表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

264/688

ヤンデレ、或いは凍てつく鎖

「……はぁ」

 溜め息を吐き、星空を見上げる。

 此処は王都の一角。貧民街……よりはマシな区画。

 

 おれがこんな所に出向いた理由はたった一つだ。護れなかったものを、死なせてしまった命を、せめて残骸だけでも返すため。罪から逃げず背負うため。

 そう、魔神の突然の襲撃に……本来はもっと遅く晩御飯の後くらいに来るはずだったが故に出遅れた結果、喪ってしまった命。この先の未来があったろう国民。

 そんな彼等を死なせたことを、その家族に……遺族に伝えるためだ。

 総勢3名の死者、その全てに家族は居た。いや、居なくともそれが救いな筈もないんだが、な。気は楽になるが、そんなもの逃げだ。おれが、遺族に責められる事が少なくて助かるだけの残酷な話。それが救いだというならば、身寄りがなければ死んで良いのか?という話になる。

 アナなら、エーリカなら、死んで良かったのか?それを悲しむ人間が少ないなら死なせて良いのか?

 そんな筈、無い。誰も、死なせて良いはずがないのだ。

 

 だからこそ、おれは、事情を説明し……

 「そう、だよな……」

 右目に入った砂を指で取りながら、おれはぼやく。

 疫病神と砂を投げられた。何で救えなかったと罵倒された。賠償しろと言われたから払った。

 そりゃそうだ。おれたちは、彼等の息子を預かった側でもあるんだから。どんな不測の事態があろうとも、それが免罪符になどならない。

 そんなこと、分かっていて。けれど……だというのに。言われて当然のソレが、心に棘として突き刺さる。

 

 おれは……あの五年、一体何をやっていた。上級職、ロード:ゼノ。最強のステータス上昇率。

 それがどうした。原作のおれの性能に胡座をかいていただけだろう。『おれ』個人は一体何が出来た、何が変わった?

 

 良く良く考えると違うが、ぱっと見はニホンと同じようにも見える星空を見上げ、自問し……

 それ故に、ほんのすこしだけ、反応が遅れた。

 

 「っ!」

 殺気も敵意も感じなかった。

 警戒はしていた筈だった。刹月花の少年なり何なりが、何時現れても対応しなければと、気を張り詰めている気になっていた。

 けれども、理解した時にはおれの背後には氷で出来た水属性の拘束魔法が迫っていて……

 

 仕方がない!こんな自業自得で抜くのは忍びないが……

 と、愛刀を鞘走らせその雷撃でもっての迎撃を選択し、失敗。

 

 月花迅雷がねぇっ!?

 腰に差しているのが正直刃零れが酷くて研ぎ直しても使えるか怪しい段階まで酷使した普通の刀しか無いことに、そこで漸くおれは気が付いた。

 でも、何故?

 

 暫く考えて、エッケハルトに投げ渡してから返して貰うのを忘れていたという単純明快な事実に漸く思い至る。そりゃ当然、返して貰ってないなら手元に無いのは当たり前だわな。

 いや何で返して貰ってないんだおれは!?罪から逃げる気かよ!?

 

 自分の馬鹿らしさに一瞬動きが止まり……

 明暗を分ける。

 

 「ぐぎっ!」

 冷たい鎖がおれの両腕を縛り上げる。やはり、水属性の拘束魔法。始水が魔法書も無しで当然のように扱っていたのと同じ魔法だ。

 

 使用者は……誰だ?

 振り返ろうとするおれの首に更にひんやりと凍傷しそうな鎖が巻きついてくる。それが一気に体を引っ張り……おれの体は踏ん張りが効かずにそのまま近くの路地裏に引きずり込まれた。

 

 「っ!舐めるなぁっ!」

 地面を転がりながら、振り回す際に鎖が緩んだ隙を狙って、クロスするように手刀をかまし、魔法の鎖を切断する。

 硬いが所詮は魔法による物理的拘束。実体がない雷属性や影を縫う影属性に比べれば対処は随分と楽!

 そのまま、積まれた木箱にぶち当たって浮き上がったのをバネに、足の力だけで跳ね起きる。

 

 足を拘束しない辺り、相当おれ対策が甘い。まともにおれと戦う気あるのか?

 ……襲撃相手を見るに、恐らくは彼等円卓ではないだろう。流石に彼等にしては弱すぎるし、魔法に弱い欠点を知っててこれならば、あまりにも御粗末。

 ただおれとじゃれてただけの始水じゃあるまいし、こんな拘束に意味が無いことくらい分かるだろうに。

 

 鞘に手を掛けながら、ならば殺してはいけないし、月花迅雷が無くて正解だったかもしれないなと思いつつ周囲を探るが……

 

 「出てこいよ」

 静かに、唸るようにおれは煽る。

 煽るしかやることがない。だってそうだろう?

 敵意ある誰かを、発見できないのだから。

 

 居たのなんて、さりげなく尾行していたらしい何時もの妹猫(アイリスのゴーレム)と、そんな妹と友人だからか仲良く同行してくれたっぽいアナくらいだ。

 あの二人はおれへの敵意はないし隠れてないからすぐに分かった。だが……他に誰も見当たらない。

 居なければ可笑しいのに。居る筈の敵が分からない。

 

 だが……って、考えてる場合か!?

 急いで小走りに小路を抜け、近くに居た妹達と合流。

 「……ゼノ、皇子……さま」

 ぽつりと呟かれる名前に、少しだけ心が痛む。

 

 そうだよな、当たり前だがおれはもう、アナの憧れの皇子さまなんかじゃないし、そうあってもいけない。だから、彼女にとって唯一の呼称ではなく、他の皇族と同列の呼び名になるのは当然だ。

 寧ろ、遺族の彼等に呼ばれたように忌み子と呼ばないだけ優しい。

 

 「シエル様、護衛無く外に出られては……」

 「アイリスちゃん、強いから」

 えへんとばかりに少女の足元で大猫が伸びをした。

 70cmくらいのデカさの猫は流石にそうそう居ないと思うぞ、アイリス?

 

 「それは……まぁ」

 おれより強いのは間違いない。なら良いのか?

 「シエル様は、一体何故」

 大荷物を両手に抱えた少女に、ふと聞いてみる。

 さりげなく重そうなので持とうとしたが、逃げるように荷物を遠ざけられたので荷物は諦める。

 そうか、もうおれが自分の持ち物に触れることすら嫌か。

 

 少しの棘を無視して、おれは可愛くなった……いや元々可愛かった幼馴染の元孤児を見た。

 「この辺りに、謎の襲撃者が居る」

 「えっ?」

 その瞳が見開かれる。

 「拘束魔法で襲われたんだが、居場所が全く掴めない。シエル様も警戒して、早めに寮に戻るべきだ」

 周囲を警戒しながら、おれは呟く。

 凍傷になった首筋を軍服の襟を引っ張ることで見せ、危険だろ?と微笑む。

 

 「勿論、わざわざ街に出てこなきゃいけなかった理由があるのは分かるし、その用事を済ませていないというなら、先にそれを終わらせるのは構わない」

 荷物を見るに、多分用事とは買い物だろう。一店舗で終わるなら良し、終わらないなら……

 

 「あ、お茶のセットとかお部屋になくて、わたしは自分で淹れたいからアイリスちゃんと買いに来たんです」

 「そうか、用意が足りなくてすまない」

 「いえ、普通持ってくるものだから良いんです」

 此方の不手際なのにどこまでも優しく、淡雪のように儚く、その少女は微笑んで。

 

 「あと、もう一個。必要なものがあるんです」

 「そうか。なら……謎の襲撃者がまた来る前に手早く手に入れないと」

 でも、一体何者だ?

 清少女を背に庇うようにして、おれは街を見回して……

 

 ふいに、ぴとっと小さくひんやりしたものが触れた。

 それは、絹のように滑らかな、少女の右手の指先。

 「シエル様?」

 何かあるのかと振り返ろうとしたおれの視界に、目映く輝く腕輪があって……

 

 「皇子さま。襲ってきたのは……

 この鎖、ですよね?」

 凍てつく冷気。膨れ上がる魔力。

 聖女の力をもたらす腕輪を通して、魔法書無しで魔法が顕現する。

 

 「っ!がっ!?」

 そして……再度、氷の鎖がおれを縛り上げた。

 

 「っ!アイリス!」

 まず思うのは妹猫の事。

 「即刻、竪神等に報告を!」

 妹の猫はゴーレムだ。何時でもリンクを切れるし、そうすれば妹本人がきっと近くに居る彼等に事情を話せるだろう。

 だというのに、猫の瞳の光は爛々と夜に映えていて。

 

 嫌な予感がする。

 「シロノワールッ!」

 『うみゃぁっ!』

 おれが相棒ならざるカラスを呼ぶのと、姿勢を低くした巨猫がおれに向けて飛び掛かるのはほぼ同時。

 マントを羽織りカラスの姿を現したシロノワールの三本の足の一本がオレンジの猫を襲い空を切る。

 

 その間にも、少女によるおれへの拘束は強まる。背後に氷の柱が産まれ、足が凍ってゆく。

 

 「分かってるんだろ、アナ!」

 思わず昔の呼び方をしつつ、氷に張り付いていく足を皮膚ごと柱に残して強引に引き剥がして自由を得る。

 足に走る痛み。皮膚を剥がした足の傷付近を垂れる端から氷柱のように凍る血が足を傷付けるが……まだ、動く!

 

 ……全く、そこで泣きそうな顔をしないでくれ、アナ。

 「正気か」 

 静かに問う。

 

 殺気、せめて敵意があれば、事前に気付けたろう。しかし、今の今まで……いや、今もまだ、敵意すら感じない。

 何度も見た泣きそうな瞳でおれを見る中に、欠片の殺意もない。そんな状態で、おれを氷で縛り付けようとしてくる。

 

 「わたし、はっ……」 

 その腕に輝くのは、確かに神器の流水の腕輪。偽者ではないだろう。誰かが化けているのでもない。

 ならば、誰かに唆されて……

 

 静かに、地面に刀を捨てる。

 流石に、誰かに騙されていようが何だろうが、この娘を斬れない。

 

 「大丈夫、シエル様。

 おれは抵抗しない。だから……君がどうしておれを襲うことになったのか、せめて教えてはくれないか?

 誰が、君を動かしたのか」

 そこに、突然アイリスのゴーレムが暴走した原因も……

 

 「あ、あの……それは……」

 おどおどと、銀の髪の少女はおれに一歩近付いて、

 「貴方です、皇子さま。

 ごめん、なさい」

 その瞬間、おれの視界は完全に凍り付いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ