銀髪少女と一人ぼっちの皇子(side:アナスタシア)
メインヒロイン視点から見た主人公編です
基本的に主人公は端(恋する幼女)から見たらこんな感じという形ですね
「皇子さま、ありがとう」
そう、わたしは言葉を紡ぐ。
「おれが、君達の盾になる。
そう言ってしまったから、これくらいは当然」
と、言うや否や同い年で、けれども雰囲気だけならばお兄さんな少年はしまったとばかりに目尻を動かした。
「って、言ってしまった、じゃないか
おれが、自分の意思で、そう言ったんだから」
そう笑う少年の顔はやっぱり火傷でひきつっていて。そんなカッコいいとは言いにくい笑顔も、大人っぽかった。
動物展の帰り。
皆は買って貰った籠を持って、早く一緒に遊びたいって駆け足に道を歩いていく。
はぐれないように、時折声をかけつつ後ろから見守り歩く皇子さまに、わたしと横の女の子……えーっと、アルヴィナちゃんは付いていっていた。
「早くかえろうぜ」
「名前どうしよう」
「えさって何が良いのかな」
「とにかくあそぼう」
「っと、お前ら、はぐれるなよ。後気になるのは分かるけど、それでもしっかりと前を見るんだぞ」
わいわいがやがや、籠の方をチラチラと見ながら皆歩く。
そんな中、ふと先頭を歩いていたフィラが足を止める。
「……フィラ、だよな?
どうかしたのか?」
次々に足を止める子供達に、皇子さまが問い掛けた。
……先にあったのは人だかり。帰り道を塞ぐように出来上がった人で出来た垣根。
「この辺りの地理は分かるか、アナ?」
「う、うん。何とか」
「横に逸れて行けるな?」
「うん。通れるはず」
「じゃあ、迂回するか。
……アルヴィナ男爵令嬢は?」
冷静に判断して、お兄さんっぽく皇子さまは対応を考えて……
「……アルヴィナ」
「アルヴィナ、ってそうじゃなくて。
家は?迂回して大丈夫か?」
「……問題ない」
「そうか」
「そちらの家から送って貰う」
「うぉい!そもそも帰り道違うのかよ、早く言ってくれ……」
なんて、皇子さまを困らせるアルヴィナちゃんに、困った人だななんてむっとして。
「皆、横道に逸れて迂回す」
「誰か!助けて、あいつを助けてよ!」
その幼い声の一言に、皇子さまの目がすっと細まった。
「……アナ、一人でっていうか皆で帰れるな?アイリスを頼む。
いざとなれば大声でエッケハルトを呼べ、来る……かもしれない」
なんてあの猫?の籠をわたしに渡し呟く皇子さまの目は、さっきまでの優しさがなくて、とっても険しいもの。
「皇子……さま、は?」
「助けてって、そう言われたんだ。
……行ってくる。悪い、アルヴィナだんし……アルヴィナ、孤児院についたらそこで待っててくれ」
「……何なのかも、分からないのに?」
少しだけ面白そうに、そう問い掛けるアルヴィナちゃん。
それに当たり前だろとばかりに、皇子さまは頷いて
「皆、迂回して帰ってくれ!悪い!」
言うや、人混みへとそのくすんだ銀の髪は消えていく。
どんなに大人っぽくて、皇子さまでもわたしと同い年、その背は人混みに呑まれてしまいそうに小さくて。
「待って、皇子さま!」
考える前にわたしも、それを追って人混みに入っていった。
「……あいつが、まだ家の中に居るんだ!」
そうして、何とか人混みの前にたどり着いたわたしを熱風が襲った。ううん、そんなに強い風じゃないんだけど、それでも熱を含んでいて熱いのが苦手なわたしには辛いもの。
そして、少し前に体感したもの。
なにかが近くで燃えている時の風。あの草原で熱いって思った、燃える木の香り。
……目の前で、二階建ての大きな家が燃えていた。
もう全体に火が回っていて、例え今直ぐに消せても家全部が駄目になっちゃってそう。崩れちゃうのも時間の問題。
その家の前、少し開けた場所で一人の少年が両親に抑え込まれていた。その子は、その小さな手を燃える家へと伸ばし……
その眼前に、何処か怖い目をした皇子さまが立っていた。
「部屋に、居るんだな?」
「うん……」
「……部屋は?」
「部屋?……二階」
それを聞くや、炎を反射する銀の髪が揺れる。皇子さまが上を向いた。
「……二階だな、お前の友達が居るのは?」
「……?」
瞬間、銀光が走った。
「皇子さま!」
熱いから集まった人々が近づかなくて開けた場所。燃える家の真ん前。
一人、彼はその場を駆け抜けるや跳躍、燃え盛る塀を蹴って更に飛び、羽製の透明窓が熱で溶けて開いた二階の隙間から家の中に飛びこんで消えた。
「……皇子、さま……」
もっと強い魔法が使えたら、消火出来たら。それくらい、わたしが強かったら。
わたしは何か出来るんだろうか。
そんなことしか思えない。一人皇子さまは火の中に飛び込んでいったけど、わたしにはそんな勇気なんて無い。
死にたくない。痛いのも、熱いのも嫌。やだよ、辛いこと。やりたくない。見たくない。
だから、わたしはただ、何にも出来なくて、周囲の人と同じように立ち尽くす。
飛びこんだ時に回りからどよめきが上がったけれども、それだけ。人混みを作るほどの数の人間が居るのに、誰も何もしない。
見てるだけ、話をしてるだけ。子供が飛びこんだ、自殺か?なんて馬鹿にするような話すら聞こえる。
……何で?大人なのにっておもっちゃって。でも何も出来なくて祈るだけのわたしも同じで。きゅっと胸の前で手を組んで、無事を祈る。
大丈夫、皇子さまは強いから。あのアイアンゴーレムにだって負けなかったくらいに、大人よりよっぽど強いから。
そう信じていても、あの火傷があるから不安で。
火傷について聞いたとき、彼はとっても悲しそうな顔で話してくれたから。
「……問題ない。
皇族は、強い」
「アルヴィナ、ちゃん……」
「リリーナ」
「リリーナ、ちゃん……」
同じく燃える家を見上げる少女の目は、何も疑わない澄んだ眼で。
「皇族についてのお伽噺は、本物が多い。
燃える家くらい、何でもない」
「そう、なの?」
お伽噺の皇族って、とってもとっても凄いのに。
でも、皇子さまも凄いし、そうなのかもしれない。
なんて思っている間に、一階の扉が開いた。開いたっていうか、蝶番が取れて此方に倒れてきたんだけど。
その燃え盛る炎に照らされる小さな影にほっと思わず息を吐く。
……腕には大きな火傷。倒れてくる天井の柱でもその腕で支えたんだろうか。服の各所も焼け焦げていて、靴なんかは右が原型を留めないほどに焼けちゃって軽い火傷の残る素足にまとわりついているくらい。
その酷く火傷した腕には、しっかりと一匹の仔犬を抱えていて。
「……皇子、さま?」
なのに、きちんと出てきたのに。逆光の中で見えにくいその顔は険しくて。
「……」
その腕からキャンキャン泣いて仔犬が飛び出す。
その毛皮にも大きな焼け跡があって。
「……トムは?」
「……」
無言。ただ、少年は目を伏せて左の手を差し出す。煤なのか炭なのか真っ黒で嫌な煙の漂うその手の上には、半分だけ焼け残った小さな首輪が載っていた。
「……君の友達の方、助けられなかった。
……御免な」
呟く少年の背後で、炎の勢いに耐えきれなくなった二階部分が崩れ落ちた。
「……兄ちゃん」
ぽつりと、取り押さえられていた子供が呟く。
助けられた仔犬は、その少年に良く似た、少年を取り抑える母親らしき女性が背負った少女の元に駆け寄っている。
「兄ちゃんは、皇子様なんだろ!」
親の手を離れた少年の拳が、ちょっと焦げた銀髪を打ち据えた。
「何でだよ!何で!何で!
助けてくんなかったんだ!大嘘つき!」
二発、三発。
次々に投げられる拳。弱々しいそれを、銀髪の皇子は静かにその体で受け止めながら見下ろしていた。
ぶれることも無く。揺れることもなく。焼け跡の残る足で、静かに頭を下げずに謝り続ける。
「……二匹?」
「ああ、二匹だ。
おれは……その内一匹を見捨てた。
柱の下敷きになっている犬を二匹とも助けていたら倒壊に巻き込まれるかもしれないからと、助かったかもしれない片方を見殺しにした。
命惜しさに。それだけだよ、アルヴィナ」
混乱するわたしを他所に、黒髪の少女に皇子さまは受け答えする。その声は沈んでいて、後悔に溢れていた。
「皇子なんだろ!すごいんだろ!
何でだよ!何で……何で……」
少年の叫ぶ最後の方は、もう溢れる涙でまともな声になっていなくて。
「おれが、皇族の出来損ないだからだよ」
そんな事を告げる銀の髪が、不意にがくんと縦に揺れた。
……石だ。
その辺りに転がっている石が、投げられたんだと、一拍遅れて気が付いた。
……誰が?
「偽皇族!」
「何だよコイツ!」
「子供が可哀想だろ!」
更に飛ぶのは、心ない言葉。
……どうして?
「止めろ!」
そう、少年は叫ぶものの。
「おれ以外にも当たるだろうが、今すぐ石を投げる事を止めろ、関係ない子を巻き込むな!」
なんて、投げられることそのものは否定しない。
何で?何でなの皇子さま。
此処で見てただけの人には皇子さまよりもっと大人な人だって多いのに。
なんで、なにもしなかった人に、助けに行った皇子さまが責められるの?
もっと責められるべきは、一匹助けた皇子さまじゃなくて二匹とも見殺しにした他の人々なのに。わたしみたいな、大人なのに。
「……皇族の皇族たる権利には、民の盾である義務を伴う。
こういうことだよ、アナ」
そんなわたしに、それでもこれが当然なんだって、皇子さまは……わたしを心配させないように、そう笑った。
 




