前準備、或いはメンバー選定
「はい、ゼノ君」
逃げるように幼馴染と妹から……っていうか間違いなく逃げ出して翌日。
何時もは見るおれを責める皆の夢は、何故か昨日は見なくて。
そうしておれはというと、学生なら誰でも入れるし色々使える広い部屋の端で、頑張って考えたんだよーと少し誉めてほしそうに授業とオリエンテーリングの書類を書いて提出するリリーナ嬢の前に居た。
うん、アナにあんなことを言われてからの昨日の今日(というか今日の今日)だが、婚約者ということでリリーナ嬢側に着くことが多いのがおれである。
いや、個人的には有り難いんだがな。原作ゼノルートなら兎も角、おれルートとかあの子が傷付くだけだ。頼むから早く頑張れエッケハルト。
救われたくないと言えば嘘になるが、アナが言っていた通り、おれは救われるべきじゃない。優しいアナは罪がないというが、それならばこの手にベットリと付着した血は何だ?
幻覚……なのはどれだけ洗っても取れないから間違いないんだが、おれに罪がなければこんな幻覚見ないだろうに。
って、今は思い返しても仕方ない。背負うだけだ。
意識を切り替え、意図してキリッとした顔になるように一度深呼吸して、おれは桃色の髪の少女から用紙を受け取る。
「でもゼノ君、昨日は何処に居たの?」
その言葉で、実は結構長い間監禁されてたんだなーという事を漸く理解した。
あ、一日くらい捕まってたのか、おれ。抜け出してきたのが夜だったからてっきりそんなに時間は経ってないと思っていたんだが……
「まあ、ちょっと」
「むー、怪しい!ゼノ君は一応私の婚約者って事になってるから、あんまり夜遊びとかしちゃ駄目だよ?
私の評判下がるし、攻略に支障が出るかもしれないから、ね?」
その言葉にはそうか?と首を傾げるしかない。
「昨日の今日で婚約解消は流石にアイリス達の面子が潰れるから駄目だってのは分かる。
けれども、所詮おれだぞ?下がる評判なんてあるのか?」
「いやまあ、ゼノ君が夜遊びとかしてたら私が一番驚くくらいには有り得ないと思うんだけどさ
一応、ゼノ君なんて穢れた血の忌み子が聖女様と婚約等と!って人達結構多いんだよ?」
ほら、と少女は自分の若草色のバッグの口を軽く空けて広げて見せる。
そこには……4通の封筒の姿があった。
「これは?」
「昨日貰ったラブレター……って言うのかな?婚約というか交際を求めてる感じの手紙」
その言葉に目を見開く。
「4通もか」
真顔で封筒を取り出して、リリーナ嬢は軽くそれらを纏めて振る。
「信じられる?一応ゼノ君との婚約があるのに、大真面目に渡してくるんだよ?」
「寧ろ良く去年一年、婚約しているからという防壁が機能したなそれは」
何でだ?と首を捻るしかなくて、おれはそう呟いた。
『……一応、お兄ちゃんの方が……立場が、上、だから……です』
影がさしたと思うや、ぴょんと天井付近に張られた魔力風パイプ(空調制御用)の上からおれの頭に着地する小さなナマモノが、妹の声で告げる。
仔猫ゴーレム、ぬいぐるみのミィと同じ色合いのアイリスお気に入りの種類だ。
「ねぇゼノ君。
このアイリス可笑しいよ!?こんなにゼノ君にべったりな訳がない!」
びしり!と指差して告げられるそんな言葉。
うん、おれも何となくそう思う。原作アイリスはもっと人に興味があって社交的だった筈では?と。
だからこそ、幾らか男性相手の絆支援もあって、恋愛関係になる事も可能だった訳で……こんな人見知り厄介ブラコンでは無かった。
だが、だからって人格が別って気はしない。単純に人見知りが加速して幼いだけというか……成長前というか……
『ぶ、れい……』
引っ掻く、と物騒な事を言いつつ金属製の爪を展開する妹猫を頭上に手を伸ばしその背をぽんぽんと叩いて抑える。
あとアイリス、額からドリルを生やすな。お兄ちゃんはそんな物騒な物をミィに仕込んだ気は無いぞ。
「……すまない、リリーナ嬢。多分、過去に色々あったせいで心を閉ざしてる時期が長くて」
「うーん、ガイスト君みたいな感じ?」
一つ首肯を返して、そもそも話がズレてるよと軌道修正。
「それで、アイリス?おれの方が立場が上だと意味があるのか?」
いや、一応これでも皇族という点は変わってないわけで。別に追放されたとかそんな形でおれとの婚約に意味がなくなった訳でも……
『お兄、ちゃん。複数と結婚する……どっち?』
「それは七大天が認めるかどうかだろ?」
「いやそうじゃなくてさゼノ君。
大体は地位が高い方じゃない?ほら、伯爵さんが子爵の娘と男爵の娘と重婚はあっても、子爵の娘が男爵と伯爵と重婚ってあんまり無さそうじゃん」
「言われてみれば」
「つまり、一昨日以前の私って単なる子爵の娘で……一応私が後継ぎを産まないとーだから結婚すればアグノエル子爵領とか一時的に受け継ぐんだけどさ、流石に皇子に睨まれるリスクと引き換えにしてまで粉かける価値って無かったんだよね」
でも、と満面の笑みで桃色の聖女は銀金の太陽杖を手元に呼び寄せる。
「今の私って天光の聖女様!私がもしも重婚するって言ったら、ゼノ君じゃ反対できないよね?」
「おれは元々君が物語の舞台に上がるために婚約しただけ。聖女だとか関係なく結婚するなら身を引くけれど?」
「いやそうかもしれないけどさ、一応普通は、ね?」
『聖女……だから、アプローチも、出来……ます。
好きになって貰えば、勝ち……。非難も、むり』
うん、何て言うか……アレだな!現金な反応!
「うん。乙女ゲーム世界だからって、全部の男の人が素敵……なんて、無いよね……」
どこか落ち込んだように目線を下げて、バッグにそんな大事そうでもなく、けれども粗雑すぎない程度の力でちょっと端が折れるのは気にせずに手紙を突っ込みながらリリーナ嬢はぽつりと漏らす。
「でも、全員が全員、駄目なわけでも無いだろう?」
「うん。だから……」
ちらり、とされる上目遣い。小悪魔のような微笑み。
「ねぇゼノ君。攻略対象で固めちゃ、駄目?」
その言葉に、渡された書類に目を落とす。
メンバー表はというと、おれ、頼勇、シロノワール、リリーナ嬢、付き添いの教員がシルヴェール兄さん。
うん、何処から突っ込めば良いんだこれは。まず、おれとシロノワールは同枠だ。そしておれと頼勇は別々にするように言った。
ついでに攻略対象で固めたいと言う割にエッケハルトが居ない。アナ側ならそれはそれで助かるが。
いやプロローグからは居ない攻略対象多いから仕方ないと言えば仕方ないんだが……何なんだこれ?
「駄目……?」
「だめです」
その声は横から聞こえた。
「……シエル様」
あんな事を言われても、おれは受け入れるわけにはいかない。誰かを不幸にしておれだけが幸福になるなどあってはならない。
だから距離を取るために、何時の日か愛想を尽かされるために、わざとこの名前で呼び続ける。
そのおれに、少しだけ嫌そうに瞳を閉じて。それでも銀のサイドテールからさっぱりした香りを漂わせて、何時からかもう一人の聖女……アナスタシア・アルカンシエルが頭一つ以上おれより低い背丈で、頑張って紙を覗き込んでいた。
「ルールは聞きましたよ?
破っちゃ駄目だと思いますよリリーナちゃん」
「ぶー!なら貴女はちゃんとしてるの?」
「はい、ゼノ第七皇子様」
当て付けか、それとも違うのか。
昨日告白紛いの言葉を紡いだにしてはよそよそしく、聖教国の聖女もおれへとメンバー表を手渡してきた。
内容は……アナ自身、おれ&シロノワール、エッケハルト、アレット、そして教員枠でノア・ミュルクヴィズ。
……ん?
「ノア姫?故郷に帰ったんじゃ?」
「え?教師になってて、一昨日会いましたよ?」
……どんな心境の変化なんだろう。人間なんてって言う割に、人間を……ああ、教え導いてあげるわよって形ならプライド的にも問題ないのか。
「竪神じゃなくて良いのか?」
「竪神さんは、何となくリリーナちゃんが気にしてたのでそっちが良いかなって」
本心が読めない。あんなおれだけに都合の良い言葉を言った辺り、よそよそしくなってもいきなり嫌われたわけではないんだろうが……
「ねぇゼノ君、これどうなるの?」
「本来は内容が被ったら予言の聖女である君優先なんだけど……リリーナ嬢。
君のは要項を満たしていないから、流石にやり直し。シエル様の希望優先になるかな、今回は」
その言葉に、満足そうに頭の上で妹猫がにゃあと鳴いた。




