オリエンテーリング、或いは瞬殺
「ノアひ……ノア先生」
「ええ、言い直せて偉いわね。何かしら?」
ぴくりと形の良い眉を潜める少女エルフに慌てて言い直す。
「このオリエンテーリング、平均してどれくらいの時間で帰ってくれば良いんだ?」
おれは、兼ねてからの疑問を呟いた。
そろそろ移動は終わりだ。大きな森の中に切り開かれた広場のような一角。水源に添って作られた拠点の一つ。テントもあり、職員というか教員も居るスタート地点が見えてくる。
後は、最初の移動の疲れを軽く取ればスタートだ。
いや、これ本当に良いのか?移動中にスタンプの在処を一つ見つけてしまったんだが、ルートによって見つかるか否かが違うなら結構ルールがガバガバじゃないか?
「ああ、それ?
大体早ければ3刻と言われてるわ」
「……長くないか?」
と、おれはまだまだ天頂で交差しない二つの太陽を見て呟いた。
今は朝早い時刻だからここから3刻(24時間換算で9時間)ほど経っても問題はないが、真昼から始めても早くて戻ってくるのが日が沈みきった夜って、かなりの時間だ。
「長くない?」
と、エッケハルト。
「昼と夜とでスタンプの見つけやすさも……」
オーウェンもまともな疑問を抱いたのか、話を聞こうとしていて、
「ええ、だからキャンプ出来るわよ」
「キャンプ、ですか?」
首を傾げるアナ。
「そう、泊まれるのよ」
「いや泊まったらそれだけで時間過ぎるだろ」
「馬鹿ね。外に出たりして変に動かない限り、時間計測は止めるわ。その辺りの運は時間に絡めないわよ」
呆れたようにノア姫は肩を竦める。
というか、完全に教師として馴染んでるなノア姫……。その辺りのルール、エルフがわざわざ覚えるわけ無いじゃないとスルーされるかと思ったんだが。
「失礼な事を考えてそうね」
と、半眼で紅玉の瞳に睨まれ、おれはすまないと苦笑を返した。
「……泊まりの間は?」
持ってきた要らない気もする大きな盾の取っ手を握り、心配するのは茶髪の少女アレット。
「安心しなさい。男女別に貸し出すわ。必要ならカップル向けも貸すけど、それは別料金」
「そうじゃなくて、襲われたり……」
「馬鹿?障害も此方で用意してるのよ、あるわけ無いじゃない。
変態以外には」
「がはっ」
辛辣な言葉がエッケハルトに突き刺さり、彼は胸を抑えて森の下草の生えた地面に踞り……
「み、見え……」
ばっ!と銀の髪の聖女が何着かあるのだろうシスター服のようなワンピースのスカートを抑え、アレットのジト眼が細くなり、会わない間に髪を伸ばしてポニーテールに纏めたエルフは特に反応しない。
「さいてーです」
「覗くために踞ったの……?」
「し、仕方ないだろ見えそうだったんだから。
というか冗談だって」
少しだけバツが悪そうに膝に付いた土を払って青年は立ち上がり、
「エッケハルトさん。ほんとーに女の子はそういうの気になっちゃうんですからね?」
愛しの聖女が少しだけ困り顔で告げる言葉にしゅんとして頷いていた。
「というか、無いものは見えないわよ」
「ぶっ!」
そんな中、何時もの爆弾にエッケハルトと……あとは黒髪の少年の視線がエルフ教師のスカート辺りに集中する。
「ノアさん」
「何よ」
「履いてください」
だが、今此処には……ノア姫に真っ向から意見できる相手が居た。
少しだけ頬を膨らませ、銀の聖女は毅然と下着を身につけないエルフのありように立ち向かう。
「嫌よ。余計な布、理由もなく身につけても良いことはないわ」
「皇子さま……は全然ですけど」
どこかほっとしたように、いやそれでも何か不満げに少女が語る。
「いやお前気にならないのかよゼノ」
「履いていても履いていなくても、おれが見て良いものじゃない。なら同じだ」
「エルフが何だろうがどうでも良い」
と、賛同してくれるのは興味の無さげなシロノワール。
「私は聖女の為のカラス」
いやどの口が言うのか、いけしゃあしゃあと真っ赤な嘘をイケメンだから許されるアルカイックスマイルでかますその演技の面の皮の厚さにはちょっと感心する。
「聖女以外の者がどうであれ、私は揺るがない」
……それはリリーナに言え、テネーブル。
「というか、ものがないでしょう?」
辿り着いたスタート地点で、勝ち誇ったように無い胸の前で腕を組んでエルフは堂々と告げる。
「えっと、お泊まりの可能性があるって聞いて、わたしの替えなら……おりますよ?」
「止めてくれる?そっちの娘は兎も角、アナタのなら、サイズが合わなくもないから困るわ」
紅玉の瞳が上を……そこにある大きなリンゴのような二つの膨らみを睨みつける。
「まあ、上は全くだけれどもね」
「じゃ、履いてくださいね?」
肩を竦めて、少女が肩掛けバッグから取り出した薄桜色の布を掴まされたエルフの姫の姿がテントの奥に消える。
ごくり、と横でエッケハルトが唾を呑むのが、やけに大きく聞こえた。
「何やってんだエッケハルト」
「いや、だってさ。
替えってことは……アナちゃんは今、ああいうパンツを履いてるって事だろ?」
「スケベか」
はぁ、とおれは息を吐く。
まあ、おれはそういった恋愛に関係してはいけない呪われた忌み子だが……そうでないなら健康で良いと思う。
でも、変に意識してしまうから止めてくれ。
奥歯を噛み、わざとらしく大きく溜め息を吐いてそんな友人を諌める。
そんな中、アレットは仕方ない人とばかりにエッケハルトをじとっとした眼で見つつ、話を振ったおれに敵愾心を向けてきていた。
……そこまで嫌うか?
いや嫌うか。姉がそういった性関連の被害にあったものな。そして、それを止められなかったのはおれだ。
「……や、やめようこういう話」
と、小さな声を振り絞り、黒髪の少年の勇気ある一言が響く。
「そうだな、オーウェン。関係を拗らせても仕方がない」
「私は、聖女を見守り導くだけだ。変態が自決しようが、どうでも良い」
「いや、俺変態かよ!?
男なんてこんなもんなの!」
突き放すシロノワールと、言い訳するエッケハルト。
「言葉にするのはさいてーです」
女性陣は冷たく……
「はい、履いてきたわよ」
どうせと思い、その言葉と共にテントから姿を見せたノア姫とエッケハルトの間に体を割り込ませる。
「ん、ゼノ?」
「そういうところは気にするのね、アナタ」
おれの背後で、証拠とばかりにスカートの裾を摘まんだろうエルフの呆れ声と衣擦れ音がした。
「さ、さあ!色々ありましたけど、頑張りますよ!」
と、ちょっと空回りしながらも拳を遠慮気味に上げた銀の聖女が音頭を取り、オリエンテーリング本番を始めた。
そして、一刻後。
「はい、五個目」
「やっぱりお前らただのチートじゃねぇか!」
「当然の事を。私は導きの鳥だぞ?」
スタンプ集めはシロノワール無双の様相を呈していた。
やる気無さげな事言っておいて、開幕聖女が頑張ろうと言ってたからで積極的に動き始めるのは卑怯だと思う。




