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オリエンテーリング、或いは沼

「さて、此処が最後だが」

 おれが見付けてきていた場所……行き掛けに近くを通った沼の下に恐らくは沈んでいるスタンプを前に、シロノワールがその鮮やかな金の髪を揺らしてぽつりと呟く。

 

 「他に行っても良いが……」

 「本当にあるんですかね?」

 と、疑問符を呟くのは銀髪サイドテールの女の子。シロノワールに置いていかれかけ、その髪と息を弾ませておれの側まで来ると沼を覗き込む。

 おれはそれに……6つめのスタンプとして取っ捕まえておいた妹の鳥ゴーレムと戯れながらどうだろうな?と呟いた。

 いや、何で出てくるんだアイリス……あと捕まったってじっとしていたらおれたち以外がスタンプ取れないだろ、ちゃんと巡回しろ。お前の右足がスタンプになってるんだぞ。

 

 「皇子さまは分からないんですか?」

 「こんな露骨に怪しい場所に無かったら拍子抜けだってだけだ」

 良く良く見れば、濁った沼の底に見える……なんて事はない。そこまでの透明度をこの濁り水は持っていない。

 

 が、だ。何だかんだ清浄に近い森の中で、これだけ濁った沼なんて存在自体がまずアホかってくらいに怪しい。スタンプに反応するレーダーのような魔法を使うまでもない、潜れば多分見つかるだろう。

 というか、しっかり見るとこの沼、人工物だって解るからな。沼に落ちにくいように、ついでに沼が拡がらないようにかさりげなく縁が盛り上がっていてしかも周囲の地面より硬い。

 それを踏みしめて確かめつつ、おれはだろ?と着いてきているエッケハルトに問いかけた。

 

 「いやー、無いと思うけどなー」

 「……」

 どこか覇気のない返事を返す炎髪の青年を、シロノワールがつまらなさそうに見ていた。

 

 「どうしたエッケハルト。疲れたのか?」

 「え?じゃあ休憩にしますか?ハイペースでしたし」

 「いやそうじゃなくてさアナちゃん!

 休憩するなら夜まで休憩にしたいけど」

 「えっ?」

 「そしてキャンプして」

 「え?でもそうするとしてもちゃんとわたしたちとエッケハルトさんは別々にお泊まりですよ?」

 自分への好意は良く解っているのか、少女は青年の主張に困ったような笑みを浮かべて半歩距離を取る。

 

 「良いの!単純に可愛い子とキャンプしたってだけで嬉しいものなの!シチュエーションそのものがロマンチックな訳。

 分かる?このロマンと切なる願いが分かるか無粋チート共」

 グッと拳を此方に向けて突き出され、ちょっと涙声の叫びがおれの胸に突き刺さる。

 

 「そもそもなぁ!皆で頑張って愛と絆を深めるドキドキ協力オリエンテーリングで!無双すんじゃねぇ!」

 もっとも過ぎた。


 「止めろよゼノ」

 「いや、シロノワールは単なる協力してくれているだけで……」

 何というべきか……呉越同舟?でもこの世界には呉も越も無いから何言ってるんだで終わるんだよな。しかも、使ったら本来敵ということでシロノワールの正体をばらす事にも繋がる。

 「目的が同じというだけの期限付きの相棒」

 あ、相棒で良いのかテネーブル。

 

 思わずそちらを見ると、コンタクトではないが色を変えアルヴィナに似せた金眼ではなく混沌とした色の瞳がおれを静かに睨み返していた。

 「相棒だろう?この翼に……」

 カラス姿に戻りながら、彼は魔神王らしい威圧的な声を響かせる。

 それに、おれは……八咫烏姿になるとおれの肩に戻ってくるアドラー・カラドリウスから託された翼のマントを軽く右手で握って頷いた。

 「ああ、そうだな。彼の想いの翼に誓って」

 アルヴィナの為に。真性異言(ゼノグラシア)だというテネーブルの肉体を止めるという、同じ方向が続く限り。

 

 「あ、相棒……」

 アナ?何で覇気がなくなってるんだ?

 「タテガミさんもそうですけど、男の人ばっかりですね……」

 

 「皇族だもの。性格破綻者でしょ」

 辛辣なアレット。

 「ワタシは無視なのかしら?」

 本気で見ているだけという言葉を徹底するエルフは少しだけ不満げにそうぼやく。

 「ご、ごめんなさい……忘れてた訳じゃないんですけど、凄い人じゃなくてエルフさんですから、ちょっと別枠で考えちゃってて」

 「それで良いの。七天の女神に祝福された特別なワタシに手助けされているのだもの。特別に誇りなさい」

 ふふん、と自慢げに少女は微笑んで、

 「……で、この沼どう攻略するのよ」

 話題を戻してくれた。


 「いや休憩するって話に」

 「馬鹿じゃないのアナタ。そもそも何刻休むのよ。圧倒的最速を出すことを前提に教師陣がスケジュール組んだから最初の一組なのよアナタ達。もう一つの聖女様達はその逆、その最速を覆せるかの大トリ」

 「……そうなのか」

 その割にはおれは手出しするなと言われたし、だから飛んでる妹のゴーレムを捕獲する以外では何もしてないんだが……

 

 「ええ、そうよ。

 それに、そんなにお泊まりしたいなら、終わってから勝手にやれば良いじゃない。結局同じ学生でしょう?泊まって親睦を深めたいというなら貸し出しくらいするわよ」

 その言葉に、ぱっと明るくなるエッケハルトの顔と、露骨におれを見てうぇぇ……するアレット。

 

 いや、正にとりつくしまもないというか、本当に滅茶苦茶に嫌われてんなおれ。

 

 「じゃあ、とっとと終わらせてキャンプだ!」

 「まだ早いけどな」

 まだ昼だ。正午にすらなってないという。

 

 本当に、シロノワールってただのチートだな。導きの力で最初から全部のスタンプ見付けてたらしいし、本来が鳥だから移動も簡単と。

 「まあ、良いじゃん!

 で、俺は……炎属性って沼と相性悪すぎるんだよ!無理!」

 活躍できない……と青年は眼を逸らす。

 

 「おれが潜ろ」

 「危険だから駄目です。底の方は見えませんし、水中呼吸できるようにする魔法も効きませんし、なにかあっても誰も皇子さまを助けてあげられないんですよ?

 だから却下です絶対に行かせません」

 言いきる前に、冷たくぴしゃりとリーダーの聖女様の却下が飛んできて口をつぐまされる。

 助けてくれ始水。乙女ゲー主人公が原作と違って過保護だ。

 

 ……返事がない。諦めてくれと言われてるようだ。


 「濡れる気はない」

 焚き付けておいてやる気の無いテネーブルが匙を投げる。

 「泳ぎはあんまり……」

 そういえば、アレットって設定的にカナヅチだっけか。サブキャラ同士の絆支援イベントも一通りは埋めた筈なんだけど、そこまで興味無かったキャラだからか曖昧だ。

 確かそんな話が誰かとのどこかの絆支援であったような……レベル。だが、だからといって泳げないのかとか確認取りに行ったら元々嫌われてるのに更に嫌われるだろう。

 

 「つまり、アナちゃんが」

 どこか期待を込めた言葉が、炎髪の青年の口から洩れる。

 「ほら、極光(オーロラ)の聖女で水属性持ちだし……」

 エッケハルト、極光の聖女はもう一人の聖女編の主人公(ヒロイン)の二つ名だ。それがアナの事だとして、その二つ名になるのは一年後だからな?

 

 「腕輪の聖女よ」

 「ですです」

 間違い(でもないが)を訂正するノア姫に、それにこくこくと頷くアナ。

 「あと、確かにわたしは魔法を使えば水の中でも呼吸できたりするんですけど……」

 少女は自身の豊かな胸元というかワンピース状の神官服に眼を落とす。

 「服が濡れちゃうんですよね」

 

 見えないように背に回した手をグッと握りガッツポーズを取る馬鹿(エッケハルト)

 「確かに、わたしが行かなきゃいけないとはおもうんですけど……」

 それでも、びしょ濡れは嫌なのだろう、難しそうに少女は瞳の光を揺らがせて悩む。

 

 「おれが」

 「駄目です」 

 言わせてすら貰えないのかよ!?

 「ぷっ、なっさけな」

 と、そんなおれを見てアレットが口元を抑えていて……

 

 「……『アトラクション・ロード』!」

 宙に黒い球体が浮かび……それに吸い込まれるように、沼の底から、頑丈な鎖に繋がれた金属スタンプが姿を見せた。

 「重力魔法で、何とか……」

 持ち出してきた魔法書を両手で抱き抱え、黒髪の少年が呟く。

 「やるじゃないか、オーウェン!

 あとは……シロノワール!」

 「……まあ、良いか」

 カラス姿から人型を取った金髪の青年がアナの手のスタンプ帳を優しく抜き取り、空を舞ってそのまま宙に引っ張りあげられている状況のスタンプまで飛翔。

 ぽん、と捺印して……

 

 唐突に感じる世界の歪み。

 あの日もあった、何かが来る感覚。

 

 「戻れ!シロノワール!」

 強制召喚。テネーブル自身はおれの管理が届く存在ではないが、翼のマントは別。実体化させているそれを無理矢理おれの手元に戻すことで、実体の無い見えてるだけの影のような魂に戻す。

 『カァァッ!』

 スタンプ帳を放り出して姿を変えられ、怒る鳴き声が響き……

 

 ドバァン!と、轟音を立てて沼が破裂した。

 いや、違う。沼に超高速で何かが着弾したのだ。その何かの正体は分からないが、確かにその残像を眼が捉えた。

 

 「きゃっ!?」

 「っ!」

 本当は触れるわけにはいかない。そんな考えを無視して、体が動くままに横の少女の手を掴み、胸元に抱き寄せる。

 そして……

 

 「はぁっ!」

 肩掛けマントが、黒い翼を拡げ……風が津波のように襲いかかる濁った水を弾き飛ばした。

 

 「……お疲れ様」

 「こんなことで使いたくはなかったんだけど、な」

 自分だけなら被っても良い。アナだけならおれの体が盾になる。だが、それではノア姫達に泥がかかる。だから、マントの力を……アルヴィナを助けるために託された翼をはためかせた。

 本来は、こんな事に使ってはいけないのに。

 

 「って!守れてないからなゼノ!」

 「範囲狭すぎ」

 「………………」

 あ。

 

 離れた場所にいたエッケハルト等まで、風の護りは届かなかったようだ。

 いや、雑に使うわけにいかないからとほぼ使ったことがないから発動時の有効射程範囲を知らなかったというか……

 

 「すまん!」

 おれは、茶髪の少女が盾である程度防ぐも手足が濡れた二人へと頭を下げた。

 「ってそんな場合か!」

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