褒美、或いは事後処理
「あ、ゼノ君大丈夫!?」
と、心配そうに見てくるのは桃色の髪をちょっと子供っぽくツインテールに纏めた少女リリーナ・アグノエル。
「何とかな」
「何とかって基本的に駄目な状況なんだけど!?」
言いつつ、おれを包むのは優しげな陽光。さすがは聖女リリーナと言うべきか、おれの呪いを無視してキズを癒す力を発揮する……となれば良かったんだが。
「きゃっ!?」
魔法は弾かれ、少女へとおれの全身を覆う焔が飛び火する。
……ああ、おれに対して回復魔法なんて使う人がまず居ないから分からなかったが、変身中は変身中で回復魔法効かないのか。
ゲーム風に言えば、『変身中【炎上】(永続、回復不可)を付与。【炎上】が付与されている限りHPが回復しない』みたいな効果テキストがありそうな感じ。七大天の息吹はきちんとおれに対してもほぼ即死の効果を発揮したが……アレは色々と規格外の超魔法だから貫通するのか、或いは単純明快に呪いでダメージに反転しているから弾かれなかったのかどっちなんだろうな?
検証できる訳でもないし、どちらでも良いか。
「あれ?バフは効いたのに」
「……ご協力有り難う御座いました、御先祖様」
よろよろと立ち上がろうとしつつ礼を呟くと、一度だけその刀身を煌めかせて赤金の剣は忽然と消え、同時におれの全身を包む焔も消失する。
「あ、消えた。それ何なのゼノ君!?」
「……おれにとっての切り札、かな」
やはりというか内臓も結構焼けているのだろう、口の端から漏れるのは体内で生じたろう黒煙。それを曇天に向けて吐き出して、おれはそう呟く。
「いや自分も燃えてるけど!?何なら良く見たら耳四つになってるけどそれ本当に切り札なの!?
というか瞳も青いし!?」
驚愕に目を見開かれるが……
「そういうものだ」
「ワケわかんないだろ?でもこのアホそうなんだよ」
『ルルクゥ!』
口々に周囲から告げられる肯定の言葉に押しきられるように、少女は黙りこくった。
「帝国の剣、轟火の剣を呼び出して無理矢理使わせて貰ってるからな。相応の無茶はする」
……というか自分では見ないから気にしてなかったが、やはり耳4つなんだな。後天的に魔神族っぽく灰銀の狼耳が生えるって変化と血が魔神族と同じく蒼くなり、血の色が透けてる瞳も同じ色になるんだっけか。あくまでも後天的に特徴を呼び覚ましてるだけだから、元々のヒト耳が消える訳ではないのだろう。
「……あ、赤く戻った」
「一時的に魔神族に先祖返りしてるらしいからな」
「だから、言ってしまえば私の血も青い」
いや怪我したのを見たことないから何とも言えないが、ちゃんと血は青かったのかシロノワール。
「そっか、魔神だもんね」
『ククゥ!』
と、火が消えたおれを引っ張るように狼がその牙のしっかり生え揃った顎で腕を咥え、ぐいと引いて立ち上がらせてくれた。
「あ、有り難うなアウィル」
『ルゥ!』
ついで、ユーゴに回収されないように拾ってくれていた愛刀を咥えて差し出してもくれる。きちんと刃の中頃を咥えることで柄を持てるようにしてる辺り気が利くというか、流石は幻獣。自分が怪我しないようにではなくおれの受け取りやすさを重視するとか野生動物の知性ではない。
受け取って愛刀を軽く眺めて鞘に納める。
……引っ掛かりを感じるな。中鞘が一部歪んでいるのか?良く見れば細かいヒビが鞘に見えるし、柄の狼の頭の飾り鍔も一部オリハルコンが剥がれているし、柄本体の布も解れている。
ってか、柄に関しては折れ曲がってるな。刃と鍔が一体整形のドラゴニッククォーツであり、それを噛ませる以上木だと耐久が足りないからと仮にもこっちも金属製の筈なんだけど根本から歪んでいる。
……その割にうっすらと雷のように折れ曲がりながら拡がるヒヒイロカネ芯が刃の中に透けて見える刀身には欠けだのヒビだのどころか曇り一つ見えない辺り流石というか。
……でも、おれ刀鍛冶でも何でもないから鞘の修繕とか出来ないんだよな。アイリスが出来たりしないだろうか、いや無理か。
このまま鞘が歪んでると抜刀術が使えないのが困りものだが……
そうして、漸く一息付く。
「助かった、リリーナ嬢」
そして、こそっと今回のMVPだろう相手にも向き直る。立ち上がっているだけで足が痛むが、さらっとアウィルが後ろで壁になってくれているから立てる。
「お前が居てくれて本当に助かった。
いや、貴方のご協力、誠に感謝する、シロノワール」
その言葉に、金髪に染めた魔神王はふっと小さく笑った。
「それで良い、人間」
そんなおれの横で、結構空気だったエッケハルトが小さくリリーナ嬢を手招きしていた。
そそくさとちょっと距離を取る二人。それを邪魔しないようにおれは折れた右手で軽く来てくれた狼の頭を撫でて……
『「もっとアウィルを褒めるべきじゃろ」』
「ああ、有り難うアウィル」
昔から撫でられても気にしないどころか喜ぶ所が変わってない。角は天狼にとって大事なものの筈でそれなのに触れられても良いとばかりに鼻と額を寄せる姿は頭に乗っていた時そのままで。
「でも、何か意味があるのか?」
『「ぬしに褒められると嬉しいから、もっとやって欲しいだけじゃよ?」』
頑張って人語を紡ぐ幼い狼から返ってくるのはそんな言葉。
それで良いとか、アイリス並に安いなとおれは暫くそのふわふわの毛に覆われた撫で続けた。
今回は短いですが、別視点の前振りです。




