黒髪、或いは黒鉄
報告:更新したのは23話のおまけエピソードです。
「シロノワール」
銀の聖女から逃げるように少年オーウェンを連れ出したところで、背後から肩を叩かれる。
「ああ、忘れてた。
本当に申し訳ないシロノワール。聖女と共にという話は覚えていた筈なのに、リリーナ嬢とは分けさせてしまった」
彼の言葉を思い出して頭を下げる。
そうだよな、シロノワールとの約束破ってるよなこれ。
そう思うのだが、彼は呆れたように息を吐いた。
「そこは構わない。私はそもそも、【聖女】と共に居させろと言っただけだ。
それが天光の聖女リリーナであるべきとは言っていない」
「それでも」
「銀の髪の方も、確かに聖女だろう?ならば私は構わない」
いや、ゲーム的に言えば聖女ってリリーナの事になるんだが……
ん?待てよ?
アナ=原作での隠し主人公ということならば、一年後には龍姫の加護を受けて正式なもう一人の聖女……あれ?名前何だっけ?
ああ、そうだ、オーロラだオーロラ。"極光の聖女"アナスタシア・アルカンシエルになる……のか?
始水、と脳内で幼馴染を呼んでみる。
「『あ、そうですよ兄さん。死なせたりあんまり虐めちゃ怒りますからね』」
とだけ、一言。
なら良いのか?というか、虐めるって何がだ?
「いや、シロノワール」
「皇子。お前もだが、龍臭い。清水のような鼻の曲がるおぞましい香りがする。
あれが聖女でない筈がない」
あ、その辺りは分かるのか、流石かつて昔の聖女と殺しあった頃の四天王で現魔神王。
いや不安だなオイ!?
「良いんだな?」
なんてやりとりを、ぽかーんとオーウェンは眺めていた。
「おおおお皇子!」
「ん?どうしたオーウェン」
「そいつ、魔神王だ!」
……あ、ボロを出すか悩んでたのか。
で、告げることにしたと。
そんな彼を安心させるようにおれは微笑む。
「知ってる」
「はい?」
「君達みたいな……特別な力を持つ転生者」
彼の腕を見れば、確かに其所にあるのはそうと知れば圧倒的な威圧感すら感じる黒鉄の腕時計。
その時計を視線から庇うように抑える黒髪の少年に大丈夫だってと頬をかきながら、おれは続ける。
「その中には、その力で好き勝手しようって悪い奴も居る」
ま、おれも半ばその一人かもしれないが。
「そんな彼等に……対抗しなければいけないから」
「ただ、この世界や人類よりも先に対処しなければいけない仇敵が居るから、戦力として利用してやっているだけだ」
冷たく吐き捨てるように、翼を広げてシロノワール=本来の魔神王テネーブルは告げた。
「り、利用!?
というか、何時から……」
ビクビクと怯え、少年は縮こまりながらおれを小動物のような瞳で見上げてくる。
……何というか、アレだな!悪者の気分になる。というか、こいつ昔と性格変わってないか?ついでに言えば、腕時計持ちなのにも関わらず、尊大さが無さすぎる。
ユーゴもシャーフヴォルも、圧倒的な力を持つ自身を過信していたし、その分尊大だったというのに。
ならば、と当たりをつける。彼の持つというのは……始水が欠陥品とか教えてくれた方、AGX-ANC11H2D……《ALBION》なのだろう。喪心失痛の龍機人の名を持つ、脳にナノマシンコンピュータ埋め込み鋼鉄の義腕が折れるの覚悟で鎮痛剤で感覚消して……その上でブラックアウトする意識を無理矢理ナノマシンで再起動させながら戦う機体らしいからな。
そもそも何でも好きに選べる訳ではないらしいし、大外れ引いたのがオーウェンだったんだろう。
いや、可哀想と言いたいが、まともな機体だったらこいつも敵になってた可能性とかあるんだよな……
「人間」
言われて、変に思考を潜らせていたことに思い至る。
「ああ、すまないオーウェン、色々と思い出していた
君の正体を知ったのは……君のお母さんに眼鏡を贈った後」
「……どうして?」
「君も転生者なら、気が付いたことが無いか?」
その言葉に、彼はゼルフィードと答えた。
「そう、ゼルフィード、ガイスト・ガルゲニア。彼が公爵になっているのはゲームシナリオ的には可笑しい。
それは……シャーフヴォルが、血の惨劇を起こせなかったから」
「皇子が……止めた?」
その言葉には曖昧に頷く。
「おれと天狼と竪神とシロノワールとアルヴィナ……あ、魔神王の妹な?
多くが手を組んで、漸く」
「え?」
「彼も君と同じ力を持っていた。AGX-ANCt-09と呼んでいた巨神を、君と同じ腕時計で召喚してきたから。
だから、君のその腕に黒鉄の腕時計を見て、転生者だと気が付いた」
ま、正確にはユーゴの時点で知ってたんだが、そこは良いや。折角彼が話しやすい例を出したんだしな。
なおも怯えを見せる少年。
黒髪に深い紫の目。その奥に見えるのは自信ではなく恐怖のみ。
「アトラス……」
おれは、その機体をそう呼んでいない。
確かに彼は、知識を持つのだろう。
「ああ、そうだ。おれはATLUSと戦ったから、その存在を知っている」
「え?なら……」
「でもおれが君が何者か知った時、君は……目の悪い母親の手を引いて歩いていた」
一息ついて、震える少年の手を握る。
「大丈夫だ、オーウェン。君が転生者でも、彼等と同じ力を持っていても、力が悪いんじゃない。それに善悪も……敵味方もない。
君がおれ達に何かをしようと思っていないなら、民を傷付けて乙女ゲーム?を己の思いどおりにぐちゃぐちゃにしようと思ってはいないなら。
おれは、君を敵だと思わない」
いや、おれも真性異言、つまりは転生者だから知ってるんだけど。それでも唯のゼノっぽく、発言を調子外れにしながら、少年の目を見る。
「で、でも!
そういうなら、お母さんの事で、ぼくはもう皇子に対して……」
何だよ、と怯える彼の肩を優しく小突く。
「何を気にしてるんだよ、オーウェン。
君も転生者なら、知ってるだろ?おれはこういう人格なんだ。
だというのに不安なら、ちゃんと口にするよ」
少年の手を一度離し、握手するように繋ぎ直すようにして、けれども握らず止める。
「君は大事な家族を護るために頑張って、そして家族を救える相手にたどり着いただけ。それは誇って良いことだ。
おれは、目の前の民を護るくらいしか皇族として出来ること無いからさ。君のお陰で、一人守れたことを……恨んだことも、怒ったことも無いよ」
精一杯、火傷痕で歪む顔で微笑む。
「だからオーウェン。何にも気にしなくて良い。大事な人を守れたことを誇れ。
気にするとすれば……これから、君のお母さんのような精一杯生きてる民を守りたくてこの学校に来たなら。
怖いこともあるかもしれないけれど逃げずに頑張ろうな、って。それだけだ」
そんなおれを見て……安心したように、彼はおれの手を握った。
合わせて、握り返す。
「まずは、オリエンテーリングから全力で。
宜しくなオーウェン」
「いやでも、魔神王はやっぱり怖……」




