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鳴き声、或いは不実在の弟

「おれを助けたい、か」

 真剣な顔の桃色少女に向けて、おれは意識して寂しげに思えないように、明るく笑みを浮かべる。

 

 「アナ……シエル様にも同じことを言われたよ」

 「うん知ってる。結構なゼノ君信者だもんね、あの子」

 うんうんと頷かれた。それで良いのか乙女ゲーヒロイン達。

 いや良くないから今こうして説得を試みてるんだが。普通に考えて救済枠のゼノルートとか駄目だろ。おれが救われるだけだ。

 

 救われたいおれの浅ましい想いが、勝手な好感度が、それによるシナリオ強制力が、きっと彼女等を縛っているんだろう。こんな塵屑に。

 

 「おれはただ、昔あの子にとっての救いの神様だっただけだ」

 それも、始水のようなリアル神ではなく、紛い物の。

 

 『いや、私もそこまで干渉出来ませんけどね?

 そうやって世界を変えられる存在の介入を干渉を縛ることで、傍迷惑な他の神様もやらかしてくれそうな魂にAGX持たせて送り込んで内部からーとか回りくどい形でこの世界を手にしようとせざるを得なくしてる訳ですが』

 と、補足するように耳に幼馴染(かみさま)の声が響く。実に自由だ。

 

 この世界の神々って、こんな存在だからな。かなり親身になってくれるというか、近い。声は……アステール達一族しか聞こえないらしいけれど。

 ちゃんと直接の恩恵もある。そもそもこの魔法社会、魔法の力を与えているのが神々な以上彼ら無くしては成立しない。

 

 「ただおれは、七大天の神々ほど凄くもなんともない。ただの鍍金だよ。

 何時かボロが出る。おれは単なる塵屑だ。だから……君も、シエル様も、おれなんて構わない方がいい」

 「いやいやいや」

 「この髪のように」

 絶妙に綺麗じゃない白髪のような銀髪を右手で摘まみ、前髪をおれの視界に入れられるように引っ張る。

 

 「輝かしさのない灰かぶり(サンドリヨン)。それがおれだよ。

 リリーナ嬢。君が恋愛譚の主人公ならば」

 と、少しおれは微笑んで少女が机の上に横置きした銀金の太陽杖を見る。

 「いや、君の言葉は正しく、聖女として選ばれ、世界を護り導く光になるんだろう」

 

 魔神にとっての本来のシロノワール=魔神王テネーブルのような、先導者に。

 だからな、頼むから影の中で不満げに翼をばさばさしないでくれシロノワール。魔法で忍び込まれてる以上手出しできないし、影へのダメージが内臓に直接来るんで胃が痛い。比喩じゃなく胃に穴が空く。

 

 「おれの役目はそこまでだ。その先、こんなおれに構わず、君は君の言うように物語を描くべきだ」

 「でも、その話のひとつにゼノ君の話があるんだよ?

 私じゃない相手だけどね」

 少しだけ寂しげに制服だからかドレスよりも短いスカートの裾を小さく握り、少女は呟く。

 

 「そんなものあるのか?」

 いや、ある事は知ってるが。おれ別にゼノルート好きじゃないけど、流石に無いと嘘をつく気はない。

 それでも、初耳かのように目をしばたかせてみる。

 

 「おれ自身、自分で言うのも何だが……塵屑だ。

 こんなおれと恋愛なんて、正気とは思えないな」

 「うんまあ、実際関わってみると良く分かるんだけど」

 と、どこか呆れた顔でリリーナ嬢はおれの方を見る。

 

 「ネット……じゃ分からないよね?

 みんなは私編だとゼノ君攻略出来ないの、ゼノ君が忌み子って呼ばれてるから普通の貴族な私が避けちゃってるって考察してたけど……」

 あはは、と乾いた笑い。

 

 「このゼノ君にとことんまで付き合うの、結構キツイなーって」

 その言葉に、おれは深く頷いた。

 「だろう?」

 「でもねゼノ君。それでも助けたくなるようなところが、確かにゼノ君にはあるんだよ?

 だから、あの子もきっと必死になるの」

 

 なーんて、と突然少女の顔が明るくなる。

 「ごめんねゼノ君。本当はこんな話をしに来たんじゃなくて」

 ちらりと周囲を見回すリリーナ嬢。

 その二つ纏めた髪が左右に振られ、目が何かを探して泳ぐ。

 

 「シロノワール君は?」

 「呼べば来るけれど」

 「じゃ、呼ばないでね」

 と、手招きをする少女。

 それにあわせておれも顔を近付けると、少女はおれの右耳に口元を寄せて、小さく囁いた。

 

 「ゼノ君、シロノワール君って……原作には居ないんだ。

 そしてね、近い存在を私は知ってるの」

 いや居るぞリリーナ嬢。ラスボスだ。

 

 と言いたいが、聖女を(恋愛的に)落としに行くのを放任するという約束を破るわけにもいかずに沈黙する。

 それを驚愕と見たのか、少女はちょっと興奮気味に更に言葉を続けた。

 「そう、原作と変わってきてる……って言う話の為に、ちょっと悪役令嬢の話題を出したんだけどね?

 あのシロノワール君……魔神族っぽいんだ」

 魔神族というかラスボスの魔神王な訳だが。

 

 気が付かれない辺り、髪の色による印象ってかなりデカいんだろうな。基本造形自体、幾度となくラスボス戦で見た(多分見た回数4桁くらいはある)テネーブルとほぼ変わらないんだけど。

 

 「シロノワールが、魔神……

 有り得なくはないとは思うが……」

 ぽん、とわざとらしく手を打つ。

 「だから、シロノワール無しで話を」

 「うん。ちゃんと手を貸してくれてるし、あんまり疑いたくはないんだけど、教えておかないとって」

 いや、知ってて協力してると言ったらどんな反応が返ってくるんだろうな。

 

 ロクな反応ではなさげだし、この事は心に秘めよう。

 

 「それでね、私が知ってるシロノワール君に似た相手なんだけど……」

 少女は言いにくそうに澱む。

 「魔神王、なんだ」

 「アートルム」

 「え?テネーブルじゃなくて?」

 と、その言葉にはわざとらしくため息を吐く。

 

 「リリーナ嬢。あまりその言葉を言わない方がいい。君の知る未来の魔神王はそうかもしれないが、一般的に魔神王と言えば聖女リリアンヌの時代に現れたアートルム・ブランシュを指す。

 君のその言葉は、真性異言(ゼノグラシア)にしか伝わらない」

 いや、おれも昔やらかした覚えがあるけどなそのミス!

 

 「あ、そうなんだ。

 でもゼノ君、本当に」

 「いや、神話のテネーブルは四天王として出てくる」

 因にだが、神話時代の四天王はスコール・ニクス、テネーブル・ブランシュ、エルクルル・ナラシンハ、ニュクス・トゥナロアだった筈だ。

 スコールの空いた穴を埋めるのがニーラで、テネーブルの親友アドラーがテネーブルの後を継ぐ……だったかな。

 

 「だから、魔神王になっていても可笑しくはないが……」

 「でね、味方してくれてるシロノワール君なんだけど、そのテネーブルに良く似てるの!」

 当人だ。

 

 「と、いうことは?」

 おれは当人だと知っているから、その先の反応を上手く導けない。だから分からないといったように首をかしげて訊ねてみる。

 「シロノワール君、多分だけど魔神王の弟なのかなーって。

 ゲームには妹しか出てこないんだけどね?きっと、ゼノ君達が頑張った結果、ちょっとずつシナリオ外の何かが起きてるんだと思う」

 ……そう来るか。

 

 そして、少女は耳元から口を離し、ぴょんと机から飛び降りて扉の方へと向かう。

 

 「だから、これもなんだけど……

 ゼノ君、本当は魔神族って半年くらい来ない筈なんだけど……あのオリエンテーリングの森で、恐ろしい鳴き声が聞こえるんだって」

 「鳴き声?」

 「うん、恐ろしい咆哮。ゲーム通りなら魔神な訳がないんだけど……」

 「分かった、見てこようか」

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