桃色聖女と絶交(side:リリーナ・アグノエル)
「……げっ、って酷くないか?」
そうぼやくんだけど、火傷跡のせいで表情が全体的に硬い(だって、そもそもゼノ君のCGでちゃんと笑ってるのエンディングと……後はゼノアイリス支援A+の兄妹の一枚絵くらいだし)ゼノ君だから表情は読み取りにくい。けど、怒ってはいないよね、多分。
というか、ゼノ君ってぜんっぜん怒らないもん。初対面で私をたしなめた時だって……
あれ?あの時何で私に優しくだけど謝れる?って注意してたんだっけ?あの時の私、一人ぼっちだろうゼノ君に話に行ったくらいだよね?
交流が目的なんだから婚約発表のパーティーだとしても男の子の方に話し掛けたらマナー違反!なんて無い筈。
まあ、ダンスパーティなんかだと、多くの人と交流するべきだから余所でやれとばかりに、婚約者でも何でも複数曲を同じ人と踊るのはマナー違反だったりするんだけど……そういうのも無い筈だし。
これでも私、一応淑女としての教育くらいちょっとはしてきたんだよ?別に王妃とかになる訳でもないし望まれる地位でもないからそういった教育は無かったけど。ゲームでも皇族の攻略対象は居るけど、継承権第一位のシルヴェール様ルートだと最終的に皇位を妹のアイリスに任せて二人で復興と未来のために王都以外にも学校をってところで終わるんだよね。
「疲れたのか、リリーナ嬢」
って、少し心配そうな声に耳を打たれて正気に戻る。いや、今物思いにふけってても意味ないよねこれって。
そうして、受け取るのは……
「すーぷ?」
「皆疲れたと思うからさ。用意した。
すまない、変なタイミングで持ってきてしまったようだが……」
と、関節部分が完全に折れてぷらぷらした指を纏めて包帯で巻く事で軽く固定した右手のカップを振ってゼノ君は呟く。
「そ、そんな事無いよ!」
慌てて受け取る私。
湯気を立てるのは暖かいカップ。両手で握りこんで一口すすると中身は……
「結構しょっぱいね……」
塩の効いた味。
「疲れには甘いものだろ」
「すまない」
って、自分も受け取って文句をつける炎髪の彼にそうだな、とゼノ君は曖昧に笑った。
「次があれば甘いものを用意しておくよ」
「そうそう、アナちゃんも好きな林檎味とかオススメ……ってそうじゃないわ」
あ、一人ノリツッコミ。
「ゼノ、お前」
少し警戒心があるのか強張った顔でゼノ君を穴が空くほど見つめるエッケハルト君。一気に飲み干したのか魔物素材?なスープカップは即座にぷらんと無造作に指に引っかけるだけにして。
「言えよ、エッケハルト。
おれに言いたいことがあるんだろう?リリーナ嬢に投げつけて困らせるより、直接ぶつけてくれ」
うわぁ、ってなる。
駄目だよゼノ君!ゼノ君らしいといえばらしいけど!それ普通に無神経だからね!?
そんな感じで無言の訴えはするんだけど……それが分かるようなゼノ君じゃない。
あわわ、どうしよう。エッケハルト君って、あの子関連でゼノ君に恨みとかあるよね?助けて貰ってるからそれはそれとして呑み込もうとか思ってたんだろうけど……それを吐き出せって言われたら。
「じゃあ言ってやるよ、ゼノ。
俺はさ。お前の事ヤバイところはあるけど友人だと思ってたよ」
「おれは、今も友人だと思っている」
「どの口が!」
顔を赤くして叫ぶ声。握り締めた拳が震え、足にも力が籠るのが見て分かる。
「お前、正気じゃないよ」
その言葉に、どこか寂しそうに灰銀の髪の青年はうなずきを返した。
「そうだな」
いやそこ認めちゃうの!?私ゼノ君がわからないよ……。いやゼノ君だしそうなのは分かるけど!行動は理解できても心境が分かんないよ!?
ねぇ、これからも仲良くしたいのかしたくないのかどっちなのさゼノ君!?私もちょっとくらいフォローしてあげたいけど動けないよこれじゃあ!
「あいつら明らかに世界観違うだろ」
「ああ、この世界にとって異物なのは確かだな」
「……俺さ。お前の事、スゲェとも思ってたよ。
ユーゴみたいな奴にも立ち向かうお前、ゼノエミュが上手すぎて狂ってるって思いつつも」
「エッケハルト君、ゼノ君は……皆の為に」
うっかり割って入っちゃったけど、即座に後悔する。
同じゲームのシナリオを知る彼相手だと、誰かのためにってのは何にも考えてない的外れな擁護って事がバレバレなんだよね。自己中ってことはシナリオでも散々指摘されて、だからあの忌み子は止めとけってゼノ君本人からすら言われる。『おれは君に好かれるような立派な存在じゃない。自己中の塵屑だ』って。
「皆の為?な訳無いだろ!」
勢いのままに、青年は対面の灰銀の皇子の胸ぐらに掴みかかるけど、掴んだ服がオレンジの波動を真正面から受けてボロボロな上に半ばまで燃えてるからか直ぐに襟が千切れちゃってむなしく途中で空を切る。
……うん。ゼノ君無理しすぎじゃない!?いくら彼の中では自分のためだからってさ!?
「なあゼノ、お前何のために戦ってんの?
本当に皆の為か?お前も転生者なのに、本気でそんなアホ言ってるわけ?」
って、アホ言ってるのそっちじゃないかな?
憤る私と、ぬっと現れて青年を威嚇する白い狼。
そんな一人と一匹を手で制しながら、灰銀の皇子は寂しげに笑った。
「当然だろう、エッケハルト。確かに正気じゃないが、本気で言っているに決まっている」
「何のためにだよ」
「護るべきものを護るためだ」
「はっ!頑張り屋なこった。何でそこまで固執する?」
「……知っているだろう?それが、皇族だからだ
何故おれ達が皇族なんてやってると思う?その力は民を護るためにあるからだ。その大前提が、おれ達馬鹿げた強さを持つだけの政治も出来ないアホの化け物共に、皇族という地位をくれている」
その辺りってちゃんとゼノ君関係でゲームでも説明されてるんだよね。だから忌み子で弱いからって形でどれだけやってもゼノ君の地位って向上しないどころか危うくなる。
でも、いやいやいやと言いたくなる。それはこの世界で、この国で生きてきた訳じゃないから言えることかもしれないけど……結構野蛮だよねこの国。トップ付近だけはだけど。
「ゼノぶってんじゃねぇ!」
「……そうだな。そんなもの建前だ」
あ、そうなの?
ってゼノ君らしからぬ言動に言葉を呑み込んで次の発言を待つ私。本当に転生者だったり……
「おれに価値を見出してくれる相手も居る。それは有り難いことだけれども……どうしても、こんなおれが!多くを死なせて、護れなくて、なにも出来なくて!混沌に呪われた忌むべき化け物。民も護れない皇族の出来損ない。
母を殺して産まれ落ちた悪夢。半端に救って絶望を深めた偽善者。
そんなおれが!認めて貰える価値があるなんて思えないんだよ!」
…………
……
「だからだ!誰かを救えば、護れば!その為に使った『おれ』の分だけ、自分に価値があるって思える。
輝かしい誰かの命なり何なりと交換できたなら、自分では塵屑にしか思えないおれにもそれだけの価値があるって事だろう?」
はっ、と自嘲気味に青年は唇を歪めて嘲る。でも、その全ては私も、勿論エッケハルト君も見てなんかいなくて。
「そうだとも。民を護らなきゃ皇族じゃない。そうして民を護り抜けば、それだけおれに『皇族』っていう価値が産まれる。だからやってるだけだ。
誰のためでもない。強いて言えばおれ自身の為だ」
って!原作でも言ってた通りのごくごく普通のゼノ君じゃん!何だびっくりしたぁ……
忌み子だから魔法が使えなくて、それでも自分なりに頑張ってもやっぱり魔法の使えないってハンデを覆せなくて。原作始まる前に蔑まれまくって他人の価値を自分に投影しないと自己肯定出来なくなっちゃってるんだよね、ゼノ君。
だから誰にでも優しいんだけど。だって、実のところ精神的には殻に閉じ籠ってる訳だし。相手によって態度が変わらないし優しいのは『価値がある筈の誰か』を助ける自分に価値を出そうとしてるから。
「お前はっ!」
「……それがおれだよ、エッケハルト」
静かな言葉に、一瞬赤毛の青年は気圧されて……
「だから、あんなものとも戦うってのか!」
「当たり前だ」
「狂ってる!お前達も頭可笑しい!」
「いやエッケハルト君ってば」
言いがかりだよと言おうとするんだけど。
「リリーナちゃん。見ただろうあいつら!あんなのと戦うなんて勇気でも何でもない!無謀だ」
「一度は共に戦ってくれたろ?」
意外そうに、虚を突かれたといった風に呆ける顔。
「それはっ!あいつがまともに俺と戦う気が無かったからだ!
遊ばれてたから、意識しないで済んだ」
「いや、今回も暫くは遊ばれていたと思うが……」
「そんなこと聞いてねぇよアホ!
とにかくだ!あんなのに立ち向かうなんてアホのやることだっての!」
分かるだろ!とくわっと此方を向くイケメンさん。
だけど……
「でもゼノ君がそのおバカな事を言って戦ってくれなければそのまま殺されてたよ?」
そこなんだよね。確かに馬鹿っぽい無謀な話なんだけど、それはそれじゃん。
「……うぐっ」
え?そこで言い澱んじゃうんだ……
「それはそうかもしれないけれど!だったら次も勝てるのか?」
「いや、今回勝てた方が可笑しい。ただの奇跡だ」
「だろうな」
と、告げるのはいつの間にか私とエッケハルト君の間に現れているシロノワール君。
「いや、それ言っちゃうの!?」
「案ずるな聖女よ。次は無い筈の勝利をこの手に用意するためにこそ、私はこの槍を皇子に気を引かせて回収したのだから」
って、見せてくれるのは変なあの降ってきた槍
あ、そっか。相手の力を解析できれば……って事だよね?だから回収してたんだ納得。
「兎に角だよ!ゼノ!お前達は単なるキチガイだ!正気じゃない!」
きっ!と炎の髪を揺らして彼はゼノ君達を睨み付ける。
「そして、お前達は下手したらアナちゃん達まで巻き込む!そうしたら、傷付くだろうし、死んじゃうかもしれない!」
こくり、と火傷跡の青年はうなずきを返す。私、そこで例え本当でも返しちゃ駄目だと思うんだけどなー
「だからだ、ゼノ。
絶交だ。もうお前は友達じゃない。アナちゃんを不幸にする敵だ」
「……おれは、お前のそのまともな意見、結構参考にしてるし、お前を友達だと思ってるよ」
って、私空気じゃない?なんて、そんな剣呑な空気の中、私は場違いに現実逃避していた。
大丈夫だよゼノ君!私と……多分話の玉に上がってるあの銀髪の方もゼノ君の味方だから!




