桃色聖女と機虹騎士団(side:リリーナ・アグノエル)
『システムL.I.O.H!タイムアウト!』
緑の粒子に包まれて、鬣の巨神……私ってばそんなにじっくりスチルを眺めたことも、ゲーム内で動いてるグラフィックの細部を見詰めたこともないんだけどちょくちょく違わない?ってなる機神の姿が虚空に消える。
そして、そう!私の一番の推し!この世界に来てからずっと会いたかった人がその中から姿を見せたの!
濃く青い装甲と同じ髪の色に、茶色く鋭い切れ長の瞳。ゼノ君達と同じ作りの制服に身を包んでいて、けれど特注品なのか左肘から先の袖が無い。その代わりに左腕を覆うのは機械。
っていうか、左腕が機械の義腕だってだけなんだけどね!確かゲーム内では放熱の関係で長袖着れないんだって話があって、ヒロインが頑張ってお裁縫してあげるイベントがあった筈。
その手の甲に輝くのは埋め込まれた白い石。そう、何とかハートっていう頼勇様のお父さんの魂なんだよね、アレ。
え?え?え?
本物じゃん!完全に頼勇様だよねアレ!?
って私は私が特別である証の銀金の杖を胸元に抱き抱えて混乱する。
頼勇様って、最速登場学園3年目だよ!?元々ルート確定後の第二部登場で(もうヒロインには相手が居るから)絶対に攻略できなかったけど、ファンの要望で移植の際に共通ルート終盤に出て来て攻略対象の好感度抑えてたら攻略も出来るって要素を加えられたキャラなんだよ?
此処で居る筈無いんだけど……え?何で!?
そうして、地上数mからなのに何事もなかったかのようにすたっと降り立ったちょっとだけ顔はワイルド風味だけどその実野性味の無い紳士な彼は幅広の剣を背中の鞘に納めて……
風と共にゼルフィードが消え、頭二つは彼より低いワンコ系の顔立ちな大々的同じ服装の少年がその横に降り立つ。
それに合わせて、とんっと小走りでゼノ君(此方も服装は同じ!)が更に小柄な少年の横に並んだ。
その更に横に金髪に銀の瞳をしたとんでもないイケメン……シロノワールが一瞬だけ黒い翼を拡げて空を舞って降り立つ。
あとさ、このシロノワールさんって、あの八咫烏だよね?
え?イケメン過ぎない!?絶対に攻略できないと可笑しい顔立ちなんだけど……っていうか結局何で人間の姿になってるの!?
って、混乱気味の中、パン!と真ん中の頭二つは小さな仔犬フェイスのふわふわ少年が手を打ち合わせた。
元々ちょっと興奮気味だった皆がすーっと静まる。響く声は、まだ痛いですか?って気にせず逃げてくる際に擦りむいた怪我なんかを治してるあの銀髪の子だけ。
あの子が居ても、お兄が死んでシナリオの歯車が狂い始めても。私は聖女で主人公。その証である、本当に私の手元に来るのかずっと不安だった神器を握り締めて、私はゲームじゃこんなの無かったんだけど!?ってものだけど、でも結構都合の良い展開を眺める。
だってだって、原作で着てなかった同じデザインの軍服に身を包んだ頼勇様(最推し)とゼノ君(三本指に入る推し)って、こんなゲームでは序盤も序盤には会えない二人が揃ってるんだよ!?しかも片方は婚約者!
都合良すぎない!?
ついでにガイスト君と謎の隠しキャラっぽいイケメンのシロノワール君まで居るし。
ゲームはちゃんと……サブキャラとのイベントとかサブキャラ同士のイベントとかは埋めてないけどメイン全ルートやった筈だけどシロノワール君なんて何処にも出てこなかったんだけどね。
「まずは、政治的な問題で駆け付ける事が遅れたこと、すまないと思う」
って、声を発するのは頼勇様。静かにその長身で私達全体を見渡すのは、その茶色い瞳。
「突然の聖女誕生。それにより、聖女の護衛としてアイリス派が聖女を抱き込むのか等と、様々な思惑から少しの間拘束されていた」
あ、だからなんだって私は頷く。入学式の時に講堂に行かずに中庭に迷い込むとガイスト君に会える筈なのに来ないなーって思ってたんだけど、同じ騎士団っぽいしそのせいかな?
「落ち度はないがすまなかった」
って、頭を下げるのはゼノ君。
皆、空気が一気に冷ややかになる。え?酷くない?
「何時も皇族は遅い」
って、えーっと誰だっけ?サブキャラな女の子が文句をつける。
「返す言葉もない。だが分かってくれ。アイリスだって最初から皆を護りたかったんだ。
ただ、二人の聖女を両方抱き込むのかと言われては……」
ん、二人?
聖女って私だよね?不安だったけど、そもそもこの時代のアナスタシアってまだ聖女じゃない筈。ただの平民出の生徒で聖女になるのは一年の終わり。だから、本格的に特別な女の子として攻略対象とのイベントが起きるようになるのが遅いんだよね。
その点、ゼノ君は最初からイベント起きるし、その好感度上昇値も凄く高いんだけど……ふふん、現実になった世界では私もう婚約してるから負けないもんね!仮っていうか、解消前提だけど。
「天光の聖女様。そして……」
って、ガイスト君は横のゼノ君に目配せ。
「聖教国よりお越しいただいた、腕輪の聖女様」
と、ゼノ君は神器の回収がまだだからか、普通の刀を抜いて騎士の礼を取る。
あ、あの子滅茶苦茶嫌そうな顔してる。ドン引きって感じ?
あれ?案外……好感度低いのかな?
「両名の守護を、帝国皇帝シグルド、そして第二皇子シルヴェール殿下、第四皇子ルディウス殿下、第三皇女アイリス殿下の命により受けた……」
って、自分達の立場を説明してくれるのは同じく礼を取った頼勇様。
わ、私に向けて頼勇様が膝を折ってる!感激!
ってやっている間に、シロノワール君だけ礼儀をガンスルーしてるけれど、三人の軍服の騎士は自己の名前を名乗ってくれる。
「帝国機虹騎士団副団長、ガイスト・ガルゲニア公爵」
って名乗るのは、ふわふわした髪でちょっと仔犬フェイスな身長の低い男の子。攻略対象の中では厨二病で一番取っつきにくいように見えて、実は素直な良い子。
っていうか、公爵なの!?ううん、公爵家なのは知ってるけど、家継いでたの!?
「同三席、竪神 頼勇男爵」
って言葉を発するのは青い髪の頼勇様。ってこっちも爵位持ってる!?え?別の国の出身で旅してる筈じゃ!?
「機虹騎士団創立者、第七皇子ゼノ」
って名乗るのはゼノ君。
あ、ゼノ君が創立してたんだ。たしかアイリスって虹の意味だし、ゼノ君割とシスコンだからそんな名前になったんだ。
いや教えてよゼノ君!
そうむくれる私の前で、ふわりと私の手が取られた。
「八咫烏のシロノワール。導きの鳥として、聖女を導く啓示の元、我が神の力によりこの姿を得た」
って、その手を握ってきたのはシロノワールさん。
私が見上げると、その彫りの深い顔で小さく微笑してくれる。
「私の聖女。君をどうか護らせて欲しい」
そして、彼は手を取ったまま膝を折り、私の手に額を軽く当てる。
か、かっこいい!
ってドキドキする心臓を抑える。ダメダメ、そういうイケメンには刺があるかもしれないし、気を強く持たないと。
「そして俺が……」
って、エッケハルト君がひょいとその輪の中に飛び込んで……
「あ、俺騎士の位持ってないわ」
「平団員の枠ならあるが?」
「そんなもの要らん!ただのエッケハルト・アルトマン辺境伯子だって」
って、ゼノ君に言われて叫んでいた。
「……聖女様。シエル様」
そう呼ばれて、私ははっ!と我に返る。
そんな私の横で、何か銀髪の方は泣きそうになっていた。
あー!ゼノ君泣かしたー!
ま、いっか。
「わ、わたしは普通の……」
って言いかけて、銀髪の女の子は少し俯いてから言い直す。
「わたしは、アナスタシア・アルカンシエル。あんまり目立ちたくなくて、わたし自身自分がそんなだって思えなくて黙ってましたけど……
人からは、腕輪の聖女って呼ばれてます」
え?もう聖女なの!?一年早くない!?
聖女様なのか!?と湧く周囲の生徒の反応に焦るように、私も自己紹介しないと!
「私は天光の聖女リリーナ・アグノエル!子爵の娘で、ゼノ君の婚約者なんだ!」
同時、羨望と同情の視線が私に注がれ……
「こん、や、く?」
ぱたりと、私の横で銀髪の少女が倒れた。
「……アナ。いや、シエル様」
地面にその体が触れる前に、一瞬でその肩を支えるゼノ君。そして……
「エッケハルト。そしてガイスト副団長。すまないが、アナ……」
って、ゼノ君は口を少しだけモゴモゴさせる。
そういえば、昔はあの銀髪の子をアナって愛称で呼んでたよね。そのせいか、シエル様って呼ぶのに手間取ってるのかな?
「シエル様を寮の部屋で休ませてやってくれ」
「いや待てよゼノ!
ってか何、お前リリーナちゃんと婚約してたの!?」
って、叫ぶエッケハルト君。
あれ、こんな性格のキャラだっけ?もっと二枚目って感じじゃなかった?
あ!
って脳裏に走る電流。さてはこの人、ぜのぐらしあ?って転生者なんだ!
ってことは、敵なのかな?
「ゼノ君ゼノ君」
って、私は耳打ちしたいよーって近くに行って灰銀の髪の少年の袖を引く。
「見付けちゃった、転生者」
って報告するんだけど、
「エッケハルトだろう、大丈夫。そもそも彼から色々話は聞いている」
って、安心するようにゼノ君はぎこちなく微笑んで返してきた。
え?そうなの?
分かんないこと多いなー本当に。
「……行かなくて良いのか、エッケハルト?」
って、そんな私を離して、ゼノ君は炎髪の攻略対象を見詰めた。
「良いのかって、お前は……」
その声に、ゼノ君はというと、スチルでも何度か見た、自嘲するように寂しげな表情で……
「おれは、ただの『悪の敵』だ。誰かを護る正義の味方なんかじゃない、塵屑だよ」
って、原作でボイス無しで言っていた台詞を吐いたのだった。
あ、これ!追放イベントで聞ける台詞だよね?好感度が低くて追放されるパターンで、抗議しようか悩むヒロインを説得して追放されていく時の。
ん?このタイミングで聞けるの?
そう混乱する私を他所に、ゼノ君は優しくお姫様抱っこで抱え上げた少女の体を、エッケハルト君へと託す。
そして、その少女の頬へと一端手を伸ばして、触れずに取り下げる。
「アルカンシエル。おれが護れなかったこの子は、自分で運命を切り開きはじめた。なら……こんな何時燃え尽きるともしれない屑、もう居ない方が良いんだ」




