クソザコヤンデレ、或いは唯我独悪
注意:この辺りの主人公ことゼノ君は滅茶苦茶なサイコ思考をしています。珍獣でも眺めているつもりでお願いします。自己投影とかしたら多分吐きますので……
「ほら、横になってくださいね」
トンと肩を押され、おとなしく寝転がる。
柔らかいと言えば間違いなく柔らかいのだが、何処かほっそりとした太股の感触に唇を噛む。
女の子はもうちょっと肉付きが良いものじゃないだろうか?エッケハルトが語っていたし、何かとノア姫を気にしていた少年兵も普通は女の人は柔らかくむちむちしてるけれど俺はノア様みたいに妖精のような姿の方がと語っていたのを覚えている。
いや、アイリスみたいな病弱なのは別としてだが、そんな印象が強い。
とすれば……この娘はどこまで、辛い想いをしてきたのだろう。おれは何処まで、助けられてないのだろう。食べ物にも困って、だからこんなに……
そんなことを苦々しく思っていると、髪がゆっくりと撫でられる。
「大丈夫ですよ、皇子さま。リラックスしてください。
此処に皇子さまを傷つける酷いものも、批判する最低の人も居ませんから。あんな風に、皇子さまを責めるひどい人達なんて絶対に居ないから、安心して良いんですよ?」
優しく髪を漉くように、白魚のような指先が灰銀の髪を伝ってゆく。
「皇子さまはあんなに一生懸命で、出来る限りみんなを助けたんです。それを悪く言う悪い人、居ないですから」
「……彼らは悪くなんてない」
ぽつりと、そんなことを漏らす。漸く、彼女の呟く酷い人というのが拘束される前におれが謝罪してきた遺族の人々の事だと理解したから。
ならば、そんな理不尽な発言を許してはいけない。甘えてはいけない。
「おれが悪い。彼らは正しい怒りを胸に、一つの勇気を抱いて、正義を謳っただけだよ。
加害者はおれで、家族を喪った彼等は単なる被害者」
そうだ、彼らは正しい。他に誰を助けられてようと……自分の子が、兄が、妹が死んだのは事実だ。その事実を、大多数を救ったからと覆い隠す方が狂っている。
誰しも、生きる権利は平等だ。皇族であるおれはそれを保証する義務を持つ。護って当然、護れなかったことを非難されるいわれこそあれ当然の事を誇る権利はない。
彼らには文句なくおれを責める道理は有るはずなのだ。それを否定するなんて誰にも出来やしない。
「そんなの嘘です、大嘘ですよ皇子さま」
強くしたところで痛くもないのにどこまでも柔らかく、慈愛に満ちた笑顔で少女はおれの髪を漉き続ける。
「確かに、皇子さまは強いです。
強い人です。強すぎて、わたしじゃ支えてあげるのも大変なくらい」
張り出した釣鐘のような胸に阻まれて、表情は上手く見えない。
それを危惧したのか、それとも単純に自分でも下が見えないからなのか。少し前屈みになって銀の聖女は……乙女ゲームの主人公の一人たる幼さを残す危ういバランスで完成した美少女はおれにどこまでも透き通った笑みを返した。
「でも、ですよ?」
ぴとりと、耳に冷たいものが触れる。
冷気を放つ氷のピック。魔法の氷、おれの鋼鉄製の剣とかち合えば剣が折れるようにまでなった馬鹿げた硬さが一切意味を為さない力。
「わたしですら、皇子さまを殺せちゃいます。皇子さまは、神さまなんかじゃなくて同じ人間なんですよ?
なのにどうして、全部背負わなきゃいけないんですか?なんで、救われて当然の皆の中に、同じ人間な自分は居ないんですか?」
「それでおれは殺せないし、そもそもおれと彼等とは地位と責任と罪が違う」
「そんな責任無いですよ?」
「力があるからやる訳じゃない。力がないからやらなくて良い訳もない。
ただ、力があるのに使わないのは悪いことだ」
「なら、聖女って勝手に呼ばれてるわたしも、皇子さまみたいにやらなきゃいけないんですか?」
痛いところを突かれ、結局エゴに過ぎないおれは黙り込む。
「アナは皇族じゃない。護るのと同時に護られるべき存在でもあるからまた別。
それに、聖女として学校に来て、何とか頑張ろうとしているから大丈夫」
何とか絞り出すのは、苦しい言い訳。
「頑なすぎるのは皇子さまの悪いところです。
そんな事言うならこのまま……お耳、聞こえなくしちゃいますよ?」
脅すような声音で、泣きそうな顔で、銀の聖女はおれの耳に少しずつピックを進める。ひやりとする冷気が、耳の穴を凍らせていく。
「本当に耳、聞こえなくなっちゃうんですよ?皇子さまには魔法が効きませんから、下手したら一生治らないんですよ?
だから」
「どうせ一度捨てたんだ。欲しければ聴力くらいあげるよ、アナ」
耳が聞こえずとも、戦えない訳ではない。ついでに言えば、音を越えて襲い来るアガートラーム相手には耳なんぞ欠片も役に立たない。惜しくないと言えば嘘になるが、少なくとも死守すべき程に価値あるものでもない。
そこまで考えてあ、と思い直す。
「ただ、潰すなら右耳にしてくれないか。まだ右は目が見えるから戦えるけれど、左は聴力まで無くなると反応がどうしても遅れる」
おれとしては黒幕から傷付けろと言われてるならくれてやる、くらいの気持ちだったのだが……
「え、え!?だだだ大丈夫ですか!?
変なところ傷つけちゃったりしてませんか痛みますか聞こえますか?」
焦ったように彼女はピックを消し去ってあわあわし始める。
「というかどうして耳を」
「声を聞いたら石になる魔神相手に、魔法で音を防げないおれが立ち向かうにはそれしかなかったから鼓膜を破いた」
「うぅっ……」
頬に熱いものが触れる。熱を帯びた水滴がかかる。
「も、もうそんな痛くて苦しいことしちゃ駄目ですからね?
左目を抉り出した時もそうですけど、そんなに自分を傷付けてまで戦わなきゃいけない義務なんて、皇子さまにはないんですから」
幼馴染の少女はポロポロと涙を溢しながらおれの頭を抱き上げて胸元に抱き締める。
ふわりと柔らかな感触に包まれて……
止めろ。
止めてくれ!
頼むからおれを……「許そうとしないでくれ!」
おれはっ……!赦されてはいけない、最低の人殺しはっ……
体を捩って暖かな拘束から抜け出す。
「あうっ……」
どこか残念そうで、ほっとしたように息を吐く幼馴染から逃げるように、おれは残りの鎖も破壊してベッドの上に座り込んだ。
「で、でもっ!そんな皇子さまがもう傷付かなくて良いように拘束を……」
はっと気が付いたように、少女が唇を抑えた。
「どうしましょうアイリスちゃん!もう粉々にされちゃってますよ!?
どうすれば捕まえられるんでしょうか」
『無理。手足を砕くしかない』
「だから、何でおれをそんなに拘束したいんだ?」
物騒な事を呟く妹に呆れながら、またまた聞く。
いい加減教えてくれないだろうか?
「分からないんですか、皇子さま?」
心底意外というか呆れたように、肩を落として溜め息を吐くアナ。
「ほら、今度はちゃんと耳かきしてあげますから、それで分からせられてください」
とんとん、と少女はしっかりとベッドの上で正座した膝を叩く。
「言葉で言ってくれ。黒幕が誰なのか」
「最初から言ってますよ?
わたしは貴方にっ!ノアさんから聞いた何時も辛そうな瞳でそれでも手離すことの無い罪の象徴だっていうあの刀を手元から無くしたくなるほどに傷だらけな皇子さまにっ!
これ以上傷付いて欲しくなくてっ!だからアイリスちゃんと一緒に、監禁すればって……」
あはは、と乾いた笑い。
「皇子さまはそれで止まらないって、頭では分かっていたんですけど。ノアさんにも忠告されたんですけど」
虚ろな瞳が、おれを見据える。
「それでも、あんな皇子さまを見たら、どうしても見過ごせなくて……」
少女の泣きそうな笑顔が、おれを射抜く。
「お願いだから逃げないで下さい、皇子さま。今度は脅したりしませんし、変なこともしませんから。
耳かき……させてください。アイリスちゃんもアステール様も、上手いって褒めてくれたからちょっとは自信あるんですよ?」
「……アナ」
「お願いだから、ちょっとは……休んでください」
……それが、本当ならば。おれの為だと言うならば。
「それは出来ない」
鎖を鳴らし、ベッドから降りようとして……
「アイリスちゃん!」
『にゃあ』
ばさりと、突如ブランケットが覆い被さってくる。
……やられた!殺意も敵意もない、おれの為だと勘違いしているから善意しか無い!
ならば、敵意を感じて動くいつもの方向では出遅れるなんて、さっきから分かっていたのに!
オレンジ色の暖かな毛布にくるまれてベッドに情けなく転がる。
が!所詮ゴーレムでも布!多少補正が掛かっても!
引き裂こうと、むんずと手で布団ゴーレムを握って……
『お兄ちゃん』
不意に、妹の声が耳に届く。護るべきもので、護れなかった彼女を重ねた、小さな声。
『感覚、繋いで……る』
気にせず、力を掛けて引き千切ろうとして。
『……っぁぁっ!』
隣の部屋から微かに聞こえる声にならない悲鳴に、おれは抵抗を諦めて手を離した。
「……好きにしろ、アナ。アイリスに自分を人質にされたおれの負けだ」
「ほ、本当はこんな形嫌なんですけど。
じゃあ、お耳を優しく綺麗に癒してあげます……ね?」




