拘束、或いは見知った天井
ハロウィン短編?無いです(怠慢)
「あ、起きましたか?」
何処か嬉しそうに、透き通った声が耳に響いた。
同時、両腕と両足に感じる重さ。大体各130kg程か?
とんでもなく重いな。恐らくはヒヒイロカネに魔力を込めて重量を上げているのだろう。
重りだけでなく、じゃらじゃらと鳴る鎖によって四肢が何処かに繋がれているが……その割に、背中に感じる感触はふかふかだ。
うん、とんでもなくふっかふか。プリシラが使ってた元おれのベッドより高級品だろうな。
そして掛布団はアイリスのゴーレムだろう。いや何やってんだアイリス?
そんな事を確認しながら目を開けると、一人の少女がおれの顔を見下ろしていた。
それはもう、満面の笑みである。
「ふふっ、皇子さま、お腹空きましたよね?」
そう微笑んでくれるのは、初等部に通っていた頃振りだろうか。あの頃は、メイドとして妹に雇われていた彼女が料理当番であり、頑張ってくれていたっけ。
身長はそこまで変わらないけれども女の子らしくなった体で、それでも変わらない笑顔で、少女……アナスタシア・アルカンシエルはそうおれに告げる。
まるで、今おれを捕縛する鎖など意に介さずに。
「……シエル様」
「知ってますか、ゼノ第七皇子さま?
貴方に助けられた孤児の女の子は皇子さまの言うことは聞きます。でも、腕輪の清少女は帝国皇族とだって上下はそう無いんですよ?
だから、説明の命令だってきかなくて良いんです」
「……アナ」
誘導されるように、その名を呼ぶ。
「はい、何ですか?
あっ、今御飯を用意しますから、ちょっとだけ待ってください。昔皇子さまが美味しいって言ってくれた揚げ物なんですよ、期待しててくださいね?」
と、どこか生気の無い笑顔を崩さずベッドの側を離れてとてとてと隣の部屋に向かう銀の少女。
昔に返ったように、その体を包むのはメイド服。子供の頃のように何処か無邪気で……けれども、その体はきちんと成長したもの。そして……何処か虚ろな瞳。
その揺れるサイドテールが消える扉の先をじっと見る。
……そして、安堵から息を軽く吐いた。
此処、さてはアイリスの自室だな?来年通うし騎士団を貸してるからと先んじて貰っていた学園高等部内の方の部屋だ。
開いた扉の先の内装……というか、其処にちらりと見えた卓上に飾られた猫のぬいぐるみに覚えがある。おれが妹に贈ったものだ。ちょっと色褪せてきた色合いや、魘されてる間にちょっと破けてしまって中の綿が見えていたからと巻かれた包帯は、確かにあの個体のもの。確か名前はミィ。
ああ、何だ。アイリスが見せたがらない部屋があると思ったら、おれを監禁する為の……
いや、何でそんな部屋があるんだアイリス!?頼むから正気になってくれ。おれを監禁して何になるんだ。
だが取り敢えず……見ず知らずの場所ではない。
「アイリス」
布団にそう呼び掛けると、おれがなにもしてないのに少しだけ動いた。
やはり、ゴーレムのようだ。って布団ゴーレムって何のための存在なんだ。
けれども、妹布団はあくまでも知らんぷりを決め込むようだ。呼び掛けても返事がない。
本体は……恐らくだが部屋一つ隔てた場所に居るのだろう。耳を澄ませば鍵かけ忘れたどころか微妙に閉まりきっていない扉の先から息遣いが聞こえてくるしな。
きゅっと鎖を引っ張ってみる。130kgの重りは重いが、流石に手足を動かせない程重くはない。修行にはちょうど良い……いや軽いな。本気でやるならこの倍は必要だ。
それに、じゃらじゃら鳴るところから分かってはいたが、結構緩い。
ピンと張っていて磔にするというほどじゃなく、かなり余裕がある。ベッドの上に起き上がるくらいは出来てしまう。
……なら、こんな拘束!
両の腕を引き寄せ、右手で左手首を拘束する鎖を掴む。硬く冷たい感触が指先に感じるが、電流が走るなどの罠はない。ただ硬いだけの鎖だ。
ならば!
思いっきり力を込めて右腕を引くと……
ぱきっと嫌な音と共に、鎖を繋いでいる根元が引き抜け、ぽーんとおれの頭目掛けて飛んできた。
「てい」
それを頭突きで叩き落として確認。
うん、何というか……鎖は魔導鉄でかなり硬くしてあるが、所詮は即興で部屋に設置したもの。鎖を固定する為の金具を石の壁に打ち付けておいただけのようで、比較的脆いそっちが先に壊れてしまったようだ。
これ、普通に逃げられるな、うん。思い切りやれば、鎖を引き摺ったまま動ける程度の拘束。殺意があった分、辺境でおれを贄として差し出すための檻の方が何倍もしっかりと捕らえていたぞアナ。
ただ……
「逃げるわけにもいかないか」
ぽつりと掌を見ながら呟いて、それっぽく鎖の先を死角に向けて投げて取れている事実を誤魔化す。
あれ?これ意味なくないか?此処にアイリスのゴーレムが猫耳フード付きのブランケット姿でおれの上に乗ってる以上、誤魔化しても拘束を破壊したのバレバレな気がする。
が、暫し耳を澄ましても急いで戻ってくる気配はない。それどころか、子供の頃料理の際に小さく歌っていたものと同じ歌詞の歌声が上機嫌に聞こえてくるし、パチパチと軽快に油の跳ねる音までが響いてくる。
本気で上機嫌に揚げ物をしているようだ。何だろう、おれにはアナの思考回路が推測できない……
おれに毒を盛るならここまでしなくて良いし、そもそもおれを殺すのに毒は効率が悪すぎる。そこらの毒くらい耐えるぞおれ。
具体的に言えば……ノア姫が作ってくれた料理の中には人間には毒でエルフやゴブリンには無害なものが混じっていたんだが、数回食べた後につまみ食いした少年兵が倒れてそこで初めて人間には毒なことが露見したくらいには毒耐性が強い。
ちなみにだが、当然ノア姫に悪意は無かった。ニホンでも、おれにとっては始水がくれるくらいしか縁がない御馳走であるチョコレートが犬には毒、みたいな話はあるしそれと同じだ。
いや、だから本気で分からないんだが……
待つこと更に体感10分。
扉を開けて、ほかほかと湯気を立てる椀ときつね色のコロコロしたものが乗った皿をお盆に載せて、少女が戻ってきた。
「えへへ、大人しく待っててくれましたか皇子さま?
逃げられないように捕まえちゃってるから、大人しくしてくれましたよね?」
……すまない、その鎖なら破壊してる。
だが、本気で気が付いていないのか知らないフリをしているのか、少女はそれに突っ込まず、枕元のサイドテーブルにお盆を置いた。
そして、備え付きの椅子に行儀よく足を揃えて腰掛けると、おれの背にそのビロードの手袋に包まれた手を伸ばした。
「はい、起きてください皇子さま。
あ、大丈夫です、そのベッド、汚れてもすぐ綺麗に出来るんですから不安にならないで下さいね」
おれの背の下に手を入れ、上半身を起こそうと力を入れる。
それはまるで介護のようで……
「お、重いです……」
涙目での訴え。
当たり前である。両腕に約130kgの重り付けてるんだから、力をかけてやれば持ち上がらない。
ってダメだろなにやってんだおれ。
少女が手を痛める前に、自力で上半身を起こす。うん、重りで足が固定されてるから割と良い腹筋運動が出来そうだ。暇になったらやるかな。
はらりと上半身から落ちて折り重なるブランケット。不満げに蠢くアイリス。
「あ、ごめんなさい皇子さま」
……虚ろな瞳で呟く少女の真意は見えない。
だが、彼女がこうなった理由を知らずに逃げ出すわけにはいかないだろう。黒幕を探り、捕らえなければ。
「ああ、大丈夫だよ、アナ」
だからおれは、じゃらりと既に役目を果たさない鎖を鳴らしてそう答えた。
「えへへ、御飯にしましょう、皇子さま。
材料は全部さっき買ってきたもので、あんまり保存の魔法の上手くないわたしでも美味しく出来てるはずですし」




