはいえ、後先を考えんところはあやつ譲りかもしれんが」

 「アナタもでしょう?両親がこれだもの、もう馬鹿は血筋ね」

 そんなエルフの失礼な物言いにも、男はふんと笑って。

 

 「まあ、当時シュヴァリエが文武の頂点に立たんとしていたところ、次の皇帝が(オレ)。故に宰相はアルノルフの奴だと一挙に押し通されて全てが狂ってな。

 お陰で酔わせてでも何でも不貞を働かせてしまえばと言わんばかりに新妻に絡もうとしていてな。

 その前に立ちはだかり、奥様の代わりに勝負しましょうと酒を持ち出したアホメイドがジネットという訳だ」

 そして、その勝負に使われたのがこれ、と父は一気にコップの中身を煽る。

  

 「ああ、貴様は飲むなよゼノ。潰れるぞ」

 「潰れるのか……」

 強い酒なんだろうか。

 「強いどころではないな。銘を鬼滅酒。一杯で牛鬼すらたちどころに酔い潰すというものだ」

 

 その言葉に、幼い外見のエルフは更に一口とつけかけた唇を慌ててコップから離した。

 「何てもの飲ませてるのよアナタ!?」

 「安心しろ、ジネットと違ってしっかり薄めてある」

 「まあ、それならアナタの語る思い出の為として許してあげるわ。

 それにしても、薄めてても強いわね……」

 ちびりと行儀良く口をつけるエルフの姫の頬は少しだけ赤い。酒が入ると赤くなる……ってのはおれだって知ってるが、結構艶かしいというか……

 

 「まあ、これが元々の酒を7倍に薄めたものだ。結果、涼しい顔のジネットの横で年若いメイドですら気楽に飲めるならとばかりに一気に原液を今(オレ)が持つコップ以上の大きさのグラスで煽ったシュヴァリエの奴は酔い潰れておねんねした」

 くつくつと笑い、濃い黄金色の二杯目を注ぐ父

 いや、そんなこと言いながら普通に飲んでる辺りこの親父化け物なのでは……?と思ってしまう。

 

 「まあ、結果新妻は簡単に護られ、メイドに飲み比べで負けてぐーすか寝込んだシュヴァリエ公爵は大恥。そこから歯車が狂ってどんどんと昔の栄華から公爵位を固持するだけのお飾り貴族へと落ちていったという訳だ。

 そして、果てはお前も知るだろう」

 その言葉に頷き、その名を呟く。

 

 「ユーゴ・シュヴァリエ」

 「然り。良く良く考えれば、母子(おやこ)に揃って女を手籠めにする計略を潰されている訳だな、シュヴァリエの奴は。

 

 それは今は良いか。兎に角だ、(オレ)はその一部始終を見て愉快な女だと当時16のハウスメイドを親友から買い上げたというのが、こいつの母との出会いだ」

 どうだ?と静かに見据える皇帝に対して、そもそも質問したエルフは……

 「両親健在でも心配な境遇なことは分かったわ」

 と、その特徴的な長い耳を少し垂らし、肩を竦めて答えたのだった。

ちなみにですが、この世界の成人は15です。その為問題ありませんが、現実世界では20歳になってからを守りましょう。

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