炎の公子と桃色聖女Ⅰ(side:エッケハルト・アルトマン)
「アナちゃん、分かってくれるかな……」
俺だって、ゼノの事が嫌いなわけじゃない。それでも、あいつは……危険なんだ。
着いていっても良いことはあんまりない。一途な愛でボロボロになるまで尽くして、それで漸くちょっとの愛を返してくれる……よな?
あいつどこまでもゼノ過ぎて転生云々を忘れそうだけど、万四路って妹を死なせたことで原作ゼノそのものよりもうちょっと頑なになってる気もするし……原作並に尽くしても何も返ってこないとか無いよな?
流石に折れるよな?
し、心配すぎる。
だからこそ、俺は決めたんだ。他に好いてくれる女の子は居る。原作には絆支援もあるし、此方から応えると決めればきっと付き合える。でも、それでも。
目の前にそんな子が居ても、俺は推しのアナちゃんを幸せにしたいから。脈がある限り諦めない。
待つさ、彼女が本当の幸せに気がつくように。
そう思って彼女の部屋を出た俺は……転生者と目されるリリーナ嬢に手招きされて、そちらの部屋へ入った。
あ、これ浮気じゃないからなアナちゃん!って叫びたいけど、そもそも付き合ってないんだよな俺達。浮気も何も、アナちゃんと本気の関係じゃないから言えないか……
はぁ、と息を吐きながら、数部屋ある豪勢な寮の部屋に入る。なんとキッチン完備、寝室2つとリビング2つ?で合計5部屋あるのだ。正直住みたいくらい。
そんな俺を手招きした桃色の髪をふわっとウェーブさせて整えた可愛らしい女の子は、そのちょっと不思議な感じのする明るい緑色の瞳で、おれを上目遣いで見上げた。
ちょっと前屈みなせいか、首元を空けたシャツから結構豊かな二つの丘陵が覗け、その左の裾にある黒点や、谷間に流れる一筋の汗までも見えてしまう。
アナちゃんのならずっと見てたいし、艶かしいけれど……なんて思いながらもブンブンと頭を振って厭らしい想いを振り払う。
惑わされるな俺!アナちゃんを想って耐えるんだ!まだ恋人にすらなれてないけど!おのれゼノ!こん畜生!ほぼ原作通りのままアナちゃん含めて数人にモテやがって!
って、コロコロと表情を一人で変える俺に耐えきれなくなったのか、桃色の少女は口を抑えて吹き出した。
「ぷっ!な、何これ……」
「あ、こほん」
「貴方、エッケハルト君……じゃないよね?えっと……ゼノ……ゼノ……」
「ゼノ信者?」
と、からかう一言。
「それはあのアナスタシアのこと」
ぐぇぇぇぇっ!?
無邪気な一言に吐き気を催す。
じ、事実だけに辛い……確かにアナちゃんって、原作からしてゼノ信者の気があるというか……
ぶっちゃけ、ゼノだけ好感度上がりやすいし初期値が高いってゼノの性格的に可笑しいんだ。あいつ何やっても好感度上がらないし下がらないような性格の筈だ。
そう考えると、ゲームで見れる好感度ってヒロインへの攻略対象の好感度というより、ヒロインから攻略対象への好感度の数値っぽいんだよな。
そして、そうなると……実質即死とか桁打ち間違えてるとか言われてたゼノ相手に+100(ちなみに+10でもかなり高い)のアホアホ好感度選択肢があるわ全体的に勝手にイベントでゼノへの好感度上がっていくあの子、どう考えてもゼノ信者なんだよな、うん。
そりゃプレイヤーが頑張らないと他ルート行けないわこれってなるレベル。
で、でも!負けるわけにはいかないんだよ!アナちゃんの為にも!何より俺の為に!
「いや、ティアも相当な……」
って、反論してみる。
これに反応できたら……って、もう相手が何なのか知ってるから答え合わせなんだけどな。
「あ、確かに結構そうかも。ペアエンドがゼノ君しか無いんだよねあの子」
って、想定どおりの反応が返ってくる。
「ゼノグラシア、って言うらしい」
「あ、そう!ゼノ君がそう呼んでた!」
にぱーっと笑みを浮かべる少女。
「エッケハルト君って、そのゼノグラシアだよね?」
ふふん!と自慢げに腰に手を当てる少女に、いやそうだけど?と俺はあっさりと頷いた。
いや、誤魔化してもしゃーないし、何より……早めに彼女に対して手を打たなきゃ詰む可能性がある。
だってさ、良いのか?に良いと返したし、だからアナちゃんには分かってて拒絶したって言ったわけだけど……ゼノの奴、小説版をラインハルトルートだと勘違いしたままだからな。その関係で、小説でまでピックアップされてる天狼の花嫁エンドが一番良いとか考えて身を引いてる可能性がある。
だとしたら、だ。小説版読んでる他人にえ?小説ってゼノルートだよ?と漏らされたら困ったことになる可能性もある。
いや、ならないかもしれないけどさ、心配だろ。
ってか、ゲームしっかりやっててあの子がゼノ信者だと気が付いてない辺り、あいつの目かなりの節穴じゃね?
……いや、あいつ人の気持ちが分からないゼノになってるのに違和感ないアホだから当然か。たぶん全ルートやってもヒロインの気持ちとか読み取れてないんだろうなぁ、アレ。そんなあいつに負けてたまるかよ!
「ああ、俺はそのゼノグラシアって呼ばれる存在。遠藤隼人って名前もある」
ちなみにゼノは獅童三千矢って言おうとして止める。リリーナに対してそれ言って意味なさそうというか、単なるゼノと思って攻略してくれた方が都合が良いというか……是非ゼノの奴をアナちゃんから遠ざけてくれ。
いや、リリーナの中身が女性ファンに結構居たゼノアナカプ厨だったら死ぬしかないんだけどなこの選択肢。でも、カプ厨ならそもそもゼノと婚約してないだろうし……
「あ、私は門谷恋!宜しくね!」
って、満面の笑みで、けれども手を握ってきたりはせずに接触を避けて少女は自分の名前を語った。
「うん、知らない」
「そりゃそーだよ。私だって、知ってる名前に出会うとは思わないもん」
……うん。聞いたことあるんだけどな。ゴールドスターグループのお嬢様っていう有名人の名前。いや、ゼノ(三千矢)の幼馴染としてであって、転生者としてじゃないけどさ。
いや本当に何なのあいつ。
「……君は、何がしたくてゼノと婚約したんだ?」
まず、聞くべきはそれ。
敵か味方か……ってのも、相手を知らなきゃ良く分からない。真剣な瞳で、俺はそう問い掛ける。
「あ、それ?私もちょっと分からないんだけど、私のお兄が転生者だったらしくて。酷いことしてたから、ゼノ君が殺して止めなきゃいけなかったんだって」
「……あ、あの時か!」
俺が知らない間に終わってたあれ!
「で、そのせいで……原作設定だとお兄が居るから自由だったんだけど、私が結婚して……ってのが必須になっちゃってね?」
困ったよねーと少女の表情が曇る。
「おじさんと結婚させられそうになったとき、たまたま来たゼノ君がおれのせいだからって婚約してたと嘘ついて助けてくれたの!」
キラッキラの目で、胸の前で手を組んで語る少女。
うーん、凄い話。でも、ゼノならやる。あいつなら見掛けたらやるとしか言いようがない。
「で、結婚は?」
「うーん。このままゼノ君ルート目指すってのも良いんだけど、ほら、リリーナ編ってゼノ君ルート元々は無いじゃん?」
と、同意を求めるように少女は頬に左手の人指し指を添えて小首を傾げる。
「確かに無い」
「ま、それはなーんかゼノ君が全体的に馬鹿にされてるからなんだろうけど、私は本来のリリーナと違ってゼノ君の事を偏見で見てないし」
「まあ、それは」
「っていうかさ、貴族では傷が無いことは大前提で忌み子は忌まれてるのは分かるけどさ……私がゼノ君と婚約してると聞いても、同情の目しか向けられないって凄くない?悪い意味で」
「スゲェよな。幾らあいつ自己中とはいえ、ぱっと見優しくて他人思いの皇子なのに」
うんうんと頷く俺。
いや、実際スゲェんだわ。アレットちゃんとかヴィルジニーちゃんとか、俺も戦いはしたけどまともに助けようと血反吐吐いたのゼノな訳じゃん。俺の方が良いってなるんだぜ、それで。ぱっと見に騙されず本質を一瞬で見抜いて距離を取るとか、子供とは思えない。
最初から忌み子だからクソって偏見であいつを見てるから、自己中って本質に気が付きやすいんだろうなぁ……
「まあ、だからゼノ君ルートも通りたいんだけどね?でも滅茶苦茶大変じゃん、ゼノ君ルート」
「だよなぁ……」
「だから悩んでるんだよね。出来れば皆ハッピーに近い逆ハールート目指したいし、でも推しの頼勇様もゼノ君も本来の逆ハールートでは関係ないし……
それに、恋としての私は結構酷い目に逢ってきたんだもの、ヒロインなこの世界ではやっぱり恋もしたいし幸せになりたいし……」
むむむ、と唸る桃色の少女に、俺は……
「その計画、俺やアナちゃんの扱いは?」
と本質に切り込むのだった。




