桃色少女と純白の三日月(side:リリーナ・アグノエル)
「ゼノ君……」
ぽつりと呟く言葉。
ゼノ君からだと思うと何だかちょっと変な気がするけど優しい言葉を受けて、私はちょっと冷たい手をして、今も隻眼で私からちょっと目線を外して背後を見ている青年に少し潤んだ瞳を向ける。
鋭いんだよね、ゼノ君の瞳。どんな時でも、それこそ精一杯笑顔でも、何時もひきつっていて射るような剣呑さを失わない。それが怖くもあるけれど……
男の人は基本的にちょっと怖いけど、ゼノ君は違う。その瞳が私を傷付けたり酷いことをする為のものじゃ有り得ないって分かるから平気。
「良いの?私……幸せになって、良いの?」
「良いんだ、リリーナ嬢。
命を奪ったと思うなら、悔やむなら。せめて奪ったことを無駄にしちゃいけない」
その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようで。
「大丈夫?」
どこか苦しそうな表情の彼に思わず声をかける。
「ああ、大丈あがっ!?」
と、感じる鋭い痛みに肩を抑えるゼノ君。
「目が覚めたか、人間」
本来に近いだろう鳥姿のシロノワール君が、彼の肩に三本足の爪を全部思い切り立てて止まっていた。
「シロノワールくん!?」
「聖女よ。思い悩ませてもしかたない。とっとと正気に戻すべきだ」
「でもさ!?」
痛そうじゃん、と私は思う。明らかに食い込んでるし。
「そもそもゼノ君に何の悪いところがあるのか私には分かんないけど!」
でも、何処か自分を捨てるようだった彼の原作での行動から、何かを悔いていた事は分からなくもなくて。
でも、なら、何でゼノ君も同じことを自分に対して思ってないんだろうって気になる。だって、せめて幸せにって言うなら……自分自身もそうだよね?
ゼノ君って確か、母はおれを産んだ時に呪いで焼け死んだって言ってて、それを悔いていたんだとしても……
「なら、寧ろ!ゼノ君ももっと幸せに生きるべきなんじゃ」
「……君に罪はなくても、おれには……」
あ、容赦なく蹴りが入った。カラスの足だからそこまで大きくないけどそれはそれとして痛そう……
「シロノワール」
「罪か、勝手に言っていろ阿呆」
と、翼をはためかせて勝手に何処かへと飛んでいってしまうシロノワール君。
木々の間に紛れてすぐに姿は見えなくなった。
「……あれ?良いの」
「帰ってくるさ、そのうち。
必要になったら、絶対に」
「うん」
シロノワール君については、元から魔神だけどーってやってたゼノ君の方が明らかに詳しいもん、信じようかな。
これが原作に居るキャラで、かつ特に原作と違いがないなら私の知識も役に立つんだけど……
残念ながら現状、私の知識がちゃんと役立ちそうなのってあのアナスタシアとゼノ君、あと大まかには違わない頼勇様やシルヴェールさんくらいなんだよね。
エッケハルト君はあの調子だし、ガイスト君は完全にアイリスちゃんをロックオンしてるし、残りの数人の攻略対象ってもうちょっと後に登場するしね。
あ、フォース君はそのままだったけど、そもそもおまけみたいなものだしね。商人枠で戦闘には参加しないから第二部行かないし、逆ハーレムルートの条件にも入らない。
というか……って、目の前の青年を見る。
ゼノ君自身、ああゼノ君だなぁってなるけど境遇はかなり変わってるんだよね。妹は原作時点で結構危なかったけど最早完全にブラコン拗らせちゃってるし、原作では影も形もないエルフのお姫様?が完全にあれツンデレだよね……ってムーヴかましてるもん。
その分原作ではそこそこ分かりあってて仲良さげだったレオン君がメイドと結婚して完全にドロップアウトしてるし、女の子が周りに増えて男の子が減って……
って、それだとシロノワール君も女の子じゃないと可笑しいよね。
「でもゼノ君。本当はゼノ君もさ」
「リリーナ嬢。貴女が貴女なのは望んでの事じゃない。でも、おれのこれは……自分の力不足が招いた事なんだ。罪はおれにある」
むぅ、って私は唸るしかない。
うん、これだよねゼノ君。唯我独尊だからこそ、一人で全部背負うっていうか……
端的に言って面倒臭い。本家リリーナちゃんが距離を取るというか攻略対象にしてないのも分かるっていうか……
あ、私は勿論そんなこと無いんだけど、嫌う人の気持ちも分かるよねこれ。
「それはそれとしてだよゼノ君」
暗くなりがちな空気を変えようと私は唇に指を当てて何かを探す。良い話題とかあるかな……
「そうだ、ティアちゃんは知ってる?」
引っ張り出したのはそんな話題。
ちょっといきなりすぎるかな?
「ティア……ティア……」
と、少しだけ何かを思い出すようにして、
「ああ、あの龍の子の事か。ノア姫くらいにしか存在を語っていなかったから、少しの間キミの言葉と彼女が結び付かなかった」
あ、やっぱりこのタイミングでもう出会ってるんだ。
原作でも絆支援が最初から付いてるって形だったし、向こうの登場は2部でもかなり遅い方なんだけど昔の知り合いとかなんだ。
うん、第一部時点でのゼノ君の支援相手ってAまでのレオン、A+まで上げたらルートに入るのが確定なもう一人の聖女若しくはAまでしかない勇者アルヴィス、A+まであるアイリスの三人……と、ルートによっては天狼ラインハルト君。少ない方なんだけど、それでも上限の支援数10は達成出来ちゃうからね。初期支援を着けようにも参戦時にはもう埋まってて~が無いようにシステム上そうなってるだけかなーとも思ったんだけど、本当に昔から知り合いだったんだ。
ってそうだよね、他のキャラの支援と違ってあの支援何か特殊だったし……
なんたって、他の支援って片方が死んだら消えちゃうんだけど、ゼノティア支援って永続なんだよね。ゼノ君が死んでても消えない。
「ゼノ君、ティアちゃんって何か特殊なの?」
だから私はそう聞く。
「ティアの事を知ってるというのは……うん、やはり君は未来を知っているのか」
「知ってるけど、ちょっと不思議な子だからね。それに、私の知る限り、そこまで話に深く関わってこないから情報少なくて」
それは確か。絶対に第二部でしか出てこないから、何があっても攻略できない。それに、ゼノ君、ルーク君、ラインハルト君、主人公で合計4人しか支援先が居ないからエピソードもあんまり無いんだよね。
「ちょっと聞きたいかなーって」
「ティアの事なら、神様だよ。滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティル」
「神様!?」
神様、神様かぁ……確かに龍で姫って呼ばれてるしあり得なくも……
「でもゲームでは兄さんってゼノ君の事を呼んでたような……」
神様がそんなことする?
「寂しがり屋で人間好きだからさ、なのに一人で……いや一柱でずっと人々のために守人をやっていたらしいから。だから、久し振りにまともに面と向かって話せたおれを気に入ったんだよ、きっと」
少しだけ遠い目で、ゼノ君は呟く。
「そ、そうなんだ……」
あれ?でも聖教国の教皇様って神様の言葉が聞こえたんじゃ?
「アステールやコスモ様は声を聞けるけれど、直接触れ合える訳じゃないから」
あ、その辺りは違うんだ。でも……ゼノ君?アステールって多分教皇様の娘だろうけど呼び捨てって親しいんだね。
何かムカムカする。何だろうねこの気持ち。
「それにしても、神様かぁ……」
と、再度染々と私が呟いた瞬間。
「吠えろ、月花迅雷!」
突然何時も険しい顔を更に厳しくしたゼノ君が吠え、
「なっ!?ゼ……」
エッケハルト君の言葉が途中で聞こえなくなる。突然、本当に刹那の間に世界は灰色に染まって……
ガキン、と硬質な音と共に、私の眼前で純白の三日月と蒼く海のように澄んだ雷刃が打ち合わされた。
「っ!刹那雪走……ということは、刹月花!」




