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死体、或いは動き出す時

「アウィル、ストップ、ストップだ」

 『ルルクゥ?』

 おれの言葉に、少し不満げに鳴きながらも白い巨大な獣は飛び掛かった体勢からぴょいとバック宙返りで距離を取ってくれた。

 そしてそのまま立ち上がったおれの横にその強靭な四足で駆け寄る。時が止まっていなければ後に残される筈なのはさっき見かけた足跡。

 そう、あの巨大な足跡の主は彼女である。父狼の方にしては小さかったがラインハルトの可能性もあるので特に明言はしなかったものの、何となく理解していた。

 

 ……完全にアウィルだ。間違いない。天空山で父親に返した時につけてやった布のブレスレットが今も左耳に引っ掛かっている。

 額の一角は眩く蒼く煌めき、かつて見た母狼程ではないが別れた頃の額に盛り上りがある程度からすれば立派に成長している上、体格もおれの頭にはもうとても乗れない。

 

 『ルル……』 

 そんなことを気にせずおれの背に回ったアウィルが今一度飛び上がり、おれの頭に乗ろうとするが……顎を頭に乗せ、両前肢がおれの肩を掴む形で終わった。最早端から見れば狼フード付きのマント被っているようなものだろう。というか顎下の結構ふわふわして長い毛が被さって視界が悪い。

 幾ら天狼が王の名を持つ七大天の似姿と言われる通り頭を持ち上げた姿勢の、身長が他の四足歩行より特に高く見える生物だとしても、おれの顎付近までの大きさ(全長だと多分おれの二倍はある)になったアウィルが頭に乗れるはずもない。

 

 頭が破裂した青年は起き上がって来る事はなく、その手に握られた刹月花は前回と同じように土くれに変わって朽ち果てて……

 

 雪の降り積もる白景色が消え、世界に時が戻ってくる。

 「いきな……おわぁぁぁぁぁっ!?」

 と、驚いて後ずさったエッケハルトが木の根に躓いて足をもつれさせた。

 

 「ゼゼゼゼノ!なんだそいつ!」

 ……ああ、そういえば時が止まってるエッケハルトからしたら、時が止まったことすら認識出来ないままに突然首無し死体と白狼が現れた形になるのか……

 しかもおれの頭に顎を乗せて。

 

 「アウィル、お前なんで止まった時の中でも動いてたんだ?」

 突然の事で忘れていたが、重要なのは……

 『クルゥ!』

 強靭な尾を振り、名残惜しげにおれから離れつつコツンと額の角をおれの手の愛刀に押し当てる白狼。角は蒼く輝き、埋め込まれた角も輝きを保っていた。二つの角の間に、時折金と桜の光が走る。

 

 『「おかーさんと、共鳴なのじゃ!

 けほけほけほっ!」』

 と、響くのは可愛らしい声。同時に苦しげに喉を鳴らす白狼。

 「アウィル!?」

 『「ぬし、にんげんご……言いにく……けほっ」』

 四苦八苦してそうな狼が、つっかえつっかえ言葉を紡ぐ。

 

 というか、人語話せるのか……って当然だな!天狼ラインハルトを見てみろ。人の姿に変身出来るわ攻略出来るわあげくの果てに聖女を花嫁に卒業エンド?するんだから、その実妹もお喋りくらいする。

 

 「無理に喋らなくて良いんだぞアウィル」

 『ルルゥ!』

 あい!とばかりに吠える白狼。何というか、変わってない。

 あれから5年、成獣程ではないが大きくなったし人間の言葉を多少喋れるくらい成長した筈のアウィルだが、性格面は昔のままのようだ。

 

 「いやマジで何なのこいつ!?というか何がどうなって……」

 「刹月花」

 目線をアウィルに向けてやりたいのは山々だが視線を青年の死骸から逸らさず、おれはじっと睨み付ける。

 

 「刹月花……って前に話してた襲撃者か!

 理由不明の!」

 その時はアルヴィナ狙いだったとちゃんと話した筈だけど、とは言わない。記憶が消えたくて消えてるわけでもないのだから。

 「ああ、時を止めてリリーナ嬢を狙ってきた」

 「でも死んだんだろ?そんなことより……」

 

 『クゥ!』

 アウィルが吠え、突如として桜色の雷をスパークするオーラのように身に纏う。昔はまだ形成されていなかった体毛の変化した甲殻が一部展開し戦闘形態へと変貌し……

 「転生者は二つの命を持つ。前に言ったろうエッケハルト!」

 

 眼前で確かに死んだ筈の者達が傷ひとつ無い姿で立ちはだかったあの日を思い出しておれは叫び、納刀しておいた愛刀に手を掛けた。

 

 が、

 「何も起きないな」

 死骸は死骸のまま。突如完全復活しておれを襲うなんて事はなくただ野ざらしにされていた。

 

 「なあゼノ、それ本当かよ?」

 「ゼノ君ゼノ君、私このおっきなわんちゃん?の事全然聞いてない!」

 と、口々に二人から不満が出る。

 

 「アウィルは狼だよ。リリーナ嬢も見たことあるだろ?五年前くらいにおれが頭に乗せてた白い仔犬みたいな生き物」

 と、軽く解説。油断を誘う策かもしれないからまだ警戒は解かない。

 「え?あのわんちゃん!?」

 『ルゥ!』

 と、相槌を打つようにアウィルが吠えた。

 

 「で、だけど……」

 「少し待ってくれ、リリーナ嬢」

 というか、シロノワール帰ってこないな……何処に居るのやら。まさか死んでる筈もないだろうが……と考えつつ、青年の死骸に近付く。

 

 「どうしたんだよゼノ」

 「既に誰かに一度殺されていたのかもしれないな。ただ、生き返ってこないなら相応の事をさせて貰うだけだ」

 アウィルが背後から強襲してくれたお陰で恐らくだがあまり損傷無く蒼輝霊晶?の発生装置を確保できるかもしれない。

 

 『ググルゥ!』

 青年の体に近付くおれの足に、頭を下げて額を擦り付けるのは白き幻獣

 まるで褒めてとも言いたげだ。

 

 「ああ、助かったよアウィル。でもな、本当は悪いことしてる人間でも、悪いからって簡単に殺しちゃ駄目だぞ」

 『ガゥ……』

 白狼はしょぼんと耳を垂らし、おれが撫でるままにされる。

 そうして、死骸に手を伸ばせば届くくらいの距離に辿り着こうとした、その瞬間。

 

 『ルゥ!』

 ヒィン、という空間の歪む音が耳に残る。

 

 「おおマディソンよ、死んでしまうとは」

 響き渡るのはそんな声。全く悲しそうじゃない、嘲りを秘めた音。

 「ぷっ!ぎゃっはははっ!なっさけねぇ!」

 そして声は、底冷えのするものへと変わる。

 「誰に許可取って仕事もせずにおっ死んでんだお前?とっとと生き返れよ。もう一度殺すぞ」

 黒い重力球から放り出される体と、その背後に降り注ぐ燃えるオレンジのラインを輝かせる人の背丈を越える銀腕。

 

 その存在に覚えがあった。かつての面影を残す金髪の青年の名は……

 「ユーゴ・シュヴァリエ!」

 「げぇっ、お前かよハーレムクソ皇子!

 めんどくせぇ!」

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