銀髪聖女と怒りの根源(side:アナスタシア・アルカンシエル)
「アナタ達ねぇ……」
はあ、と呆れた様子でエルフ姫が肩を落とした。
「監禁して意味のある相手を狙うくらいの知恵は用意なさいな。
アレはね、脚がなくなったら諦めるような生き物ではないの」
遠くを見るように、何かを思い返すように、少女は眼を細めて、天井を向く。少しだけ伸ばされてピンと張る真っ白い喉が眩しくて。
「一緒に閉じ込められたことはあるけれど、それで分かったわ。何があっても抜け出して、誰かを護る。
彼にはそれしかないの。結果でしか自分を肯定できない。仮定や方法も、代償すらどうでも良い」
わたしを見据えて、ノアさんは呟く。
「足を砕けば腕で歩く。腕を潰せば転がる。刀を持てなくなったら口に咥え、それも出来なければ体に突き刺して振るう。
本当に動けなくなったら……あの狼の背にでも括りつけられるのかしらね?
そして果ては……」
自嘲気味に、唇が下がった。
「死霊術を受け入れて、ゾンビにでもされることで闘いを続けるでしょうね」
言いたくなさげに、重苦しく落ちる言葉。
「ぞん、び……」
でも、わたしには、その言葉を否定なんて出来なくて。
あの日、皇子さまは……自分が燃え尽きる事を最初から分かっているように、それでも取り落とした赤金の剣を手にしようとしていたから。
止めって言ったのに。あの人は、迷いながらも手を伸ばして……届かなかった。
「させない。
だから、捕まえる」
って、アイリスちゃんは灰色の瞳を煌めかせて強く言い返します。
「逃がさなければ、そうならない」
「逃げるわよ。それがどれだけ安全でも、護られていても、彼のためでも。
アレは、自分が何かを直接為す事しか考えない。その行動が導く結果なんて何も見てないから、大きな問題を呼び起こす」
バカにするように、はっと息を吐いて。
「英雄的じゃない。破滅をもたらすタイプの、ね」
がたりと、カップが揺れる。
「アイリスちゃん」
「ふーっ」
荒く息をあげ、手を前に。彼女の分のカップが浮かぶと、ソーサーを胴体に、お砂糖のスプーンを足に合体して……
「落ち着いて、アイリスちゃん。
ノアさん、本当にそれで良いんですか?」
って、彼女を抑えるためにわたしは言葉を振ります。
この中で、二人ともを知ってるのはわたしだけで……
「良い、訳がないでしょう?それで良いなら放置してるわよ、ワタシ」
だから此処に居るの、分かる?って少女はふぁさぁっとポニーテールに纏めた淡い金の髪を右手で流しました。
「……むぅ」
って唸りつつも、オレンジ色の皇女様は上げた手を下ろします。
「……なら、手伝って」
「手伝っても無駄よ。アナタ、一人では息をする事しか出来ない程にがんじがらめに彼を捕まえておきたいの?」
「わたしだって皇子さまには怪我して欲しくないですけど、そこまでするのもやですよ?」
って、アイリスちゃんの掌を握ってわたしもそう言います。
細くて病気のように(ほぼ病気なんですけど)硬い手。骨の感触がする折れそうな手。
「でも、危険」
「それは分かるわ。だから……助けて矯正してあげるのよ」
はい、この話は御仕舞い、とばかりに手を叩き合わせて、強引にノアさんは話を切り上げる。
わたしでもちょっとついていけないアイリスちゃんの更なる発言をさせないように。
わたしだって、一緒の部屋にずっと居れたら……って思ったりしますけど、流石に脚を二度と立てないように折るとかやりたくないですから。
「それにしても、酷いわね」
って、今度はわたしを見ながら、ノアさんは手作りの小さな袋を開けます。
ふわりとした香りが広がりました。
「えっと、これは?」
「木の実をじっくり焼いて、砕いて、蜜で固めたの」
「わ、美味しそうです」
って、袋の方に眼が行ってしまうわたしに苦笑して、ノアちゃんは布の袋を完全にお皿の上にひっくり返しました。
「いいわよ、分けてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
ってわたしは頭を下げて、小さなお菓子を一個摘まむと口に運びました。
かりっとした食感と、少しだけねばついた感触。塩気のある木の実のお陰で、蜜の甘味が良く効いて……
「あ、美味しいです!皆にも……」
って思って、もう作る相手が居ないことを思い出します。
あ、でも。
時折わたしがやっていた、恵まれない子供達にお菓子を配るイベントは、ちっちゃい子達に大人気でしたし、それで良いかもです。
ってうんうんと頷くわたしに、ノアさんは続けます。
「それは良かったのだけれど、それよりワタシの話はどうしたの?」
その言葉に、わたしはこてん?って首を傾げます。
えっと、酷い?って、何がでしょうか。
不思議そうなわたしに向けて、エルフの彼女は外への扉を見ました。
「あの彼よ、エッケハルト。
告白されていたじゃない」
ぴくり、とアイリスちゃんの耳が動きました。
「どういう、こと?」
「単純に好かれていたのよ。それにしても……」
って、そこで言葉を切り、ノアさんは頭をぶんぶんと振った。
「これは言えないわね。ごめんなさい」
その言葉で、言いたかった事は分かります。確か神様の言葉でゼノグラシア、そう呼ばれる者達だと。
「お兄ちゃんに別の記憶がある事?」
虚を突かれたように、エルフ教師は小さな唇を開いた。
「知ってたのね、意外だわ」
「どうでも良い。わたしにも、わたしの知らない外の話の記憶がある。
それだけ。何も変わらない」
え?それは流石に違いませんか?
って言いたくなるんですけど……たぶん、わたしが会ったことがある皇子さまって、今の皇子さまだけなんです。わたしにとっての皇子さまは、今の彼。
そんな彼の存在を、それ以前から知ってそうなアイリスちゃんはずっと気にしてませんでした。それは、今の彼をお兄ちゃんと受け入れてたから……なんですね。
「アイリスちゃん、昔の皇子さまって、何か違いました?」
「お節、介……。面倒……
ウザ、くて……。ずっと、味方……」
つまり?
「変わった点、ほぼ、無い……」
……何というか、知ってましたけど。皇子さまの中の別の記憶の皇子さま、どんな人生を送ってきたんでしょう……
って、心配になります。エッケハルトさんにあの一言を言われた瞬間、そんな訳がないですって思うのと同時、辛くなって……
だって、性格が奥底までほとんど変わらないって事は、死の間際でも、性格が同じってことは……あれが、剥き出しの彼の性格だって事ですから。忌み子ってずっと呼ばれてきて、頑なになっちゃったあの人と同じ……
「そ、そうなんですね……」
「って、そうじゃないわよ」
ノアさんは手を振って軌道を戻します。
「告白、酷い断りかたね」
その言葉に、ぶんぶんとわたしは胸の前で両手を振ります。
「そ、そんなこと……ないです、よ?
ほら、今のわたしって流石にそれを信じられませんけど、何時かは信じるかもですし」
「何かに怒っているのに?」
鋭い瞳が、わたしの心まで見透かすように貫きます。
「怒って、なんて……」
「大方、彼は君を幸せに出来ないってところに」
「あ、それは構わないです。そう見えますし」
そのわたしの言葉に、少し意外そうにノアさんはそう、と呟きました。
アイリスちゃんは、何となく頷いてます。
「じゃあ、何に怒ったの?
ああ、そう。幸せになりつつ支えれば良いという点?」
馬鹿馬鹿しい話、と呟く姫に、わたしはそれも違いますと返します。
「でも、無理」
って、アイリスちゃんまで賛同して。
「えっと、そうですか?」
「ええ、良い言葉を教えてあげる。ランディア」
その言葉には、全然聞き覚えがなくて。
「何ですか?」
「知らないのね。レオンとプリシラと言えば分かる?」
その言葉に頷きます。
「でも、わたし、その二人のこと……全然知らないですよ?」
深くアイリスちゃんが頷いて、にゃあと鳴いた。
「お兄ちゃんの、メイド達。
知らないのが、おかしい」
い、言われてみたらそうです……
「彼等、結局累計で18000ディンギル近く彼から貰って故郷に帰ったそうよ。
ワタシは人間の貨幣価値を良く知らないのだけれど、どんなものなのかしら?」
「えっと、大体……そこそこの人が一生に稼ぐくらいの額?」
「それだけ貰ってて、何でアナタが知らないの?」
「えっと、劇の時は断られたって言ってて……バカンスに行ってる時もあって……」
元々呆れていたノアさんの顔が見てられないわと両掌で抑えられた。
「バッカみたい。
でも、それで分かるでしょう?彼の横で恋人関係なんてやってたら、遠ざけられるわよ。二人の幸せを邪魔するわけにはって、ね。
それはそうと、なら何に怒ってたの?」
その問いに、強くわたしは頷きます。
「『リリーナちゃんを選んだ』、です。他は良いんです、エッケハルトさんがわたしの為に言ってくれた言葉ですし。
でも……あれだけはダメです。だって、皇子さまの事を知ってたら、そんな筈無いって分かるはずですから。あれだけは、皇子さまを貶めて、自分が幸せになりたいだけの悪い嘘なんですっ!」
その言葉に、アイリスちゃんはわたしを見て満足そうに頷きました。
アナちゃんおこの図。実際読者の皆様なら分かるとは思いますが、「リリーナを選んだ」が本当なわけが無いから自分のための嘘にキレてた訳です。
だから、受ける気の無い告白を保留するという残酷な事をやってるわけですね。




