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食事、或いは無い余裕

「はい、どうぞ」

 昔は恥ずかしがっていたのに、今では……

 あ、耳の先が真っ赤だ。良く見ると指先も緊張でか震えているし、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 

 そんな少女の指に触れないようにそっと小さく切られた肉を突き刺したフォークを左手でその手から取って口に運ぶ。

 すーっとしたハーブの強い香り。肉自体に下味らしい下味がないからか、衣に細かく緑の何かが散っているのが見て取れる。これで香りを付けているのだろう。

 

 「あ……」

 空いた自身の右手をじーっと見て、少女は小さく息を漏らす。そして……

 「ご、ごめんなさい!た、食べにくいし痛いですよね……

 本当にごめんなさい!また居なくなるんじゃないかってずっと不安で不安で心が張り裂けそうで、繋いでおかなきゃ重石を付けなきゃって、わたしそんなことばっかりで……」

 ……うん、何を言っているんだろうかこの娘は

 「今魔法を解きますから。手首痛かったですよね……?」

 と、幼い頃から変わらないサイドテールと子供の頃とは比べ物にならなく成長した胸を揺らして少女はおれの右手へと自身の両手を翳し、腕輪を光らせる。

 カチリと音がして、両手を無意味に拘束している鎖付きの腕輪の重量が消えた。

 正確には消えてはいないが130kg程から1kg無いくらいにいきなり軽くなった。やはり、魔法による重量増加だったようだ。

 

 ところでだ。拘束具を緩めたら明らかに駄目だと思うんだが……アナ?

 

 ひょっとして、何者かに脅されておれを襲ったが本当は逃げてほしいのか?

 いやでもだ、それならこの場がアイリスの部屋なのも、アイリス自身が隣の部屋でぬいぐるみのミィを抱いてソファーでごろごろしてそうなのも、何もかも変な気がしてならないんだが……

 アイリスもグルだとして、この部屋は頼勇やガイストも立ち入るんだぞ?黒幕が見張るには明らかに不適切に過ぎる場所だ。

 頼勇かガイストが黒幕ではない限り。ってか、あの竪神頼勇に限って黒幕って事は無いだろうけど。

 

 「あ、あの……美味しくない、ですか?」

 「味がしない」

 少なくとも、監禁された状態で出されたご飯の味がはっきりと分かる程おれの精神は図太くはない。

 促されるように手が止まっていた事に気がついて口に運ぶも、考えるのは黒幕と理由の事ばかり。

 

 わざわざおれを捕らえた理由は?月花迅雷の無いおれなんて、ゴミ以下の価値しかないだろうに。人質にするにしても、こんな忌み子で塵屑な罪人なんて知るかボケで見棄てられて終わりだ。身代金とか取れない。

 いや、基本的に皇族って自力で何とかしろそれくらい出来て当然って扱いだから、他の皇族でも身代金とか取れない可能性が高いんだが……その中でも特におれの扱いは悪い意味で別格だ。

 他に誰かに対して人質にするなら……ノア姫は馬鹿馬鹿しいとスルーするだろうし、アステールは恐らくもうおれへの好意なんて無いだろう。原作ゲームで出てこない辺り、大人になるまでにあんな感謝と恋を履き違えたような想いは割り切れているはずだしな。

 

 始水?アレは……いや前世の話を普通にやっている辺り、どれだけ親しみやすくとも超然とした存在だ。おれの生死とか頓着無いだろ多分。

 その事は、原作でティアとの絆支援がA+の時のゼノ被撃破時台詞が「いってらっしゃい、兄さん」なところからも推測できる。死に行く相手と再会する前提でなければそうそう言えない台詞だ。

 

 アルヴィナの可能性はあるのか?

 駄目だな、また思考が潜っていく。彼女を縛る何者かを見極めなければと焦るあまり、手を動かすのを忘れてしまう。

 

 「やっぱり味が薄くて美味しくないですか?ご、ごめんなさい!

 今度はちゃんと作りますから、起きた時にお腹空いてるはずですから直ぐに食べて貰わなきゃって思うあまり横着したりしませんから!もっと早くに有り得ることを考えて行動して美味しく食べて貰えるように一生懸命精一杯嫌われないように頑張りますから……

 ですから……だからだからっ!」

 胸元で手を組み、涙声かつかなりの早口で捲し立ててくる少女に、少しだけ気圧される。

 

 ところでなアナ?何で自分が嫌われるという話になるんだ?完全に話が噛み合っていないような気がするんだが……

 精神異常にでも掛かってるのか?何かに心を弄ばれて訳の分からない言葉を吐いているのか?

 

 「え、えっと待ってくださいね?ソースを用意しますから、それで味を誤魔化して食べてください。

 リラックス出来るようにハーブ混ぜちゃったから味おかしくなっちゃうけど美味しくないなんてもっともっと駄目ですし何とか良い味を用意しないといけないのにえっとえっとえっと何か良いものが無かったら……」

 「いや、この状況だと何を食べてもロクに味を感じれないよ、アナ」

 何だか訳の分からない事で目を白黒させてあわあわする少女に対して可笑しなフォローを、おれは告げた。

 そして更に一口。うん、味があまり分からない。

 

 「そ、そうですよね!?ごめんなさい今解き……

 って流石にそれには騙されませんからっ!」

 むーっ!と膨れるアナ。掴んでじゃらじゃらと鎖を鳴らすが……

 

 「あれ?」

 はたと何かに気が付いたように止まった。

 「そもそもわたし、皇子さまの鎖、こんなに緩めましたっけ?」

 『既に無意味』

 と、アイリスが突っ込む。いや喋れたのかその布団。

 

 バレたならもういいだろう。おれは全力で右手を胸元に向けて引き込んで……

 バキリという音と共に、鎖の根元を壁からひっぺがす。そして、

 「あっぶね!」

 反動でアナの額めがけて吹っ飛んでいく鎖の端の釘付の重石のようなものを手を伸ばして寸前で受け止めた。

 

 「え、あっ!?

 だ、大丈夫ですか皇子さま!?」

 「いや、おれは傷一つ負わないからやっただけだよ。アナこそ……

 おれを捕らえる気なら、あの氷の鎖で縛るべきだったな」

 「そ、そんなっ!首筋にまだ凍傷残っていたりするあの鎖で縛るなんて痛そうで寒そうなこと出来ませんよっ!」

 ぱたぱたと胸元で手を振る少女。

 

 いや、何でだろうな本当に。毒気が無いというか……

 

 「に、逃げます?」

 小動物のように震えながら聞いてくるアナ。うるうるとした上目遣いは、出会った頃を思わせる。

 「逃げない。君を縛る鎖が誰なのか見極めて、それから君を解き放つまで逃げるわけにはいかない」

 「くさ、り?」

 「アナ。おれを監禁するように誰かが君を動かしたんだろう?

 その原因を取り除かないと」

 その言葉に、銀の髪の聖女はとても悲しそうに俯いて……

 

 「なら、直接体に教えてあげます……ね?

 皇子さま。横になってください。耳かきで、分からせてあげます」

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