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耳かき、或いは自傷

「じゃあ、始めますね?

 リラックスして力を抜いてくださいね。誰も皇子さまを傷付けません、わたしの膝で、アイリスちゃんのお布団で……」

 と、少女は何処か困ったように目尻を下げて微笑んだ。

 「布団って結構変ですよね……仕方ないんですけど」

 

 そして、案外重いなこの布団。そう思ってふと見ると。

 「にゃあ」

 居た。アイリス本人である。ついにゴーレムじゃなく本体でのし掛かってきているが……

 

 「てい!」

 ゴーレムとリンクを切ってくれたのならば好都合。一息に引き剥がして妹をブランケットで巻き取って終わりだ。

 

 さて、帰るか。

 「不覚、しまった」

 「あ、アイリスちゃん!?」

 自分の用意したブランケットにぐるぐる巻きにされて、唖然とした表情で妹は呟く。

 

 「……皇子さま。本当はやですけど、怖いですけど……」

 少女の声が、震えている。

 振り返ると、幼馴染は完全に光の抜け落ちた瞳で、貼り付いたような仮面の微笑で、氷のナイフを喉に当てていて……

 

 「アナ、何をやっている」

 「人質、です。

 皇子さま。わたしがどうでも良いなら、逃げてください。でも……」

 迷うような間。

 幾らなんでも死ぬのは怖いのか、それとも卑怯な手に思い悩んでいるのか。その辺りはおれには分からない。

 

 「わたしが、ちょっとでも大事なら。戻ってきて……ください」

 とん、と当てられるナイフの切っ先。ほんの少し沈み込み、つぅ……と一筋というか一滴だけ赤いものが滴る。

 

 「正気になれ、アナ。おれの為になんて、死ぬ価値がない」

 「そう思ってるのは貴方だけです」

 「君は聖女だ。世界にとって、何よりも大切な存在(ひかり)になり得るものだ!」

 声を荒げ、奥歯を噛んで叫ぶ。

 

 「おれのような塵屑と関わらず輝くべき極光(オーロラ)なんだよ、君は」 

 その言葉に、アナは手を震わせながら、おっかなびっくり……ナイフを進める。

 

 「なら、皇子さま?

 わたしが死ぬのは駄目……です、よね?」

 おれならば、それでも良い。死なない範囲でナイフを突き刺すくらい出来る。

 でも、震えている彼女にそのギリギリなんて突けないだろう。手が狂って、本気で取り返しのつかない自傷をしかねない。何時もの控えめながら芯の強さのある瞳の光が虚ろに消えている今、本気であり得る。

 本当に、手を滑らせて死んでしまいかねない。

 

 「分かったよ」

 何度めか、おれは肩を竦めた。

 「でも、アナ。二度とおれなんかの為に死のうとするな」


 アイリスだけじゃなく、アナまで……

 どうなってるんだ本当に。こんな塵屑に対して

 あれか、幼少期に関わりすぎたせいで、初期好感度がバグってしまったとか……ゲーム的なそういう問題でもあるのか?

 だとしたら、より距離を置くべきだが……

 そんな事を思いながら、何度めか両足をしっかり揃えた少女の白い膝に頭を乗せる。

 

 その白さと柔らかさに、薄汚い灰銀の己の髪があまりにも不釣り合いにも思えて。

 「ご、ごめんなさい。ちょっと痛くて……

 まず、傷を治しちゃいますね」

 と、申し訳なさそうに当たり前の事を言って、少女は己の右手を自分の首に当て、つぅと流れる血を止めた。

 

 「では、改めて始めますね。

 もう絶対に絶対にぜーったいに、逃げちゃ駄目ですからね?」

 頭を痛くもなく強くもなく左手で抑えられながら言われるのに、目を瞑って少しだけ頭をずらして答える。

 目を開いて視線を少し上げれば釣鐘のような胸の膨らみをしっかりと主張する服、目線を下げればお腹……は見えないが、布一枚隔てたところにそれがあるのが理解できてしまう。

 

 おれには正直耐えられなくて、目を閉じたところでスカート一枚隔てた太股の感覚をより強く感じるだけなのだが、それでも逃げるように目を閉じる。

 「ふふっ、逆にしましょうか皇子さま」

 そう言いつつ、少女は反対側に回る。

 うん、視線をかなり上げればこれでも胸が見えるけれど、此方の方がまだ精神的に幾らかマシだ。

 

 ……逃げたくなってきたんだが。膝枕なんて、始水にすらほぼされたことがないし、母親はどちらも幼い頃に死んでいてそこまで覚えがないし……

 逃げられるなら今すぐに出ていきたいが、耐えろおれ。何か可笑しいアナが満足するまで、同じくらい逃げたくなった始水に耳をぺろりとされた時を思い出して耐えるんだ。

 

 いやこれ思い出したら駄目だわ。

 

 四苦八苦しながら体を固めて待っていると……ふわりと耳たぶに触れる冷たい感触。アイスピックほどは冷たくない、ちょっぴり冷えた金属。

 見上げると、くるっと丸められた細い金属ワイヤーを三重に重ねたちょっぴり高そうな耳かき棒を手に、何処か光の無い瞳で嬉しそうに微笑む幼馴染の顔。挿絵(By みてみん)

 

 「えへへ、やっと皇子さまにこれを使ってあげられます。

 曲がるワイヤーですから、耳触りがとっても優しいんですよ?一回お耳を壊しちゃった皇子さまでもきっと大丈夫です」

 つん、と耳の中に触れる感触。

 

 「……ところで皇子さま?」

 何処か、あきれた声。

 「何年やってないんですか、耳のお掃除?」

 ぱっと天属性の魔法で耳の中を照らしてみたのか、少しの熱を耳に感じると共に、ため息をつかれる。

 「奥にはちょっぴり血も固まっちゃってますし……なんでこんなになるまで放っておいたんですか?これ、一年じゃききませんよ?」

 その言葉に、誰もやる人居なかったからなと苦笑する。

 

 「ノアさんは、やってくれなかったんですか?」

 「いや、ノア姫には拒否されたよ。異性の耳を意図的に触って良いのは親子か夫婦だけ、って」

 「ノアさんらしいですね、何だか。

 でも、メイドのプリ……なんでもないです」

 プリシラがやる筈もない。レオンの耳かきをしているのは見たことがあるが、頼んだらは?と冷たい目で返されるのが目に見えていたから頼むこともせず、自力で表層だけ取って終わりにしていたのだ。

 

 「此処でやろうとしてて良かったです」

 カリカリと優しく、耳の壁を少女の操る耳かき棒が引っ掻いた。

 「リラックスですよ、皇子さま。

 ……垢も何年も残ってる血も、貴方の悪い心も苦しさも、全部ぜんぶ、掻き出してあげますからね?」

なお、耳かきそのものは此処ではカットです。音のない耳かきに価値などあんまり無いのです。

挿絵(By みてみん) 

ということで、今話と次話辺りをAMSR用に一部台詞を改変して音声作品化しています(シナリオ:星野井上緒(アステール)名義)。cvは犬塚いちご様で、公開も犬塚様のチャンネルです。

なろうにそのままリンクを貼るのも規約的に微妙のため、気になる方は犬塚様のチャンネルから上のサムネイルの作品を御覧ください。

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[一言] アニメ化の際はどうかフルパートでお願いします。
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