表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

262/687

未来思考、或いは馬鹿話

「いや、護りきったから良いじゃんかよ」

 呑気な事を言うエッケハルト。

 

 呆けたような顔は、何が問題なの?とでも言いたげだ。

 その顔に毒気を抜かれて多少頭の熱を抑えつつ、冷静っぽくおれは語る。

 

 「エッケハルト、聖女編でのクラスチェンジイベントに至るための必須ステータスを覚えてるか?」

 「え?そんなんあったっけ?」

 ……本気で言っているようだ。炎に照らされた顔は呆けている。これが演技とはとても思えない。

 

 「能力解放されていない封光の杖の【魔力】+10込みで、ハードで35、ハーデスト50、HADESで55だ。イージーノーマルだと特に条件無し」

 RTAでの記憶を頼りにおれは数値を思い出してみる。いや、合ってたっけ?ハードだと40くらいじゃなかったか?いやもっと低かったか?

 少なくともレベルが下級カンストしてても成長が悪いと詰むのはHADESくらいだった覚えがあるが……

 

 「いや、俺ってゲーム自体ヒロインちゃん目当てだし、高難易度とか知らないって」

 「確かにそうかもな。でも、分かるだろうエッケハルト。

 この世界の難易度……いや、魔神族の強さの基準は難易度ハードかハーデスト、ケイオス深度有だ」

 「それが?」

 「……勝てない、という訳か」

 おれの羽織るマントを通して人の姿を取り、シロノワールがぽつりと呟く。

 

 無表情だが何となく分かるなこれ。多分、魔神王として己達が強敵と評価されている事に内心気分が良いのだろう。

  

 「いや、勝つさ」

 「いやマジで戦うのか」

 少しだけ瞳に不安そうな光が揺れる。

 

 「当たり前だろ、エッケハルト。何のためにおれ達は居るんだ?」

 「新しく生き直すため」

 その言葉に深く頷く。

 

 「だからだろ、エッケハルト。聖女と共に、世界を護る。それが、おれがおれとして生きていく最低限の役目だ」

 言いつつ、お茶でも……と思うが、何もない

 昔は気を効かせてアナが持ってきてくれたし、頼めばプリシラ達が淹れてくれる事もあった。

 兵役の時は……ワタシが飲みたかっただけよ感謝なさいと言いつつ、何だかんだノア姫が大体は分けてくれたっけ。

 「あーもう!喉乾いた!」

 と、叫んで話を終わらせるエッケハルト。

 

 「とりあえず、過ぎたことを考えても意味ないだろ、リセットしてやり直せるなら兎も角さ!」

 ……それもそうかと、薄汚れた掌を見る。

 やらかした罪も消えはしない。どれだけ洗っても、妹を殺し、多くを死なせた返り血が確かにこの手に赤黒く今も残る(・・)ように。

 「……ああ、リセットは無い。この世界はゲームじゃない。

 だからこそ、前を見ないとな」

 有り難うな、と彼の手を握る。

 

 「エッケハルト。お前が居てくれて良かった。そうでなければおれは……手遅れになるまでくよくよしてたかもしれない」

 と、思ったところで扉が叩かれた。

 何処と無く硬いノック音。籠手をはめているような硬質なものが当てられるこの音は……

 

 「竪神?」

 「ああ、皇子。入っても構わないか?」

 「何にもないけどな」

 「……だからだ」

 そう言われては通さない事は出来ない。

 直ぐに鍵のない扉(何もないから不用心でもない。盗る価値のあるものがそもそも無いのだ)が開き、青髪の青年が顔を見せる。

 にしても、本当にイケメンだなこいつ。いや、攻略対象じゃなかったとはいえ、おれの推し(というか、ロボ使うとか男なら推すだろ)だし当然か。

 

 その背に背負うバックバックのサブアームにお盆を乗せ、それには更に4つのカップが湯気を立てている。

 そしてふわりと香るのはリンゴの香り。

 「アップルティー?」

 「皇子。あまり部屋の前にものを置かない方がいい」

 なんて、説教まで来る。

 

 アナはこんな裏切り者と会いたくないだろうし、とりあえず見舞いとして部屋の前にリンゴを幾らか包んでおいてきたのだが……

 「すまん、気を付ける。確かに踏むかもしれないしな」

 「……直接渡した方が、まだ誠意を感じるという話なんだが……」

 困ったように彼は頬を掻く。

 「とりあえず、あの子達からだ。多分皇子さまはお茶とか持ってないからって」

 苦笑して、青年は己の機械腕で取ったマグをおれへと手渡す。

 

 それを受け取り、ほっとおれは息を吐いた。大分暖かいな。

 「……すまない、竪神」

 「礼は本人にな」

 「ああ、そのうち」

 そんなこんなでカップを受け取り、ふぅ、と一息。

 

 あ、シロノワールの奴、さらっと飲んでるな。いや、良いんだが。

 「……何だこれは」

 って、おれは割と慣れ親しんだリンゴの香りがするお茶に目をしばたかせている。

 

 「それで、エッケハルト。

 まだ聞いてないが、シエル様とはどうなった?」

 一口お茶を飲んでからもう一度聞く。

 答えによって対応が変わる。例えば、アナがエッケハルトと付き合うならとっととおれは干渉をやめるべきだし……

 

 「告白した」

 真剣な表情で返される。

 青い温度の高い炎のような瞳が、誤魔化しも何もなく、じっとおれを炙るように見詰めてくる。

 緊張からかその手に微かな震えがあるのが見えて……

 

 「そう、か」

 いや、知ってたけどな?即座に告白するくらいにこいつアナの事が大好きだったんだな。

 なら、それで良い。

 

 興味の無さげなシロノワール(魔神王テネーブル)はすっとおれ……ではなくおれの手の中のマグカップを眺め、こういう時に騒がない落ち着いた頼勇は静かに話を待つ。

 おれはというと、欲しいなら仕方ないなと既に空いたシロノワールのマグカップと自分のものを交換しながら、エッケハルトの更なる言葉を無言で促した。

 

 あ、間接キスになるから、お茶渡しても微妙か……

 と思ったのだが、シロノワールは何も気にせずに交換したマグに口を付ける。

 ……そういえば、アルヴィナも当たり前のようにおれが口付けた匙をそのまま借りて一口とかやってたな。真面目に気にする気がないのかもしれない。

 

 「つまり、御祝儀とか出した方が良いのか?」

 アナだって、エッケハルトの事を嫌ってはいないだろう。あれだけ手酷く彼女の想いを踏みにじり、果ては皆が一人前になるまでは孤児院を護るという最低限の約束を反故にしたおれなんぞ、とっくに嫌ってるだろうしな。

 おれを見て、何となく嫌なものを見る目だったし、これからの事は……

 

 「皇子。そもそも何故告白が受け入れられた前提で考える」

 なんて思っていると、少し呆れ気味の頼勇に駄目出しされた。

 「受けるだろ?」

 相手、仮にも攻略対象だぞ?しかもエッケハルトには魔神族と何らかの強い因縁が無い分、故郷の皆の仇討ちだ裏切り者の兄との対峙だといったシリアスが薄く雰囲気が甘い。

 

 「万が一にも受け入れられたら、アイリス殿下含めて良い笑い者なのだが……」

 「あ、そうか。すまない」

 考えてなかったな、その辺り。どうせおれは馬鹿にされるのがデフォルトだし、今更なんで思い至らなかった。

 

 駄目だな、と頬を掻く。妹はそうじゃないのに。此処まで落ちてきてはいけないのに。おれ基準で考えすぎた。

 「ってことでエッケハルト」

 「ってか、釘を刺されてるよもう。だから、アナちゃんは一旦保留だって」

 あー早くイチャイチャしたい、とエッケハルトはぼやく。恐らく聞こえるように。

 

 「ああ、そうだな。待たせて悪い」

 「ま、時が来たら受けてくれるとも言われてないけどな!

 っていっても、脈がなかったら即座にごめんなさいされてる筈だし、割と期待できると思う」

 ぐっ、と握りこぶしを作り、炎髪の青年はアナによるお茶を一口飲んだ。

 「うん、美味しい!アナちゃんが淹れてくれたと思うと特に」

 なんて、わざとらしい感想まで言ってる。

 「……分かってるよ、エッケハルト。

 アナが辛い想いをするだろうしな。下手に関わらないようにする」


 「ただ、忘れるなよ」

 と、二杯目まで空にしたシロノワールがカップをおれに向けて無造作に投げながら呟く。

 

 「聖女の側に居させろ」

 その言葉に、おれは小さく頷いた。

注意:手が血で汚れてるとか馬鹿言ってますが、幻覚です。自責から無いものが見えてるだけです。


なお、アホはアホ言ってますが、銀髪幼馴染はというと少し前の話で皆様ご存じの通りです。アホがアホだからすれ違ってるだけです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ