犬猫展、或いは珍生物
あの桃色との邂逅から、3日後。
おれは街中の広場に今日出展した動物展へと足を運んでいた。辺りは人でごった返し、さながら人の海である。
動物展とは何か?というと話はとっても簡単、色んな動物を見世物にする見世物小屋の一種である。つまりはこの世界の動物園だ。一ヶ所で営業する訳ではなく各地を回る展示の体を取っているのは……まあ簡単に言えばアレだ。
そもそもこの世界、庶民が出歩くにはちょっと厳しい世界である。旅先で土着の魔物にでも襲われた日には食われて終わりだ。
街中でなければ、騎士も兵もまず来ない。馬車などで移動は出来るが、割と一念発起してというレベル。少なくとも、見に行きたくなったからでそう気軽に行けるものではない。なので一ヶ所で固定して開いていても長期的には儲からない。
何故ならば物珍しい生き物を見たい人はそれはもう一定数何処にでも居るだろうが、街の外から見に来る多数の人員があまり見込めないのだから。幾多の観光客で賑わっていた生前の動物園とは違うのである。遠足で一回行っただけだけど。
故に、此方から出向くという訳である。
……今広場でやっている動物展は、そんな中では……正直な話目玉はショボいものであった。目玉になるような動物が居ないというか。数年前に来たという一座はマンティコアにグリフォンというそれなりに危険な魔物を手懐けて檻に入れており、大変人を湧かせたというが、そういった土着のバケモノを魅せてくれる訳ではないようだ。
魔物が懐くのかって?犬や猫だって魔物だぞ。
では、何故そんな動物展に来ているか。一つは単純に、孤児ズのおねだりである。
2週間ちょっと前には大半揃って誘拐されたというのに元気な事だ。けれども、あの事件では基本後手後手だったおれとしてはまあ何か償いでも出来ればと思っており……(実は今もおれの代理扱いで管理してくれている元孤児院管理者はおれが奥まで見なかったために気が付かなかっただけで孤児院奥で気絶していたらしい。放置して悪かった)そこまで言うならば連れてくか、おれの金でという訳である。
エッケハルトにだけは声はかけない。いやがらせ……という訳ではないが理由がある。あまり会うべきではないだろう。因みに、そういった形の理由はないのでアレットも招待したものの突っぱねられた。
「皇子さま、早く……早く!」
ちょっと気が急くアナに右袖を軽く引かれる。
「大丈夫、逃げないよアナ」
と、転ぶと危ないし人混みではぐれても危ないからと珍しく興奮ぎみな少女を宥めつつ、歩みを進める。
もう一つの理由が其所にある。そう、この動物展が目玉になるような珍獣猛獣魔獣が居ないのに人でごった返すその理由。
これが、所謂犬猫展だからである。世界のキャット&ドッグ展。
そりゃ目玉になるようなバケモノは居ないし、展示としてはショボいものではあるが人気は取れるだろう。この世界でだって愛玩動物として猫も居るし犬も居る。
そもそも七大天に雷纏う王狼なんて狼神が居る時点で、だ。狼……というか犬と人間は長年の信頼関係を築いてペットと飼い主をやっている。そんな人気のペット、その各地の割と珍しい種類を集め……そして一部産まれたそれらの子をペットとして販売する。
販売する中にはこの辺りでは見掛けない種もおり、それはもうごった返さなければ嘘だろう。お忍びの貴族やら、堂々とやってきた貴族やらも居るはずだ。
一匹欲しい!と子供達に頼まれても暫くは難色を示したおれと責任者だが……アナにダメ、ですか?と首をかしげられては否やとは言い切れなかった。
案外アグレッシブだし、きっとアナまで面倒をみるならば世話をサボったりしないだろう。
……というのは、ちょっと贔屓目に見すぎだろうか。後は個人的にもう一つ、どうしてもという理由があり……こうして、足を運んだのである。
「一匹だけだからな、アナ」
「うん、ありがとうございます、皇子さま!」
うん、今日もアナの笑顔はキラッキラで雪の結晶のようだ。多分その笑顔であと一匹買ってと後で言ったらエッケハルトが嬉々として貢いでくれるぞ。言わないが。
「そうそう。アナは何が欲しいんだ?」
ふと聞いてみる。アナの一存ではなく皆の意見で決まるものなのであくまでも参考だが。
「えっと」
と、少女はそのサイドテールを揺らし、ちょっとだけ考えるように目を細め、ちらっとおれの左腕、正確にはまだ包帯巻いてるがギブスの取れたそこに下げた小さなケージを見る。
「そのケージに入る大きさだと」
「いや、紛らわしかったか、アナ。これは別件なんだ」
と、ケージを持ち上げてみせる。そのケージの中身が、此処に来た何よりの理由である。
「皇子さまも、買うの?」
「いや、買えたら良かったんだけどな」
「ひょっとして、わたしが欲しいって言ったから?」
軽く目を伏せるアナ。
多分、金の問題かと思われたのだろう。一匹分の小遣いしか今無くて、それを使わせてしまったとか。
……まあ、的外れなんだが。流石に二匹買えないほどここのペットは高くはない。いやまあ、珍しい種類ということでお高めなのは欠片も否定しないが。
「いや、贈りたい相手は居て、けれどもペット禁止なんだ」
そのおれの言葉に、少女は分かりやすくほっと息を吐く。
「じゃあ、そのケージは?」
「……見ない方が、良いんじゃないかな」
昨日、おれは見てしまったけれども。
なかなかに衝撃的で、だからこそ、今日にでも犬猫展に出向かなければいけないと思った。犬猫とはこんなんだぞと言わなければならないと。
だからこそ、一昨日考えておくと断る文面考えていたのを翻し、仕方ないなと皆も連れてきた訳である。アナ以外の子供たちは我先にととっとと行ってしまったが。人混みで怪我とかしそうで少し怖いが、一人で全員見るとか無理だ無理。
抗議するようにケージを中から叩かれるが、無視だ無視。昨日言ったろう、明日また来い、見せてやるよ本物の猫ってやつを……と。
「……どんな?」
その声は、背後から聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
エッケハルト……ではない。アナに言われれば嬉々として向かいそうな彼奴だが、変な贈り物なんかはあまりやらないタチだ。
欲しいと言われてもいないしどんな種類が好きかも知らないのに買いには来ないだろう。というか、来たとして辺境伯家なんだから貴族として堂々と現れ金持ってるからと優先的に通されるくらいやるだろう。
では誰か。
簡単である。邂逅してしまった桃色……に突き飛ばされた方。
つまりは他より幼い外見からロリリーナと呼ばれる黒髪外見のリリーナである。あの桃色出てきたときも思ったが、ゲーム版ここでも聞き分けられるほど演技違ったんだな声優全リリーナ同じだったはずだけど。
……いや、途中から外見ごとに変わったんだっけ?
ああそうだ。声優違うわ、轟火の剣以降は。やりこんだのが完全版じゃなくて初代だから同じ声って印象あったけど。
ってことは、此処は轟火の剣以降の設定も反映されてる世界か……。って、おれが居るから元々か。
「ああ、アルヴィナ男爵令嬢か。
お早う。君も犬猫に興味が?」
「犬……猫?」
眼をぱちくり。
不可思議な、ちょっと呆けた表情。
「皇子さま、知り合い?」
おれの後ろから聞いてくるのは銀髪の少女。
……そういえば会ったことがあるのはあくまでもおれだけか。
「彼女はリリーナ・アルヴィナ男爵令嬢。
まあ、おれもそんなには知らないけれども」
「……婚約者?」
と、少しだけ警戒するように、少女は視線を揺らす。
「いや、違うけど」
「そっか」
……何がそっかなんだアナ。以降会うことがあるかどうかか?
「そしてこっちがアナスタシア。おれはアナって呼んでる。
おれが管理してる……ことになってる孤児院の女の子だ」
と、ついでに向こうにも分かるようにアナの事も紹介しておく。
「それで、結局何しに来たんだアルヴィナ男爵令嬢?」
「……ボク?」
天属性故だろうか。月のように輝く金眼が揺れる。今日は髪飾りが無く上げられていない前髪が左目を隠し、見え隠れする眼は正に月そのもの。
……ってボクっ娘かよ。と微かに笑う。
本編リリーナは外見によって多少声は変わるものの、基本的な性格は特に変わることは無かったはずだ。
というかそもそも桃色固定なアルヴィス編ヒロイン状態以外では一部イベントとmapでしか声が付いておらず地の文と声無し台詞だけだったのだが、わざわざそこで一人称をグラ毎に変えたりという面倒な処理はしていなかった。
つまり、聖女リリーナの一人称はわたし、ボクではない。ならば彼女は聖女じゃないのか……というと、それはそれで昔はそうだったというだけで成長すればわたしと言い出しても可笑しくはないから決めきれない。
「そうそう」
「動物展。
……犬猫展?」
「そうだろ?」
目をぱちくりするリリーナ嬢(黒)
「犬猫?」
「犬猫」
「動物展……って、聞いた」
「実際には珍しい犬猫展だ」
みるみるうちにしょぼくれる黒猫。
……いやリリーナなのだが、そこはかとなく子猫いのでつい比喩しただけだ。
……一瞬だけしおれた猫のような耳が頭頂に見えたのはきっと気のせいだろうそうに違いない。獣人種は居なくはないが偏見も多いのだし。
具体的に言えば例えば帝国の東に隣接している国家は国家ぐるみで薄汚い獣人種は人ではないとしている。あの国では獣人種に人権はない。仮にも貴族がそんなことはないだろう。獣人種の貴族は……変わり者として一応攻略対象に居たりはするのだが変わり者扱いなのだし。
「珍しい……動物」
「居ない」
「……見たかった」
情報伝達に何らかの齟齬……というか抜けがあったらしい。
「珍獣の方が?」
こくり、と黒髪の少女は頷く。
「本で見たもの、本物見たかった」
……ああ、何だ同じか。
「……見たければ見せようか?」
なのでつい、そう呟いてしまった。
「居るの?」
「皇子さま、他にも動物展きてるの?」
「いや、違う。別に珍しい動物を見せる人達が来てるって事はないよ」
と、言いつつ人混みのなか、さりげなく自分の体を盾に少しずつ少女らを道の横に寄せつつ、これみよがしにケージを振る。
「……ケージ?」
「そう、珍しいというか珍妙なものならば見せられる」
珍妙なと言った瞬間にケージが抗議そのものとして揺れるが無視。無視だこんなもの当たり前だろう珍妙なとしか言いようがない。
「……見たいか?」
「見たい」
「後悔しないな?」
と、聞きつつ銀髪の少女にも確認。
「面白いものではないけれども、アナも見るか?」
「面白くないけど、見せたいもの?」
と、少女はふにゃ?とした笑みを返す。
「まあ、ある種良い経験では……あるのかな」
アレをどういって良いのか悩み、言葉は割と不明瞭になる。
「……気になる」
「皇子さまがいうなら」
少しして、二人の少女は軽く頷いた。
「ん、なら見せようか
……卒倒するなよ?」
言いつつ、少女等の目線まで持ち上げてからようやくケージの扉を開く。外から鍵はかけられないタイプである為、アレが抗議に揺らしつつも外には出なかったからいままで持ったのである。
そこから、一匹の猫が顔を覗かせた……と、一瞬少女らにはそう見えただろう。
……だが、実際はそうではない。頭一つちょっと高いおれの背から見下ろすとよく分からんペラペラの何かが動いているとしか見えない。
「……こ、これは……」
「お、皇子さま……?これって?」
「珍妙だろう?」
冗談めかして笑い飛ばしながら、改めてケージを振る。
そう、ペラペラだけれども見方によっては猫に見えるもの。言ってしまえば看板に描かれた猫をその形に切り取ったようなもの。それがケージの中身であった。
『……!』
鳴き声は無く。無言でケージから飛び出した猫看板がぐにゃりと胴なかばから折れ曲がり、その一直線上に四本並んだ足のうち一番前にあるものでもっておれの頬を引っ掻いた。
……ダメージは無い。実は計算上割とギリギリなのだがこの珍生物の爪(収納機能は無いので出っぱなしである。恐らくケージのなかはそれはもう爪痕だらけになっているだろう)の攻撃力はおれの防御を越えない。
「……面白い、もの?」
「アルヴィナ男爵令嬢、触れてみれば分かる」
ペラペラして掴みにくいがとりあえず片手で書類でも握るように右手でもってその首根っこを掴み、ぐいと突き出す。
おそるおそる、黒い子猫はネコモドキに指先を向け、震えるそれで軽く触れる。
そして、目をぱちくりさせた。
「あったかい」
「そりゃ珍生物だからな、暖かいよ」
掴む手にも毛皮っぽい感触。血が通った生き物のもののようにか、内部発熱で温かい。
そう、これが珍生物という理由は簡単。看板切り抜いたような姿のくせに生きているのだ、このフレッシュゴーレム。
「皇子さま、これって?」
「フレッシュゴーレムだよ」
おれの答えに、黒髪の少女は目を見開き、問いかけてきた少女は首を傾げる。
まあ、そもそもフレッシュゴーレムそのものが珍しいものなので知らないのも仕方ないといえば仕方ない。
「皇子さま、この子って……ゴーレムなの?」
「ゴーレムだよ
昨日見て、愕然とした」
言いつつ、首根っこを離し、ケージの上に落とす。ペラペラの割にバランスを崩すこともなくすっくとその謎生物は立った。
……本人としては正面見てるつもりなのかもしれないが平べった過ぎて視認性悪いなこれ、なんて苦笑もして。
「アイリス、だから言っただろ?」
と、おれはそのゴーレムに語りかけた。