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悪役令嬢、或いは桃色少女の語り

「ゼノ君!ゼノ君!」

 跳ねるように駆けてくる桃色の髪のリリーナ嬢にぶつからないようにさっと体をずらし、けれども行き過ぎて激突なんてしないようにしっかりと右手で受け止める。

 

 ふわりと香るのはお日様のような香り。腕に残るのは胸には当たらないように気を付けたものの、それでも柔らかなお腹の感触。

 「リリーナ嬢。気を付けてくれないか。

 あまり、おれとくっつくような真似は……」

 「え?別に良いよね?婚約者なんだし」

 だが、何も気にせずあっけらかんと言う少女に苦笑せざるを得ない。

 

 「おれと近くに居るだけで悪い噂が立つ」

 実際、ニコレットなんかはそれで皇族の婚約者で便宜を図って貰える利益もあるけど辛いって言ってたしな。

 

 「でもさ、婚約者をないがしろにするっていうのも、悪くない?」

 おれの手から抜け出すと桃色の髪の聖女はすぐに近くの部屋の扉を開き、ほらほらと手を振って空き教室に誘導。そうされるがままに、おれも少女に続く。

 

 此処は次の時間はどの授業も使わない。その次はノア姫の授業の教室になるが、それまではほぼ誰も来ないだろう。

 そういった教室は幾つもあるし、生徒達の駄弁り場なんかにも使われている。大部屋の集会所みたいな部屋もあるんだけど、そこは人が多いからな。

 その点、こうした空き教室は授業がない時間帯は教員側で消灯してて空調の魔法も切られているから蒸していたりするが便利だ。

 皆も分かってるのか、扉から個人の灯りが見える空き教室には入らないって鉄則が出来上がってる。

 

 ……ゲームは18禁じゃ無かったし清純な雰囲気を壊さないために全くといっても良いほどに話題に出てこなかったが……空き教室だと思って入ったら愛し合う生徒達が居た事とかもあったらしい。結果、不文律が出来たんだとか。

  

 それをわかってか、杖を呼び出して両手で軽く左右に振り、魔法の灯りを浮かべるリリーナ嬢。小さな太陽のような灯りは少し眩しくて

 「リリーナ嬢。眩しすぎる」

 「え?良くない?」

 「きちんと部屋の灯りを点けた時と判別がつかない」

 「あ、じゃあダメかー。

 って、やましいことはしないんだけどね!?」

 焦ってちょっと開いた胸元の布地を左手で纏めて隠しながら、少女は慌てて光量を落とす。


 こんなことに使われてて良いのか、伝説の神器。いや良いんだろうな、轟火の剣(デュランダル)だって演劇で振り回したところで怒られない気がするし。

 

 「ゼノ君、期待した……とか、無いよね?」

 それならば聞かなければ良いだろうに、律儀にそんなことを訊ねるリリーナ嬢。

 身長差から上目遣いに見詰められるが、可愛らしいそれにも揺らぐ気はない。

 「欠片も思っていない。自分を大事にしてくれないか、リリーナ嬢。

 貴女は聖女だ。聖女が恋をするなとは言わないし、形だけ婚約しているこんなおれに義理立てしろというつもりも全く無いが、その分しっかりとこの先の未来を見詰めて行動してくれ」

 「うん、信じてたよゼノ君。

 そうそう、ゼノ君ってそういうお堅い答えだよねー」

 信じられても困……いや困らないか。

 

 と、誰も来なくしたところで、個別に一人用の机と椅子が並ぶおれの見覚えのある小学校スタイルではなく、長い机とその前面に備え付けられた椅子。それが高低差のある教室に階段状に備えられている感じの教室の椅子ではなく机の上に座り、少女は語り出した。

 

 「私ね、幾つかむかーし本で読んだんだけど、悪役令嬢ものってあるんだ」

 おれが渾名付けられてるアレだな。悪役令嬢。

 

 男なのに令嬢とはこれ如何にと思うが、攻略の邪魔をしてくる(チョロ過ぎて好感度が一番高いと起きる必須イベント等のフラグを潰しまくる的な意味で)し、何かと死ぬし、これもう悪役令嬢だろと言われたら何となく納得してしまう辺り、悪役の名がおれには良く似合うのだろう。

 いや、アンチから付けられてる渾名の筈なんだけどな?おれ自身割とゼノについてはアンチ気味だというか。おれにしておいて何を言うのかとはなるが、獅童三千矢としてのおれにとって、多少力のある自分って感じのゼノは嫌いだったというか……

 

 「悪役令嬢もの」

 「うん、ゼノ君みたいな……って性格はそんなこと無いけど、何かとヒロインの邪魔をして死ぬ女の子に転生しちゃうって話。

 あ、乙女ゲームの話はしたから分かるよね?」

 その言葉に首肯を返す。いや元々知ってるけどな。

 

 「分かる。ただ……恋愛に必要ないそんな女の子、ゲームに出てくるのか?

 現実ならば、世界には恋する二人とその物語に必要な者しか居ないわけじゃない。正に単なる余計な邪魔、物語にするならば要らないような相手も居て当然だとは思うんだが……」

 「うんまあ、それはそうなんだけど。

 ゼノ君だって分かるよね?不幸で苦しい状況に置かれてからの逆転劇って人気になるってこと」

 ニッコニコの顔を向けられた。

 

 「ほら、ゼノ君って正にそういう逆境を跳ね返して今まで生きてきた訳だし!」

 「つまり、おれは悪役令嬢……悪役だと」

 言いえて妙だ、と視線を床に落としてみる。

 「まあ、悪役って付いてると逆境感出るよねーってだけで、悪じゃない事の方が多い変な称号だからさ、そこは気にせず」

 わざと茶化した言葉に、わたわたと焦って返されて少し悪い気分になる。

 

 「そもそも、おれは逆境なんて無かったよ」

 それはそうだ。未来を知っていた、回避する術は……おれが最低限おれである為には微妙な手段ばかりではあったが、それでもそもそもそんな状況に陥らないという形で対処だって出来る。より良く戦いを進められれば、おれが殿を務めないと多くの人が死ぬまで追い詰められなければ良いのだ。

 追い詰められたら民のために死ぬべきだとしても、それで済む。未来が分かるから、逃げずに立ち向かえる。原作ゼノでは知らずに踏み抜く地雷を対処して踏める。

 呪いは何ともならないし、原作ではそこそこ仲良く出来ていたレオンとは決別してしまったが……始水が居る。それにアイリスは全く呪いを気にしてなさげだし、沢山の味方が居た。

 

 「おれは、あまりに恵まれている」

 ……そして、沈黙が暫く場を支配した。

 

 「……なんかごめん」

 「リリーナ嬢。事実を言っただけで謝られても困る」

 「いやまあ、ゼノ君がそんな人って分かってて話題を振った私も悪いんだけどさ?」

 「というか、悪役令嬢の話をしに来たのか?」

 その言葉に、はっと気が付いたように口を抑え、リリーナ嬢は目の色を変えた。

 

 「それはちょっとこれからの喩えの為!

 ってあんま重要じゃなくて!」

 「そうなのか」

 「そう、そういう話だと、知らず知らずのうちに原作から大きく変わっちゃってどーしよーってあるんだけどね?」

 「そうか」

 と、とりあえず事態が呑み込めないままに頷いておく。悪役令嬢とこの先の話、何が繋がるのか全く検討がつかない。

 

 「……シロノワール呼ぶか?」

 「シロノワール君?呼ぶ……って言いたいけど、まだ駄目かな」

 ころころとリリーナ嬢の表情が変わるが……実は最初からおれの影の中で話を聞いてる。少し離れててくれと言い忘れたからな。


 なんだろうな、貴族だ何だのプライドが薄い普通の女の子過ぎて申し訳なくなってくる。

 

 「ゼノ君でわざわざ悪役令嬢の話をした理由だけど……

 私はね、ゼノ君も何とかしたいの」

 「何とか?」

 理解できるが、わざととぼける。

 

 真剣な緑の目が、おれを見返す。

 「ゼノ君、結構死んじゃう話多いんだ。

 だから、変えてあげたいの。だってさ、死ぬかもしれないって知ってて、なにもしないのも嫌だから」

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