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婚約者、或いは見え透いた罠

翌日、妹が部屋に引きこもった。いや、アイリスは病気でずっとベッドの上だが。

 語弊があるので言い直そう。漸く何だかんだあの謎猫ゴーレムなんかを作って外に出てきてくれるようになった家の妹のアイリスが、突然面会謝絶を公言しておれを部屋から追い出した。当然猫擬きゴーレムも取り壊して出てこない。

 

 「おーい!アイリスー!」

 正面から行っても入れて貰えない。そんなことは分かっているので窓の下から声を張り上げる。

 何時もなら壁を登って窓からって言えるんだけどな、その点火傷は不便だ。

 炎の中突っ切った肺や喉なんかは皇族は無駄に頑丈なのでちょっと嗄れてるなってくらい。靴燃えて一部足にも火傷痕はあるものの、接地面にはロクな火傷は無いので気は楽だ。あまり痛くない。

 だが、掌はそうはいかない。崩れ落ちる柱が犬っころを潰さないように支えた右の二の腕も、犬っころが逃げられないように倒れこんでいた燃えている棚や柱によるドミノを持ち上げるのに力をかけた掌も、何かが触れるだけでどうしようもなく痛む。

 今のおれでは流石に足だけで壁は登れない。掌で突起を掴もうとすると痛くて出来ない。だからこそ、今は流石に壁をよじ登れない。

 だから大人しく下から声をかけてみるしかないのだ。

 ……足だけで登れるようにもっと頑張らないとな。努力が足りないな、おれ。


 「アイリス様が仰っています。

 煩いので帰って寝てて、と」

 「でも、兄として心配だろ」

 「アイリス様が仰っています。

 妹としてウザい兄には帰って欲しいと。

 その黒こげの手で部屋に入らないで下さい焦げ臭い炭の臭いが移ります」

 「酷くない?」

 いやまあ、それもそうなのだが。確かに焦げてるしなーこの手。

 

 なんてことが、数日続き。

 何とか手はマシにはなった。マシには、なのだが。まだ膿とか出るのは変わらない。これでもそこそこ良い薬草とかすりつぶして塗ってるんだけどな?

 メイドのプリシラじゃなくて泣きそうな孤児のアナが。いや待て何か可笑しい気がする……けどまあ良いか。


 そうして今日も出てこないアイリスの元へ……とはいかない。アナの所へ……という訳でもなく。というか、アイリス相手に絡みに行ったのは不安というのもそうなのだが、何よりおれ自身が城の一角から出るなと言われている半軟禁状態で会いに行けるのが妹のアイリスだけだったというのもある。

 プリシラの奴は割と潔癖だから火傷は見たくないって全く近づいてこないしな。メイドとして良いのかそれ、一生おれのところで雇われて食っていくならばまあ問題ないんだが他でやったらクビだぞ。

 「……何かべんめーはありますの?」

 今日の問題は、こうして眼前でぷりぷりしている御令嬢関連である。

 

 ニコレット・アラン・フルニエ。割とおれが無視してしまった婚約者。それが眼前で何かキレていた。

 放置していた事しか心当たりが無いので何とも言えない。だからって何をしろというのだ。所詮はおれだぞ。女の子の扱いとか知る訳がないだろう。


 ……いや、反省すべきなのは知っている。だがどうしろと。

 「いや、特に。

 おれは何をすれば良かったのか、教えてはくれないだろうか?」

 「聞きましたわ、動物展に行ったらしいですわね」

 「ああ、行ったよ」

 「仮にも婚約者なのに、どうして誘わなかったんですの!」

 「行きたかったのか?」

 「行きたかったのか、じゃありませんわ!」

 ドン!と机が叩かれる。元気だなこの娘。中々にアグレッシブだ。


 「聞きましたわ、どこぞの木っ端貴族に贈り物をしたと」

 「木っ端貴族言うな、一応貴族なんだから相手を敬え」

 なんて言うけど、ちょっとおれが調べた限りアルヴィナ男爵家って木っ端貴族と言われても仕方ない何時出来たの?な影薄貴族なんだけどさ。

 噂なんてほぼ無い。どこの貴族にもあるだろう家の成立の話とかすら転がってないマジものの何か何時のまにやらあった家だ。

 だからってバカにしてやるなよおれの友人の家だぞ。


 「何でそんな無駄なことをしなければいけませんの?」

 「……何でだろうな」

 おれはその辺り弱かった。相手への挑発は割といくらでも出せるんだけど正論に返せる言葉がない。

 

 「わたくしが言いたいのは!こんやくしゃであるわたくしを置いておいて、無礼だと言うことですわ!」

 「……確かにそうだ。でも、もう終わっただろ?」

 元々長々とやるものではない。それこそ8日間だけの……つまりは1週間だけの出展。故に今週の何曜日にしか行けないと多くの人が詰めかけた。休みを取って分けて行く人々も居たくらいだ。

 この世界、七大天+万色で8という数字が滅茶苦茶に普及してるせいか、8日の一週間なのに休みは1日しかないのがデフォルトなんだよな。一日の労働は魔法のお陰で割と短いけど。

 「そうでもありませんわ」

 けれども眼前の娘はそう言って、自慢げに紙をひらひらさせる。


 ……何々?特別展御招待のご案内……?うわ胡散臭っ。何だこれ。


 「読ませてくれないか」

 「仕方ありませんわね」

 借りて読んでみる。何でも、選ばれた特別な人間だけを御招待し、ごった返す一般公開では保護の観点から見せることは出来ない本当に珍しい種を御紹介する真の最終日だとか何とか。日付は今日。

 ……うわ凄い。ここまで怪しいの見たこと無い。

 

 いや、流石にこれは疑おうニコレット。明らかに怪しいだろニコレット。

 そもそもだ、一応出向いた皇子であるおれが何だそれって聞く程度には周知されてないイベントだぞそれ。真の最終日だとか言うとして、興味を持って見に来てくれたらしいこの国の皇族なんてものを見逃す手があるだろうか。

 この国でそれより金払い良い家はそうは無いぞ。いや、ゼロじゃないんだがあれは一人娘を溺愛してる大貴族だからというか、子供が二桁居るか一人かの差だというかだし、一般的に見て貴族を招待しないが一部商人は招待する特別企画なんてわざわざ王都でやるものじゃあない。

 商人同士の売買なら兎も角、これ普通に多くの人で賑わった犬猫展の延長だしな。

 

 「どうですの?」

 「……行きたいのか?」

 「じゃ、ありませんわ!

 申し訳無いと思うならば」

 「じゃ、行こうか」

 憤る少女に、俺は火傷でひきつった笑みを向けた。

 

 「でも、その前に……ちょっとだけ、手紙を残させてくれよ」

 だが、放置する訳にはいかない。おれはまず最初に、民を守る皇族でなければならないのだから。

 といっても、ニコレットは多分おれが危険だと言っても行きたくないからごねてるだけですわねするだろうから、付いていって守るしかない。ってか、明らかに怪しいのに止めにいかない時点で皇族としてアウトだな。

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